NO65/演芸場でのあれやこれやの日々
ケンジ1973年昭和48年12月13日(木)
何もかも順調にいっている。何か怖いようだ。人生というのは、順調にいっている次には壁が待っていたり、難問が控えていたりするものだから。このまま順調にいけたらどんなに気楽なことか。でもそれじゃー非凡人は生まれないだろう。巷のどん底の苦しみを味わい、それを克服してこそ何か強いものがそこに生まれるような気がする。こんな文言を書くと、高校生あたりの自己満足的な虚飾文のようだ。
この順調さにおぼれず、より一層苦しみ努力しなければなるまい。
体の調子もいいし、今、私ほど充実している人も少ないのではないか。
ヒロト2022年令和4年5月5日(木)
いいねいいね。今のケンジ面白くて、俺のエピソード語れないよ。
明日はどうなる?
ケンジ1973年昭和48年12月14日(金)
あっー頭に来た。今日は二回目の公演が終わってから、みんなになんやかやと言われた。まず最初に座長格のハシさんが、引っ込みがちょっと今日は早かったなと口火を切った。
続いてジンベエとシュウゾウ先輩らが、あそこはこうだああだと言い出した。結局のところ、バックに流れている歌に合わせてもう少しゆっくりやればいいことなのだ。
しかしハシさんに言われるのは当然のことで腹も立たないが、ジンベエとかシュウゾウに言われるのは頭にくる。てメェーらだってたいした演技もしてねぇーで、でけえ口たたくなと反発したくなるのだ。これも私の反抗心が強すぎるせいかもしれないが、おそらく誰もが私と同意見だろう。
しかし、まぁーこうして文句をつけられ、それに反抗して発奮することによって徐々に上達していくのかもしれない。
ケンジ1973年昭和48年12月16日(日)
今日は日曜日とあって客は満員であった。
ところが、その第一回目の公演の時、なんと座長格のハシさんが来なかったのである。それもTELもなく、私らはぎりぎりまでハシさんなら必ず来ると信じていた。でも来なかった。もう緞帳は上がらんばかりの状態、私らは慌てるばかり。みんなオロオロ、私はもうしょうがない、このまま誰かを代役に立ててやらなければと、動揺した心でようやく考え、結局ジンベエさんが代役で幕を上げることになったのだ。しかしまぁーその間、支配人からは大声で怒鳴られるは、あれやこれやの大騒ぎ。今から思えば、本来ならこういう時こそ指揮すべき先輩格にあるシュウゾウなんテェーのは、何もせずさっさと舞台に上がっちゃってオロオロするばかり、ジンベエも全く頼りにならず、結局私とジローで行ったり来たり。これで彼らの有名無実が証明された訳だ。
ケンジ1973年昭和48年12月17日(月)
今日は参った。突然声が出なくなったのである。今日の舞台は出ない声を振り絞って必死であった。何故だろう。別に風邪をひいた訳でもないし、喉も痛くない。とにかく喉が詰まったような感じで声が出ないのだ。これが原因がわかっていればまだ気は休まるのだが、不明だから余計気になる。ましてや、私は根っからの臆病者だから、こういういう時は、歌手が声が出なくなって引退か?みたいなのが浮かんできて、恐怖感、切迫感がわいてくるのだ。
ケンジ1973年昭和48年12月19日(水)
もうほぼ声が出ないのも治り、やはり私の考え過ぎであった。良かったねェー!
さて、一ヶ月のうちの上席、中席も終わる。
明後日からは下席、今年最後の舞台となる。
それで三ヶ月浅草の舞台を踏んだことになる。ちったァー上達したんだろうか?慣れただけだろうか?
ケンジ1973年昭和48年12月 21日(金)
とうとう今年最後の下席を迎えた。今度は極楽の鬼の役、といってもセリフはいつもよりずっと少なく二言三言。あとはずっと立ち通し、ニコッとスマイルを見せ、主役のそばで極楽の雰囲気を醸し出す役。15分間もひたすら立ってスマイルしていると、何か頬がひきつってピクピク動いてくる。そうなったらちょっと口を動かして、顔下半分の体操である。
ケンジ1973年昭和48年12月23日(日)
今日の一回目は満席に近かった。やはり客が多いと、多少つまらない出し物でも、客に乗っかって結構面白くなるものだ。私にしても他の人にとっても、客が多い方がプラスになるだろう。勉強ということを考えれば十倍も二十倍も違うと思う。やっぱり客は多くなくっちゃ!
ところで、この頃私は妙に甘い物ばかり食いたくてしょうがないのだ。今日だって行きに今川焼五つ、帰りにアイスクリームとあんこ玉八個も食べてしまったのだ。糖尿にでもならないかと薄ら心配になってくる。何故急にこんなに甘党になったかは定かではないが、あまり甘いもんばっかり食ってると虫歯も増えるし、ろくなことになりそうもないからちょっと控えるようにしなくては。
ケンジ1973年昭和48年12月30日(日)
今日の客の入りは日曜日にしては全く不入りであった。やはり年末だからなのだろうか。
そして私の今年の舞台も全て終わった。
ふッー!一息。
明朝の牛乳配達が終われば、あとは懐かしの日の出村へ帰るのみ。そして即、タケの家にTELして日の出山へ登るかどうか確かめるのだ。御来光を拝むのである。
さて、今夜は打ち上げでウイスキーを一杯飲んでみんなと別れて来た。私とジローは六区の通りを二人で歩き、いつものように別れた。
ヒロト2022年令和4年5月6日(金)
ケンジ、昭和48年お疲れ様。思えばいろいろあった濃い一年だったね。
剣友会を休団してまでマドンナでのアルバイト、つらかったね。
そして、新橋演舞場での新派公演。
怪獣の中での死にかける戦い。
ヤナギさんとの決別。
日テレ養成所入所、卒業。
大内剣友会退会。
そして、「くるま座」旗揚げに参加、ギャラ1日300円、プロとして浅草松竹演芸場の舞台に立つ。
牛乳配達始める。
なんとまあ、楽しませてくれるね。
昭和49年は何を見せてくれるのか?
ちむどんどんしてきた!
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