NO139/人生再始動
ケンジ1977年昭和52年9月26日昼
昨日は近くの焼き鳥屋で、フミオ君とヤナギさんと三人で話をしながら飲み、またまた私自身のしゃべれないという不甲斐なさに泣いてしまった。どうして私はあんなことで泣かなければ話せないのか。実に情けなくなり更に泣いてしまった。泣きが泣きを呼び、止まらなかった。
ヤナギ君の友人らもよく考えてくれているし、そのあまりに気を使う付き合い方に驚きもし、ヤナギ君と私との関係をズバッと読み取り、私がヤナギ君の強引な言動に対し、好きな言葉も返せないのじゃないかと言われ、何故食いついて行かないのかと言われ、知らず知らずそんな風になっており、そこを何としても吹っ切れない私をどうしようもなく思ったのだ。
ヒロト2022年令和4年9月12日(月)
ケンジ、ここから急に日にちが飛んでるね。
何があった?
ケンジ1978年昭和53年1月 2日正月
私の六年以上欠かさず続いた日記書きもここへ来てとうとう休んでしまった。休んだというより、日記を書く状況と時間が取れないまま、ヤナギ君のペースに合わせてついつい三ヶ月間書けなかったというところか。
そして正月で実家に帰っていた。
今は電車の中でこれを書いている。
私は再び東京の戦場へと出かけなければならない。
あと三分ぐらいで新宿に着く。今車内放送があった。
また今年もヤナギ君と一緒。
これからヤナギ君に会うのだ。
今年もがんばるぞォー!
ケンジ1980年昭和55年12月12日
今日は朝から雨で仕事は休みにしてしまった。昼過ぎちょっと晴れたが夜になってまた降ってきたようで、今外ではまただいぶ大粒らしい雨音が響いている。
この部屋は煉炭火鉢の熱で暖かいが、外はまず寒い。今テレビで、欽ちゃんのちゃーんと考えてね!を見終えたところだ。
突然日記を書き始めたが、ここは四国愛媛県は松山市、夏目漱石の小説「坊っちゃん」で有名な道後温泉のすぐ近くである。今日も昼、俗に坊っちゃん湯と呼ばれる道後温泉本館へ入りに行って来た。日本で一番古くからある温泉ということで、その建物も古色蒼然としており、大層立派な造りである。一本の柱、板の間の一枚一枚、古びた階段の一つ一つが全て黒光りしているようで、如何にも温泉の老舗といった感じ。お湯に入れば、身体中ぬるぬるしてきて、湯上がりはポカポカ。
温泉というのはオジン臭くてあまり好きではない私であるが、やはりいいもんである。
今夜は宿のおばさんのごちそうで、ブランデーコーヒーなどを飲んだもので、ちょっと頭がポッーとしていて、どうも上手く書けなかった。
ヒロト2022年令和4年9月14日(水)
ん?昭和55年12月?仕事は休み?愛媛県?
道後温泉?たくさんの?が頭の中に浮かぶ。
この二年間、何があったの?この先、また日記はたんまりあるので、その中で明らかになるかも知れないね。それもまた楽しみだ。
ケンジ1980年昭和55年12月13日
オッー寒い。四国松山の冬は寒いのォー、実に寒い。手の指、足の指の先が無性に冷たい。ここ二年ばかり、11月には南国沖縄へスタコラサッサと上陸していたので、真冬の寒さは縁遠くなっていたのだ。思えばこの二年間、夏は北海道、冬は沖縄といったり来たりで、暑さ知らず寒さ知らずの生活をしてきたのだ。
こういうとずいぶん豪勢な生活だと思うかも知れないが、なんつうことはない仕事で、干しぶどう屋、誰かが云ってたなっー、ルンペン予備隊だって。それも一理ある。ねぐらも定まらず、安い木賃宿を一年中日本中を北から南、南から北へと転々と渡り歩いているのだから。
この仕事いつまでやるかは心決めていないが、そのうち方針を明らかにしたい。
今日は松山から国道11号線を東へ、伊予三島、川之江市へ行商に出向いたのだ。何と途中の峠はあわやチェーン装着しなければ通行不可能かと思われんばかりの積雪!昨夜だいぶ降ったのだろう。まァー今日も無事行って来たのでよかったよかった。
ヒロト2022年令和4年9月15日(木)
うーん、少しずつ仕事や生活が見えてきたけれど、干しぶどう屋って何だ?行商ってどういうこと?まだまだ謎は多いね。
ひとつ気がついたことがある。昭和55年でしょ。俺28歳、この時期は日本全国の小、中、高校などを廻って演劇公演をしていたんだ。それこそ北は北海道、南は沖縄、その他ほとんどの都道府県を4、5年の間、ワゴン車に6人乗り込み、舞台道具も積み込み、ルーフにも脚立や芝居で使う長いものなどを縛り付けて、くまなく走り廻った。
全く同じ時期に全国を渡り廻っていたなんて、やっぱりケンジにはシンパシー感じるなぁ。絶対どっかの道で車どうし、すれ違ってるよ。しかも昭和55年12月かどうかはわからないけれど、道後温泉で坊っちゃん湯にも浸かってんだ。もしかしたらあの広い湯船のどこかにケンジがいたかも知れない。調べればいつ頃行ったのかはわかるかもだけど、そんな野暮なことはやめて、同じ湯に浸かっていたかも知れないことにしちゃいましょう。
ところで今日は、記念すべき役者復帰第一弾の仕事、営団地下鉄丸ノ内線の茗荷谷駅に来ている。何本か事務所のユーチューブチャンネル用に出演したけどあくまでプロモーションの為のもので、ギャラが発生するものは復帰して初めて。早く着き過ぎたのでホームのベンチでこれを書いている。まだちょっと早いけどそろそろ行って来まーす!
行って来ました。終わりました。
アイドルグループが歌に合わせたショートムービーを撮っている現場でした。輪廻転生がテーマで、千年の間すれ違いを繰り返している男女の話が組み込まれ、メンバーの一人がその伝説の女性で、やっと会えた男性が高齢で、再会のその時に死んでしまうというじいさんの役が俺。何だかよくわからないけどやってきました。
このアイドルグループ、さくらシンデレラっていうんだって。そのリーダー格の桜瀬もえちゃんが相手役。死んだ俺の左手をリハーサルを含め、20回以上両手で握りしめたのだよ。ふざけてこっちも握り返そうかとも思ったけど、絶対引かれると思い直し、全く力を入れないようにした。俺、偉かったでしょ。
このもえちゃん、お目目バッチリでプリクラの修正写真みたいな綺麗なお顔で、お芝居はもうちょっとって感じだったけど、リハーサルから涙をポロポロと流している。おっさんとしてはちょっとたまんなかったね。
監督は、昔ADの頃よく仕事をした人で、再会を喜んでくれたのでよかった。また必ず会いましょうって営業も忘れなかったよ。
やっぱり現場はいいね。スタッフ6、7人の小さな規模だったけれど、監督のヨーイスタートもあるし、カチンコも鳴るし、テイク4テイク5の後のハイOKの監督のも気持ちいい。病みつきだね。
ケンジの日記の中でどうやらコントをやめたらしい時に、俺が役者を再開するっていうのも何だか面白い巡り合わせだね。
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