NO138/普通って?
ケンジ1977年昭和52年6月20日(月)
夕方、もうすぐ夜のアルバイトの始まりである。今、店のテーブルでこの日記を書いている。この店では私は半人前ということをひしかひしと感じさせられている。
お茶が切れていて、私はお客さんの席についている女の子にお茶切れちゃったんだけど、と言う。するとその女の子に、じゃー近くの寿司屋さんかどっかで借りて来て、と言われ、あっそうか、これぐらいのことが判断できなかったのか、と自分のバカさ加減に呆れる。一緒に働いているフユキからも、もっとキビキビ動いてくれなどと言われて頭に来ているんじゃーまたまた最悪。俺はやってるつもりなんだけど、というのは通用しない。これはヤナギ君の言葉だが、その言葉の重みを改めて感じる。正直言って私は他人よりのんびり見られる。やってるつもりでも他から見た姿はダラーンとして見えるのだ。それを俺はやっているんだよ、と怒ってみても始まらない。自分がそれだけのものを実際やれれば、そんな批判はおのずと消えてなくなるのだ。他人の言葉に腹を立てる前に、もっと厳しく勇気を持って主体的にならなきゃ駄目だ。
言葉の使い方、気の使い方、愛想の使い方、判断の仕方。このどれ一つとっても一人前にはまだ程遠い。二十四歳にしてこれではどうしようもない。
でも人生を生きる以上、気がついたところを直し向上させていかなければならないのだ。
1週間前に入った21歳のフミオ君。人気者だ。もうこの一帯の顔である。お客さんの席に気さくに呼ばれる。その吹っ切れた人間性、21歳ながら24歳の私よりもずっと一人前に近い。本当に自分が情けなくなる。でもやらなきゃならない。平凡な人間でありながらそれに甘んじていられないバカな人間。一人前になるために頑張ろう。
普通の人間になるために頑張ろう。
普通の人間の偉大さ、ようやくわかって来た。普通まで行かない人間のどんなに多いことか。
ヒロト2022年令和4年9月11日(日)
24歳、自分のその頃、やっと劇団活動を始めたひよっ子、視野なんて狭くて人生について考えるなんて微塵もなかった。
ケンジの日記、初めから「凡人にはなりたくない」が頻繁に出てきた。レベルの高い大学を目指し、劇団養成所に入り、そして芸人になるための修行。まわりから見ると、もっと上手いやり方があるだろうに、なんて思ったりしちゃうんだけど、それはケンジには届かない。「届け 交換日記」なのにね。
ケンジの悪戦苦闘の若い日々。そんな中にも結構女の子の名前が日記に現れたり、楽しいことだって勿論あるみたい。変化が盛りだくさんの青春日記だ。今は自分の内面についていろいろ考えちゃうところに来ているみたいで、ごく一般の人たちのやっていることぐらいは普通に出来るようになりたい、普通であることが素晴らしいなどと、かつてのケンジらしくない言葉が並ぶようになって来た。
でも、これって絶対進歩だよね。24歳なんて十分若いんだけどもっと若い頃、まわりの人たちの上辺だけ見て、ああいう風な凡人にはなりたくない、平凡な生き方は嫌だ、の思いで突っ走って来た。そして今、外面だけではなく、内なる世界に目が行くようになったんだよ。
よく言われる言葉だと、ひとつ大人の階段を登ったというところかな。
俺の階段はどうなっているのだろう。
今日、魚屋のアルバイトでいつも厳しくご指導いただいているおばちゃんがどうしたことか、「いろいろ覚えてくれて助かってます、ありがとう」と来た。俺は謙遜のつもりで、「作業が遅くて申し訳ないです」と答えると、そんなことないわよ、なんて返って来るのかと思いきや、「仕方ないわよ、もう若い時みたいにサッサと動けるわけじゃないんだから。物だって手につかないで落としたりもするわよ」
そういう風に見てるわけ?この間、作ったばっかりのお弁当を落とした時、そんな風に思ったの?
俺ね、謙遜して言ったの、まだちょっと慣れてないけどもう少ししたらバリバリなんだけど。そりゃ時々物は落とすけど、それは年のせいなの?年だからやさしくしようとしてるの?そう言えば、久し振りに会った従業員が「お元気ですか。お身体大事にしてくださいね」だって。これって年齢を気遣ってくださってるわけ?
まあそりゃあ70歳だからね。まわりとしたら当たり前なのかな?いっそ、年寄りっぽく動いた方が大事にされて楽なのかな?
冗談じゃねえ!年寄りっぽく動いてたら本当に年寄りっぽくなっちゃうじゃないか。
確かに無理するのは駄目だけど、俺はそれこそ普通に動ける限りは普通に動き回るからね。
ケンジ、普通って大事だね。
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