NO116/ふたりのバイト アングラ劇団

ヒロト2022年令和4年7月12日(火)

〈俺っちの就活日記〉

行って来ましたよ面接!息子のちょっとやんちゃな友達の店長は、俺っちは前の店にいた時からいいヤツだなとは思っていたけど、やっぱりいいヤツだった。

最初に、店舗を探してもらっていることを話し、いつ辞めなくちゃいけなくなるかわからない状態で働くのは申し訳ない、ということも告げた。やんちゃな店長、やっぱり少し困っている様子。でも俺っちのことも心配している。俺っちは、やっぱりこんな宙ぶらりんな状態で働くのは申し訳ないから、日払いのバイトでも何でもやるので心配しないでと言ったのよ。そしたらやんちゃ店長、その仕事するぐらいだったら、うちで働いてくださいよ、短い期間でもいいですよ、と来たもんだ!いいヤツでしょ。そこで俺っちの心は決まりました。

もうひとつ、決まりの要因がある。面接の場所は狭い作業場、ひとりのおネエさんがいなり寿司を作ってる。やんちゃ店長に電話がかかってきて、作業場におネエさんと二人きりになったのよ。やんちゃ店長はアイちゃんと呼んでたなぁ。そのアイちゃんが、俺っちの履歴書を覗いて、「ワタシノオトウサントオンナジトシネ」とにっこりした。ベトナムから来てるんだって。4年目だって。日本語バッチリだねって言ったら、「カンジ、ムズカシイ」だって。「ココ、ヒトイナイノ、イソガシイ」だって。そんなところへやんちゃ店長、もう戻って来ちゃった。

そしてやんちゃ店長、とりあえずお寿司の方をやってもらうことになります、と俺っちに言って、それからアイちゃんに向かって、「良かったね、アイちゃん」と来たもんだ。

俺っちの気持ちは完全に決まりました!


ケンジ1975年昭和50年5月25日(日)

一昨日から今日まで日の出町に帰って、町長選挙の投票を済ませて来た。のんびりした片田舎と思っているうちに、日の出町もだんだん都会の汚れに染まって来る傾向を見て来た。何と今回の町長選挙には候補者が四人も出馬して、そのうちの一人はよく知っているヤツの兄貴だということなのだ。その兄貴、有名な組織の幹部。ザ、ヤクザである。それも、現職の町長と同姓同名なのである。要するに早い話が妨害に出た訳なのだ。何でも噂によると、もう一人の無所属候補者が、嫌がらせを組織を通して頼んだらしいのだ。そんな噂が広まってんじゃァー無所属候補者の計算も裏目に出るに違いない、きっと現職の町長の圧勝になるだろう。タケの話によると、立ち会い演説会でもその無所属候補者は全く人気が無かったとのことだから。

まァーこれは、あくまで噂を信じての理論だが、悪いことはできないねェー!そんな訳で私も現職町長に投票しただろうと思うかも知れないが、どっこい、私はあまりにもう完全に当選するというような人には入れたくないのだ。そこで、残った一人、若い候補者に入れたのだ。以上!


ケンジ1975年昭和50年6月1日(日)

さて、今日のバイトの方もごく快調で、日曜日だけ会える同じバイトの女の子、アケミさんという大妻女子大学かなんかの一年生のかわいい娘とも親睦が深まったし、まことにケッコウな一日であった。

最後に、高橋さんから「何だ、君、今日来てたのか。今度から日曜日はカドケンの日だ」と言われうれしくなった。高橋さんのような偉い方の人にそう見られているとなると、私としても気分がいい。

まァーここでノボせるのもいけないが、何でも、「君のように呼び込みのできる器用なヤツが、他にいないんだよ、君、昔、舞台でも上がってたんでしょ!」だって。別に高橋さんは、私が芝居をやり、コントをやっていたなんてェーことは全く知らないのだ。冗談だろうが、その勘の良さにオドロイタ次第である。


ケンジ1975年昭和50年6月7日(土)

オッー何か空しい。バカ見たという悔心の情で満たされている。今夕五時半から、オバラ、サトウ両君と唐十郎率いる状況劇場を見て来たのだ。そこへ両君のクラスメートという女の子が二人居合わせ、帰りがけ、どういうわけか私がみんなに寿司を食わしてやったのだ。しめて三千五百円也。前にちょっと小耳に挟んだ話だが、ええカッコしてオゴッた後、たった一人になった時どんなに空しい気分になるか!てなことを聞いた。今の私の気分がまさしくそうだ。まいったねェー!決して私も金が余ってる訳じゃないのに。

でも普段、スターアクションでの先輩として、たまに後輩にオゴるぐらいのことは、人間関係の上から言ってもプラスになるだろう。あまり身銭も切らずにチーチーしててもやはり問題は出てくるだろう。まァーそんなに困ってる時じゃないからいいわな。

それに今日は、モウリさんにも一万円貸し、逆に千円食事代とか言って貰っちゃったし、人生いろいろだョ。まァーまた明日バイトに精出そう。


ケンジ1975年昭和50年6月8日(日)

昨日書けなかった状況劇場のアングラ劇の感想を書こう。とにかく筋はだいたいつかめる程度の、それほどメチャクチャなものではなく、見ていてもケッコウ興味を引いた。

しかし、何と言っても感じたことといったら、一人一人の役者の自由奔放的ユニークさである。

これを見て感じたのは、「くるま座」の幹部連中が目指し、近づこうとした芝居はこれなんだ、ということだ。

もちろん、状況劇場といえば天下の唐十郎が率いる集団、効果から舞台装置まで劇の進行に従って、実にピタッと動いていた。主役の

リーレーセンとかいうへんてこりんな名前の女優も素晴らしかった。舞台の仕掛けも、本物の捕鯨主砲が出たり、大きな鯨のしっぽが出たり、その他いろいろ大したものだった。

おかげでお客も大入りで、私らは椅子に座ることもできず、三時間弱苦しい思いをした。


ヒロト2022年令和4年7月13日(水)

今日、seventyになったのです。昨日までは、sixnineでちょっと淫靡?な響きもあったのですが、今日からは爽やかにseventyです。しかし自分でも信じられません。大きな数字に驚くばかりです。周りはごく当たり前のように見ているのかも知れないけどね。気持ちと体は、若いのですよ。

誰に言ってんだろうね、ケンジは黙って聞いてくれる。ありがとう。ケンジと一緒の高校時代は、yが取れてeenが付いていたんだよね。よし!super seventyの闘志を持って、でもジジイが無理してるなんて見えないように、表面はさりげなく行こう!

ところで、アングラ劇団というと、ある光景が浮かんで来る。演劇の養成所仲間と劇団を立ち上げた時、稽古は公共施設が安いのでよく使った。そのひとつ、代々木に青少年センターという、1964年東京オリンピックの選手村だった所が安く借りられた。広い部屋もあって稽古もできるし、回りをジョギングすることもできる。あっ、そうそう、ケンジはよくマラソンと言ってるけど、ジョギングのことだよね。まっ、それはおいといて。

そのある時、どこかの劇団、10人ぐらいだったかな、ジョギングしてたんだ。みんな黒Tシャツに黒ジャージ、同じ格好してるのにみんな全然違う。ものすごくちっちゃな人、

ものすごく背の高い人、ものすごく太ってる人、ものすごくスタイルのいい人、ものすごく胸が大きくてものすごく揺らしながら走ってる女の人、頭ツルツルの女の人も背中まで髪を伸ばしてる男の人も、みんなそれぞれものすごく個性的だ。

我々は、稽古をつい中断して窓から見てしまった。建物の周りを2、3周してたと思う。すると、我々の劇団の中心的人物、ヨシダさんが、この人たちは天井桟敷だと呟いた。ヨシダさんはいろいろなジャンルの芝居を実にいろいろたくさん見ている人だから間違いない。状況劇場と並ぶアンダーグラウンド演劇の双璧、寺山修司率いる劇団だ。寺山さんは走ってなかったみたいだけどね。

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