NO136/今だからわかること

ケンジ1977年昭和52年3月31日(木)

一年前のこの日記のページを見ると、ジロー君のそばに行くと私が堅苦しさを覚える、というようなことが書いてあるが、今改めて冷静に見ると、一年前は私自身まだジロー君を相当意識していたのだなァーと思う。

今ジロー君と会っても堅苦しさなど全くないし、マァー時が流れてそのへんのわだかまりが消え去ったのだといえばそれまでだが。


ケンジ1977年昭和52年4月8日(金)

さて、今日の二人稽古では始める前にヤナギ君をひどく怒らせてしまった。

ヤナギ君が本郷功次郎をテレビのインタビュー番組で見て、「その生き方が俺に共鳴するところがある。俺はあの人を尊敬するぞ」と感想を私に語ったのを、私が例の調子で軽く

「でもそんな素晴らしい人があまり有名でないのはおかしいですね、そんな優れた人ならもっと頭角を現してもいいだろうに」てなことを言ってしまったのがそのきっかけ。ヤナギ君は即「お前は俺が普段言ってることがまるでわかってねェーじゃねえか。人間的に優れていれば、有名になろうがなるまいが、地位を得ようが得まいがそれでいいじゃねえかよ。」というのがヤナギ君の指摘したところ。私としてはヤナギ君の人格第一主義は十分わかっているつもりだ。でも私のクセで、わざとそう思い込んでいるヤナギ君をハッとさせるような言い方を時々してしまうのだ。結局私の軽率の一語に尽きることなので即謝った。改めてヤナギ君の真摯な態度に痛感した。と同時にビックリした。


ケンジ1977年昭和52年4月9日(土)

今日は一日中雨だった。腹ペコだった。パチンコもダメだった。

私は、私の持ち物の中で最も高価な大事な物、ギブソンのギターを質に入れようと一大決心をした。今度勤めることになりそうなお店で着るための、スーツを買う金を作るために。

いざ好きなギターを手放すとなると妙にお名ごり惜しいもので、ギターの音をカセットに吹き込んだりしながら「なに、これを手放しても近いうちに金が入ればまた買えばいいや、もっといい音のするやつを買うさ」という風に自分を慰め、最後の弾き納めをして、降りしきる雨の中を質屋まで。質入れの値段を聞いてビックリした。何と六千円だとよ。

勿論即入れるのを止めた。問題にならない安さだ。

結局そのギターを持ってアトム君のところへ行き、かたに置いて、三万円借りる約束をして来たのだ。わびしい一日であった。


ケンジ1977年昭和52年4月14日(木)

今日の二人稽古も、私のロレツがすんなり回らず、またまたヤナギ君から説教。

私のロレツは70%ぐらい先天的なもので、これを克服するためにはあとの30%を磨きに磨き上げ、十分出し尽くすことが必要不可欠なのだ。

私もよりによって私の能力に不向きなもの不向きなものと道を選んだものだ。どうして私はこうも自分を知るのが遅いのか、そのためにこうむった人生におけるマイナスは数知れないものがある。何かわざと私には出来にくいものばかり選んで、苦難の道を進んでいるのではないかと痛感することもよくある。

剣友会では立ち回りがダメ。漫才やらせりゃしゃべりの根本がダメ。実に何を言ってるかわからないというのだからどうしようもない。

世の中には、私よりタレント向きの人間がゴロゴロいるように見えるけど、なぜこんなに芸道に向かない私がこんな道に入ったのか。

ハッキリしゃべれよ。


ヒロト2022年令和4年9月4日(日)

俺もしゃべりには苦労したなあ。どうしても上手く口が回らない単語とか言葉使いがあった。努力はしたよ。一応「外郎売り」は全部覚えて、毎日家でも稽古場でも繰り返し声を出してやったものだった。

何か、役者というものはアナウンサーのように、ハッキリクッキリすらすらとしゃべれなければいけないんだ、みたいな強迫観念みたいなものがあったような気がする。

ハッキリ聞こえなければ内容が伝わらないのだから、当たり前の話なのだけれども、人間いろいろ、しゃべり方もいろいろ、逆に出演者みんながアナウンサーのようにハッキリクッキリ同じようにしゃべられても、面白くないよね。今ならそれがわかるんだけど、若い時は必死だった。

確かに全ての言葉を意識せずにすらすらしゃべられれば、内容の表現に全て意識を集中できるのだろう。でもやっぱり苦手な言い回しあったよ。

ある芝居で、気持ちも表現もしっくりいって、相手役とも心が通じ合うとても良い感じの舞台があったんだ。でも、どうしても言いづらい一言があり、それまで芝居の中に入っていた気持ちが、その直前になると、その言葉を上手く言えるか不安になり、現実に引き戻され冷めてしまうということを経験した。

どうすればよかったのかね。

今ならわかるよ。別にすらすらしゃべられなくてもいいんだよね。ゆっくりしゃべればいいんだよ。現実に人は苦手な言葉を相手に伝えようとする時はゆっくりしゃべるんだよ。そしてそれがリアリティーとなる。

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