第2話 兄と妹2

 「わたしの押しはやっぱりグラディ先輩かアイゼン様なのよね。」

 「ちょっと、リーリエ、スプーンから蜜が垂れてるから先にそれをなんとかして…」

 「おっと。」


 リーリエはスプーンを横からぺろりと舐める。

 行儀悪い事この上ない!これではまるで3歳児ではないか…と思いつつ3歳の頃のリーリエを思い出すルドルフ。リーリエと2歳違いの彼はその頃まだ5歳なのだかそこは筋金入りのシスコン、彼の記憶のリーリエ写真館に一切撮り逃しは無い。

 3歳の頃の可愛いリーリエを思い出してうっとりしているルドルフをよそに、リーリエは話を続ける。


 「どっちかっていうと見た目はアイゼン様の方が好みなんだけど…」

 「好み⁉︎」


 突然現実世界に引き戻された。


 どういうことだ?3歳のリーリエが突然好み…いや、11歳だった…


 しかし、よく考えたら好みと言った事に違いは無い事に気付いてさらにルドルフは慌てる。


 「リリリーリエ、お兄様はリーリエにそんな話はちょっと早いんじゃないかと思うんだけど…」

 「やだ、わたしの名前を鈴虫みたいに呼ばないでよ。押しの話してるだけじゃん」

 「じゃ、じゃん?おし?すずむし?」

 「もう、やっぱり兄貴聞いてなかったし。」


 …リーリエが『兄貴』…


 もはや兄の脳の処理機能がストップしているであろうことに流石のリーリエも気付いた。ちなみに今までのリーリエならここまでの思考の組み立てすら出来ない11歳児である。


 「はぁい、ごめんなさいお兄様。押しっていうのは…ん~、ファンみたいなものかな?」


 いわゆるご贔屓みたいなもののようだと思って少し安心するルドルフ…いや待て、確か好みとか言っていた!


 「好みとはいわゆる嫌いじゃないって事だね?」

 「いや、好きって事っしょ。まぁ、アイゼン様…アイゼンフート様は顔はすっごく好みなんだけど、本職がちょっと…現実には無いわぁって感じだから。その点、グラディオーレン先輩は普通の人だし…でも、二人とも結局ローゼの事を好きになるのよねぇ…」


 アイゼンフートは知らないが、グラディオーレンの名前は知っていた。多少だが話もした事がある。確か侯爵令息で、絵を描くのが好きで腕前も中々らしい。

 らしいが、嫡男ならアウトだ。趣味程度ならいいが、聞くところによるとグラディオーレン・ケッセルリングの描画好きは趣味の域を超えているらしい。物になればまだしも、本来なら侯爵家を継がなくてはならない令息が絵を描く事だけにうつつを抜かすと言う事は、妻になる者がそれの責任を負わなければならなくなる!そんな奴に可愛い妹を嫁がせなんぞしたら‥


 「リーリエ、お兄様はグラディオーレン君なら知ってるが、奴…彼はその、絵は上手いが、貴族としてはそうだな、いか、いかがなものかと…」

 「やだなぁ、そんなんじゃ無いってば。」


 しかし、次男や三男ならアリかも知れない。否定してからの折衝案だ。


 「貴族が画家に…いや、リーリエが望むならお兄様は血の涙を流しても…」

 「しつこいよ。」


 折衝案あえなく撃沈。妹に極寒の視線を向けられ、ガクブルの兄。


 茫然自失から立ち上がりの早い兄に本能的にいけるであろう事を確信したリーリエは若干の躊躇いもなく思い出すまま(オタクこの上ない早口で)説明だか独り言だかを続ける。


 「まあ、乙女ゲームの開始が私たちが高校…高等部に入ってからだから、問題はローゼが誰を選ぶかよね。」


 またリーリエの口から『おとめゲーム』との言葉が出てくる。

 妹大好きな兄は、本能的に合いの手を入れるタイミングが素晴らしい。オタクにとって絶妙なタイミングだ。


 「リーリエ、その、さっきから話している『おとめゲーム』とは何なの?」

 「ん〜、だから、乙女ゲームって言うのはね!わたしが前世でしていたゲーム」


 ハグハグとかき氷を食べてまた『キーン』となった頭を抱える。

 聞く方の態勢が完璧でも、所詮リーリエ。説明が雑い事この上ない。リーリエは好きな事しか話さないタイプのオタクであった‥


 「前世?ゲーム?」


 兄には困惑しかない‥


  ◆◆◆


 長時間の聞き取りの結果、リーリエに前世があり、前世で遊んでいた遊びの中に今生きている状況とまったく同じ物を見たらしいと言う事が分かった。

 雑なリーリエにしてはびっくりするくらい話の筋も通っている。遊びの世界と言うのは納得のいかないものがあったが、『生まれる前の世界で未来の自分の姿を見た』と言う意味でなんとか理解した。

 なにより可愛いリーリエが嘘をつく訳がない。


 そのリーリエが言う事にはまだ続きがあった。


 「お兄様はクリューと結婚していただきたいの!」

 「え?」

 「クリューと結婚!」

 「え?」


 ありえない。ルドルフはしがない男爵家のそれでも嫡男、ヘンネフェルト嬢はたしか曾祖母だかが王族から降嫁するような公爵家の娘なのだ。嫡男はいるので、嫁いでいく身ではある。しかし、男爵家と公爵家。公爵家に嫁に行くでもあり得ないのに嫁に貰う⁉︎

 プロイセン王国は最近ではある程度の自由恋愛も認められる風潮にはなっている(何故ならベースが乙女ゲームだから:リーリエ考察)。しかし男爵家と公爵家!例えるならロ◯エンシュタインのショコラーデと愛すべきチ◯ルチョコくらいの差かも知れない。


 「えーと、確かにヘンネフェルト嬢にはまだ婚約者はいないはずだけど、お兄様にはちょっとムリかなぁ…」

 「何で⁉︎」

 「な、何でって…」

 「お兄様がクリューと結婚してくれたら、クリューとお友達になれるもん!」

 「あ、あのね、お友達なら普通になればいいでしょ?」


 やっぱり友達でもないらしい。学園では基本的に『学舎では身分の上下は無い』というが変え方なのだ。とは言え卒業後には復活するものだから『ある程度の不敬はお見逃し』なのだが。


 「だってわたし、ライバルの親友だから普通にクリューと仲良く出来ないもん。お兄様の婚約者になったら妹と仲良くしてもおかしくないでしょ?」


 いくら可愛く口を尖らせても、そもそも学年の違う男爵家令息から公爵家のお姫様に声を掛ける事自体があり得ないのです‥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウチの兄はわたしに関することのみハイスペックです あひる隊長 @ahizou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ