NO129/金稼ぐのって大変だねケンジ

ケンジ1976年昭和51年8月23日(月)晴れ

今日も無性に蒸し暑かった。そんな中をバイト探し、明日から午後5時半から8時半まで上野の風月堂という喫茶店でウェイターをすることにした。

ウェイターっていう言葉も仕事もあまり好きではないのだが、金の入って来るところがないんじゃァー何かやらなァーあかんでなァー!

ところで例のホストクラブの話だが、もう完全に行く気はなくなった。事実あの日一回行ったきりで、向こうには悪いことをしたが連絡もせず行くのをやめてしまったのだ。


ケンジ1976年昭和51年8月25日(水)雨のち曇り

今日は表札セールスのアルバイトの説明を聞きに行って来た。私にもできそうだし、日数時間その他に自由がきくということだったので即やることにしてきた。明日早速やってみようと思う。何か妙に運が上向いて来たように感ずる。

表札セールスのバイトが安定すれば金には困らなくなるだろうし、すべてに頑張る時が来たようだ。


ケンジ1976年昭和51年8月29日(日)晴れ

10時頃表札売りに出掛け、1時間半ぐらい歩いてやりました。4日目にしてようやく第一個目が売れました。イヤッーあまりのうれしさに、日付も郵便番号など必要事項も書くのを忘れ、セールスの難しさ、またそれを曲がりなりにも達成した時の喜びというものを改めて実感した。

しかし私もどうしてこうすぐ焦るのか。いかにも小心丸出しになるんだから。情けないよ。まぁーその分、人一倍実力を付ける以外あるまい。実力が付けば何事にも自信が湧く、そこに自ずと男らしさが生まれるものと信ずる。とにかく今の私は何事にかけても自信がないんだもの、最悪だヨ!


ケンジ1976年昭和51年8月30日(月)雨

さて表札売り、いろいろ四苦八苦したが何とか3個売れて、今日池袋の本社へ納めに行って2100円もらって来た。少しでも入ったので良かったとしておこう。夜の風月堂のウェイターの方もボチボチ慣れてきたようだし、あとはコントを軌道に乗せるのみ。

マァー自分としても、一ヶ月二ヶ月前のどん底の精神状態からみるとだいぶ余裕が出てきたし、明るさも取り戻して来たと思うし、これで私のペースに戻れるだろう。それにしても暗く長い何と苦しいスランプだったことよ。自殺する人の心境も少しぐらいわかったような、そんな体験をした、一、二ヶ月であった。

また、心をゆったりさせてバッチリいかなくちゃ!


ヒロト2022年令和4年8月5日(金)

ケンジ、俺も3日、4日と新しいアルバイト、やってきたよ。今日は休み。

先月までは、殆ど一人でやっているようなものなので気楽だし、ちょっとした間違いをしようが、ちょっと忘れてしまったにしても、自分のペースでやり直せばよかった。

今度はそうはいかないよ。常に10人ぐらいは働いている魚屋さんなのだ。

8月3日が初出勤、8時15分前に店に入った。息子の友達のちょっとやんちゃな店長に制服を渡され、「とりあえず、惣菜の方をやって下さい」と言われた。

黒づくめのポロシャツ、ズボン、エプロン、網付き帽子を身に纏い、黒い膝まであるようなゴム長靴を履いて厨房へ。そこには60代のおばちゃんが待ち構えていた。

まずは挨拶、これが肝心、周りの人たちにも一応大きな声で明るめに声をかけた。

さあ、余計な話をしている暇はない。やることはいっぱいありそう。

早速いろいろ指示されて、揚げたての小えび、小あじなどを定量、二重にゴム手袋をした手で掴んで素早く小分けしなければならない。指示はタメ口だ。それはいい。そんなことには引っ掛かってはいられない。

他にも仕事は進む。その中でおばちゃんは、

「わからないことがあったら、何回聞いてもらっても構わないから。間違えられるよりいいからね。」

その通り、俺も前のところで新しいパートさんにも最初に必ず言っていた。ちゃんと丁寧語で。

少し経って、確認の為に質問をした。すると

「モウ!同じこと、2回言わせないでよ!忙しいんだから」ときたもんだ。

こりゃ大変かも知れないな、こういうおばちゃんには、何でもハイと聞いて、でもわからないことははっきり聞いて、間違うことは絶対に避けないといけないなと思った。

ちょっと待って、今こう書いているとまんまとおばちゃんのやり方にはまっているのか、

指導が上手いのかも知れない、なんて思ったけど、現場感覚ではおばちゃんはその時その時、思ったことを口にしているだけのように感じる。

作業台をふきんできれいに拭き、更に食器用アルコールは吹きかけ、ペーパータオルで拭き取る。これは作業が変わる度にする。

次は弁当だ。ご飯を200グラムを弁当用箱に詰め、細かく削られた鰹節を全体に振りかける。細切り昆布の佃煮を乗せる。「ちょっと多過ぎ!」「ハイ」板海苔を1枚載せる、ちょうどご飯が隠れる。これだけで旨そう。

海苔に刷毛で醤油を薄く塗り、卵焼き、竹輪の磯辺揚げ、きんぴら、胡瓜の漬物、そして小さな焼き魚を載せて完成。これで幾らですかと聞いたら、何故か答えてくれなかった。わかったよ、後で見るよ、見たら680円だった。結構強気だね。

やっと昼食、一時間ちゃんと休める。一人でやっている時は、せいぜい30分しか取れなかった。

でも一時間はすぐに経ち、仕事復帰。

夕方用の焼き魚などを出す。

さあ片付け、洗い物だ。なま物、惣菜を扱っているのでさすがに念入り。ビニールで出来た大きなエプロンを上に着け、洗剤たっぷり湯水たっぷり流しながら、ボウルや焼き網、トレイなど油がたっぷり付いた汚れものを洗っていく。

おばちゃんの指導は厳しい。

「全然油取れてないじゃない!やり直し!」

ハイ

「早くしないと終わらないよ!」

ハイ、70歳の俺は素直だ。

「ワタシまだ休憩してない、やっといて!」

行っちゃった。

やることまだいっぱいありそうなのに、、、

先輩店員が来てやることを教えてくれた。

大きな魚焼き台の中も洗剤でこすり洗いし、ホースの水で洗い流す。

魚を煮ていた大釜の中身を流しに棄て、洗う。

おばちゃん、帰ってきた。

「ありがとう!助かるう。」

いいことも言うんだ。

でもこれからが大変。揚げ物をしていた大きなシンクのような器具に、油がタプタプに入っている。これを抜いて、すべて中まで洗剤を使って洗うのだ。毎日空にしてやっているらしい。知らなかった。

洗ったらまたホースを使って水で洗剤を完璧に洗い流す。そのあと今度は、惜しみなくペーパータオルを使って完璧に水気を拭き取る。また油を入れるためだ。一斗缶ひとつ半入れるので27リットル入れることになる。

背後からおばちゃんに、

「その裏っかわまでちゃんと洗って!」

ハイ

「ちゃんと流して!洗剤が残ってたら揚げ物が変な味になっちゃうよ」

ハイ

「水気取ってよ!油跳ねちゃうよ!」

ハイ、70歳の俺、素直だ。おばちゃん、確かにもっともなこと言ってる。タメ口で。

新しい油を約27リットル入れて蓋をした。

シンクのゴミポットにたまったゴミを棄て、シンクをきれいに洗い、終わり。

「床と排水溝の掃除はワタシがやっとくから、疲れたでしょ、ハイお疲れ様。」

いい人?

朝出して売れ残っていた寿司を、2パックもらって帰りました。


通勤時間が短くなったし、帰りは疲れてるし、この交換日記、今までのペースでは書けないかも知れない。




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