NO120/パチンコの沼

ケンジ1975年昭和50年8月14日(木)

今日は午前中ギターの稽古、午後 2時過ぎにはモウリさんと会い、久し振りに教会へ行って、二人で歌のレッスン。私のギターの腕前の未熟さに改めてモウリさん共々自信を危うくし、私もふんどしを締め直してもういっちょ踏ん張らなきゃあかん、と決心した今日なのだ。


ケンジ1975年昭和50年8月22日(金)

さて、今日はリハーサルが終わってからが問題なのだ。この前、カドヤで一緒にバイトしている女の子、ナガイさんという子に頼まれた、Nさんという娘とデートして欲しいという約束を遂行すべく有楽町のソニービルの前でその娘と会ったのだ。いったいどんな女の子だろうといろいろ予想していたのだが、まんまとよくない方の予想に的中、正直言っておブスの部類に入る女の子であった。そんな訳で会ってからしばらくは、話す言葉もノドを通りにくかったが、結局腹を据え、公園で話したりしているうちに良い面も見えてきて、何とか8時までデートを楽しく遂行してきた。よかったよかった。


ケンジ1975年昭和50年8月27日(水)

明日は木曜日でモウリさんと稽古する日なのだ。とにかくこのコンビは私の出来ばえにかかっているのだ。私に用意が整えば、即売り出せる予定なのだ。私は必死で頑張らなくてはいけないのだ。モウリさんの考えているイメージの線に近づけるよう努力せねば、私はとにかくモウリさんのイメージにかける。私のイメージとジロー君のイメージとの時のような妥協的作品を生みたくないのだ。一人の人間のイメージをとことん追求してみよう!


ケンジ1975年昭和50年9月2日(火)

今日、例によってモウリさんと稽古。だいぶモウリさんのイメージがわかって来た。それにしてもこの残暑で、モウリさんも私も体調があまり良くないということで、冴えた稽古内容ではなかったように思う。

それでもやはりモウリさん、ヤルッー!である。私ももっともっとリズム感良く乗れるように訓練しなくっちゃ!何か見通し明るくなって来たように思える。これも風呂屋から帰ってきてさっぱりした気持ちでゆっくりしているから一時的に気分良くなってそう思えるのかも知れないが、そう思ったら世の中ちっとも面白くないよ。いっちょこの気持ちを持ち続けるよう頑張ろうォーーー!


ケンジ1975年昭和50年9月8日(月)

今日もまだ下痢している。ああもうこれで私の下痢は何日間になるのだろう。かつてこれほど長く腹を壊したなんてことはなかった。体重もさっき風呂屋で計ってあっと驚き55キロ!私はもう死ぬんじゃないかしら、なんてことを言う。しかしまぁー冗談でなしにあまり長く続くようだとこりゃひょっとしてひょっとするかも。医者にでもかかるようなことにならないうちにもっと節制しなくては。


ケンジ1975年昭和50年9月11日(木)

今日はモウリさんに悪いことをしてしまった。だいぶ腹の調子も良くなり、お昼にうどんを食べに外へ出た時、「一日一杯梅酒を飲んで今日も胃腸は快腸」というポスターが目に入り、よし一気に直しちゃおうと思い立ち、そいつを飲んだ訳だ。一瓶180mlぐらいのやつをまるごと。口当たりも良かったものだからこりゃいけると思い、中に入っていた二つの梅までしゃぶって食っちゃった程だった。それがまずかった。飲んで30分も経つともう体中真っ赤。頭はボケッー、結局眠くなってしまい、モウリさんとの待ち合わせを果たせなかった訳だ。私一生の不覚。


ケンジ1975年昭和50年9月12日(金)

今日はようやく腹の具合も良くなったと思えて、早速りんごジュースやらコーヒー牛乳やらをガブ飲みし、また夕方には、モウリさんに付き合ってタンメンと餃子まで食べ、またしても腹がゴロゴロ鳴って来て、イヤ、しまったと思ったが、ピーピーではなく、ホッとした。


ケンジ1975年昭和50年9月13日(土)

今日はもうスターアクションの本番日で江戸川公会堂まで行って仕事をして来た。

腹の調子も95%元に戻り、弁当は二つ食べれたし、ジュースやコーラも飲めたし、私としては喜ばしい一日であった。


ケンジ1975年昭和50年10月2日(木)

今日は午後二時過ぎから久し振りにモウリさんと稽古をし、まずまずうまくいったので一段落。しかしやはり約二週間ぶりの稽古はカンを狂わせる。もうちょっと稽古量を増やしたいものだ。ジロー君とやっていた頃はこんなことはまったくなかったことだ。まぁー現在はあの頃とは生活状況が違うのでそう簡単にいかない、というところが人生の難しいところよ!

それにしても、やはりモウリさんは感覚的に鋭い目を持っているし、つかみ方も早いし、ひと味違ったフィーリングを持っている人だということを、改めてうれしく感じさせてもらった。


ケンジ1975年昭和50年10月7日(火)

今日はリハーサルの帰りに、上野でバナナを買ってきてすでに全部食べてしまった。例によって今はその影響で、へをブーブーこきながらこの日記をつけている。まことにくさい。そうねェ、10本以上はあったな。もっとも値段の方は、売れ残りの黒くなった外面の悪いバナナなので150円。得なのだ。ただこれで、明日の朝出るものが出てくれればよいが、出なかったらもう大変、明日のカドヤのバイトはくさいへを、ブーブーこきながら務めることになる。お客相手にへをこくのだからそう自由には出せないし、そういう時はきびしいよ。


ケンジ1975年昭和50年10月19日(日)

どうも最近、カドヤのカバン屋も退屈するようになって来た。もう辞め時なのだろうか。

私が今カバン屋をやっていて心がけていること二つ。大きな正しい発声で売り声をあげる。どんなお客にも物怖じせず、スラスラとリラックスして話せるようにする。私はこの訓練のためにカバン屋でバイトしているようなものだ。

このカドヤでのバイトの経験は私にとっては相当プラスになったところがあったと思う。何か一つ吹っ切れたものがあるように思うのだ。

とにかく今は、働いて平凡な生活を送ろうと思えばいつでもできる。そんな世の中だ。

そんな中で夢を追うことを止めたら結局その平凡な生活へのめり込んでいってしまうだろう。だってそれがもっともたやすいと思われるからだ。楽だろうね、そうすれば!


ケンジ1975年昭和50年10月25日(土)

今日は久し振りにNさんとデートなどをした。12時に上野の西郷さんの下で待ち合わせ、まず国立科学博物館見学。期待してたより面白くなく、上野公園をブラブラした後、茶店に入り、「何か面白くない」てなことを話した後、もう一度、もう陽も落ちて暗くなった夜道を上野から鶯谷の方まで歩き、また公園を通って上野まで歩いて来た。今度は、私が彼女の肩に腕を回して少しでも話が弾むようにと心がけて歩いたのだ。そしたらようやく、今日彼女とデートしたんだな、という実感が湧いて来た。もう外は冷たい風が肌を刺し寒かったが、やはり腕のひとつも組まなけりゃァーデートなんてシラケちゃうもんなんだなァーてなことを思いながら二人で歩いていると、ちっとも寒さを感じなかった。

これもひとつの思い出となるだろう。

さて、明日もバイト。頑張らなくっちゃ!


ケンジ1975年昭和50年10月26日(日)

今日も一日が終わった。もう風は相当冷たくなって来た。そして今の私の生活リズムは完全に堕落した状態にいる。タバコはスパスパ吸うわ、パチンコはここ二、三日毎晩やってるわ、そのたびにスルわ、明日こそはとバカバカしい執拗さに縛られるわ、挙げ句の果ては明日バイトに行く時のバス賃だけしかサイフに残っていないという、実に惨たんたる現状なのだ。

私は明日カドヤの給料を貰う。そして最後に、あの清川二丁目のパチンコ屋で一度でも勝つまでパチンコをやる。それでパチンコはやめたい。パチンコですってこのアパートへ帰り、ゴミだらけの部屋の中で脱力感に蝕まれた身体でただ茫然と椅子に腰かけている。こんな私が明るい光に照らされるのはいったいいつなの、こんなことじゃー照らしてくれる筈ないな、今夜の私はもうダメみたい、、

と、こんなことを書いているうちにまただんだんいつもの私が戻ってきたみたい。

アースッキリした。日記ちゃんよ、ありがとう、君は私に再生の力を与えてくれる。

さァー明日も頑張ろう!


ケンジ1975年昭和50年10月30日(木)

今日私はモウリさんとの稽古も風邪だと言ってウソをつき、パチンコに明け暮れ、何と一万円スッたョ!競馬とか麻雀でスッたってんならまだ理解してくれそうだがパチンコだもん。あの山谷のパチンコ屋め、昨日ちょっと甘い汁吸わせておいて今日はまんまとやられた。こういう私がバカなのかアホなのか、他人に言わせればこれを称して愚の骨頂と呼ぶだろう。

こんなバカなことをして生活苦に悩むから、神経科の医者に自律神経失調症などと言われるのだ。ほんと私は、アッチッチになると何をしでかすかわからないんだから、参ったもんだヨ!アー参った参った。


ヒロト2022年令和4年7月19日(火)

つらいよケンジ。ケンジが暗黒面に入って行く。これも真実のケンジの歴史、日記には本当の自分をさらけ出してバランスをとっているのかも知れない。別に誰かを傷つけたとか、法律を犯したとかの暗黒ではなく、自分のキャリアをそして希望を蝕んでしまう残念さが漂う。つらいよホント。実は自分もハマりかけた頃があるので、心をえぐられるような気持ちになる。

4人揃える麻雀、新聞買ったり馬券を買いに行ったりする競馬等と違って、すぐそこにあるギャンブル、パチンコ。店があったら入るだけ、あまりにも簡単なギャンブル、それがパチンコ。沼にはまったら普段の生活にまで入り込む怖さを秘めている。

読むのがつらいよ。

この「交換日記」は、ケンジも俺もお互い様、そこら辺にいるような男が、少し夢見てあがいている気持ちを綴っている。成功した姿には程遠いかも知れない。でもこの姿もケンジそのもの。だからあえてケンジのパチンコ沼のはまりっぷりを抜粋してみる。



ケンジ1975年昭和50年11月20日(木)

今日はモウリさんは仕事で稽古はなし。私はカゲツ君と午後5時から「コント55号のなんでそうなるの」を見る約束もすっぽかし、ひねもすパチンコに明け暮れた。

というのは、例のいつもスッていたパチンコ屋が、昨日から新装開店で真新しい気持ちのよい台でゲームが楽しめるということで、ついつい昼頃起きて即行ってしまった結果、昨日打ち止めであった100番台がちょうど空いていたのでやったのが的に当たり、とうとう打ち止めにしたのだ。結局600円使って4200円勝った。当然の成り行きとしてカゲツ君と約束した5時にもやめられず、約束まで破ってパチンコに血なまこになっていたことになってしまった。

そこまではまぁーそれでよかった。その後がいけない。打ち止めになった時間が中途半端な6時15分という時間だったので、いつものパチンコ屋でもう一儲けしてやれ、などと欲を出したのが運のつき、2600円も使っちゃって840円ようやく出したといった感じで、まったくバカを見た。いつもスッているパチンコ屋で勝ったのに何と悲しいことか。


ケンジ1975年昭和50年 12月5日(金)

今日こそパチンコから足を洗わんと、とうとう一日パチンコに徹して結果2000円ぐらい勝った。よし!もうこれでパチンコはやらん!明日からは文学にいそしみ、ギターの稽古に励み、コント作りの構想を練る。そういう生活に戻ろう!とにかくやったるでェー!

でも麻雀は続けていきたい。私の生活を狂わさない程度に。だって麻雀は面白いし、友達とも親しくなれるし、何かプラスになると思うからだ。


ケンジ1975年昭和50年12月7日(日)

参った参った。またパチンコをしてしまった。あれほど固い決意をしたと思ったのに。

どうもバスから降りてすぐパチンコ屋があるというのはいけない。1000円ぴったりスッてきた。なんて私はバカなんだ。これじゃー私の予定はのびのびになるばかりだ。こうなったらもう一度明日やってそれで負けても勝ってもやめにする。今日の千円が憎い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る