NO108/日記にケンジ溢れ出る

ケンジ1975年昭和50年2月5日(水)

今日は昨日の雨とはうって変わってきれいに晴れわたった。でもちょっと風が強過ぎた。

例によって稽古をしたのだが、私一人で10時から12時までやるトレーニングやボディビルの時には私の心も晴れ晴れとしているのだが、どうもジローが来ると気分がすぐれないのだ。というのは、前にも言ったように、ジローの最近コントに対する情熱が干からびちゃったみたいなのだ。稽古をやっていても、一応やることはやるのだが何か気が入ってないし、暇があれば、やかましいドラムをジャンジャカ叩いているし。かと思えば、ドラムにも飽きてオルガンをかき鳴らす。その情熱をもう少し、二人のためのコントに発揮して欲しいと要望したいのだ。私は何度そう怒鳴ってみたくなるのをこらえたことか。しかし、そこで私は思いとどまった。まだ早い!私もあまり乗らずに稽古をやっていた時もあるのだから、ここで一発破裂させちゃったら元も子もない。かと言って、私の気乗りのしない状態とジローの現在の状態が同質のものとは言わない。少なくとも私は、心の真では常に頑張ろうと前向きの姿勢があった。だが、ジローの場合はとかく感情の方が、意志、理性よりも遥かに強い人間だから、果たしてそこまで考えているかは疑問だった。

私の見たジローという人間は、宗教によって、一人の人間としての強い力に欠けるところがあるように思えるのだ。よって、彼特有の純粋さ、子供らしさというのは、私が初めの頃感じたような、すべてを超越してその人間の内面から湧き出たものというのではなく、ごく次元の低い、どっちかというと、過保護的無知から来ているもののように感ずる。勿論、考え方が全くなってないとか、子供丸出しだとかいうことではなく、言うことは言う、そして彼の考えることは正しいことの方が多い。だが、その正しさが、全てを知った上での正しさではない。叩きつけられ打ちのめされ、自らがやっとの思いで築き上げた、というような、いろいろ事柄、物事によって強められたところのものではないのだ。

ただ、生まれた時から宗教という規則正しい生活をしてきて、こういうものはこうだという親切な教えを受けて育って来たものなのだ。よって自分ではそう思ってはいても現実にあたると、自分では全く気がつかない内にその意志が崩れ、自分で理解しきっていない、自分の意志の抜け穴を通って出てくる感情の力に動かされてしまうのだ。

だから彼は今、自分では大いに頭を使って考えているつもりなのだろうが、その考えのピントがブれている訳だ。結局彼の今のやる気のなさを支配しているものは、彼の感情以外の何ものでもないのである。

さらに困ったことには、彼は自分ではそれがわかっていないために(これは誰でも同じだが)私が何を言っても、そしてそれが感情的な言葉になればなるほど、私を自分の、感情の人間であるのと同じように見て、耳を貸さないのだ。貸したとしても、そこには一種の自分に対する安心感と、私に対する軽蔑心しか湧いてこないのだ。

そこで私は思うのだ。あとは時間しかない。黙って耐えて、ジローの感情自体が、何かの拍子にコントに対する関心、情熱を取り戻すのを待つしかない。これは今までの私の生活経験からそう判断するのだ。

私が高校の時、まるで気狂いじみていた兄貴に対して、何度啖呵を切って「もう兄貴のそばにはいられねェー!好きなようにすればいいだろう、この優柔不断の腰ぬけが!」とケンカ別れでもしようと思ったことか、でも結局耐えた。だって、決して悪い兄貴じゃないことがわかっていたから、いや、そう信じたかったから。そしてそれから長く兄貴は何を考えてんのかわからないような日々が続いたが、今、こうして顧みると、やっぱり辛抱してよかった、時間の力は素晴らしいとつくづく感じるのだ。やっぱりかけがえのない兄貴なのだ。

妙なところで脱線したが、そういう訳で私は我慢することにしているのだ。第一、今、ジローにこっちから啖呵を切ったところで、何もプラスになるものがない。ジローの純粋さ、子供らしさは、私が他の俗人たちの世界で味わうアクの強い人間関係から心を洗う、絶好の避難所に思われるし、こういう人間の数の少ないのも知っている。

だから、もし別れるにしても、後々まで温かく思い、思われるように別れるのだ。私はそう確信している。

そこで、今度は私の耐えるべき立場をジローの性格に対照して、見失わないように確かめておこう。とにかく私も人間だから、ジローと二人の世界のことだけに視野を取られると、どうしてもジローの煮え切らない態度にイライラしてくる。そして考え過ぎてしまう。挙げ句は怒鳴りたくなる。これが私の、今最も注意しなければならない点だ。とにかく、私の世界を広くとり、常にジローのような人間の希少価値を忘れないことだ。よって、ジローの復活を待つのには、そういう苛立ちに自分の視野を見失わず、余裕を持って、寛容な心で臨むことだろう。

ジローちゃん!やる気を出してちょォうだい!ただそれだけなのだ。


ヒロト2022年令和4年7月2日(土)

すごいね、約2000字、いっぱい書いたね。

内容については、どうのこうの言うつもりはないよ。それにしても、自分の考え、感情を整理するのには、日記を書くことがとても役に立つんだね。ケンジの日記を読んでよくわかるよ。書きながら考え、考えながら整理できるもんね。これは、ケンジの素晴らしく個性的な文字で書かれている日記を直接読んでいる俺だからわかることだけど、書き直しがほとんど無いんだよ。だからもしかしたら、ケンジは考えながら書いているというより、頭の中に文章がいっぱいあって、ペン先に溢れ出ているのかも知れないね。

ゴロゴロボクボクへープープーだけど、なかなか出るものは出て来ない。でも、日記帳に向かうと文章は出て来るんだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る