NO62/日給300円の舞台修行

ケンジ1973年昭和48年9月23日(日)

今日は新中野にあるクルマ座の座長ともいうべき作家の、酒井俊先生のお宅を訪ね、いよいよ25、6日頃から浅草の松竹演芸場で修行することになった。とにかくそこは金を稼ぐ所ではなく勉強する所ということなのだ。

よって生半可なことで行くなら止めた方がいいということで、とにかく厳しいのである。芸の道を生きるためにはそれくらいの試練には耐えねばならないのだ。それにしても、そこの日給が何と三百円というから私は一驚を喫した。でも私の希望に会いそうな所なので、私はそこで頑張ってみるつもりだ。第一劇団員七人、一人一人を育てるというところが気に入ったもんねェー!私もひとつここで頑張らねば男がすたる、やったるデェー!


ケンジ1973年昭和48年9月26日(水)

今日からいよいよ浅草まで出勤である。何か今日一日で浅草の雰囲気が私好みであるように感じてきた。昔ながらの下町の古さが感じられて非常に良かった。これからいつまで浅草で生活することになるかはわからないが、とにかくやる気が出てきた。今日初めて会った「クルマ座」の座員たちも、一見私ほど素質があるのはいないように見えた。これはいける!と直感した。それに公演演目も私好み、今日もらった第一回目の台本の私の役が、長官代理の演説の役で、あまりにも私に最適過ぎて、ちょっとやる気が削がれちゃった程だ。初めからこんな役にあたるとはよっぽどついているねェー!こうなったら早く一座に慣れて、一刻も早く私の真の力を発揮したいと考える次第である。


ヒロト2022年令和4年4月30日(土)

新たな活動場所が決まったね。

チャレンジャーケンジ、頑張れ!

俺の話も聞いてくれ。

ドラマスクールの発表会。初心者の俺にとって雲の上の人たちのような昼間のクラスの人たち、踊りの稽古の時には女性の人はレオタードなんてものを身につけちゃってて本格的だ。その人たちも見ていて、終わった後、そのクラスのリーダー格のヨシダさんが話しかけてきたんだ。

「このさき、どうするの?もし良かったら昼間のクラスに来ない?」

「昼間は働いているので無理なんです。」

「そうか、残念だな。君、面白いのにな。実は俺たち、劇団を作るんだ。野田先生も乗り気だよ。君にも参加して欲しいってみんな言ってるよ。」

目の前が明るくなった気がした。やりたいと思った。ヨシダさんが、

「今度、劇団の旗揚げ公演をするんだけど、研究生として参加してみない?夜にも稽古するし、土日もあるから大丈夫だよ。」

「前向きに考えてみます。」

俺、もうやる気になってる自分。実は、文学座とか、俳優座とか大きなところも受けてみた方がいいかなって、漠然と思っていたけど、お金も時間もかかりそうだなとうじうじしていた。だいたい受かるかどうかわからないしね。とりあえず手伝うことにした。

稽古を見学したり、小道具、大道具も手作りなので、土日には一緒に作ったりして、なんか高校の文化祭を思い出したよ。何もかもが楽しい。さて明日は本番、日曜日なので仕事は休み、俺は客席でゆっくり見させてもらおうと思っていた。そしたらヨシダさんが、「群衆の役だけど、出てみない?」と言ってきた。稽古を見ていたのできっかけはわかっている。権力に抗議している場面だ。その日の舞台稽古から参加した。

さあ、本番!出番前舞台袖にスタンバイ。すると、舞台監督が腰にぶら下げているガチ袋と呼ばれる道具入れに入っているトンカチが目に止まった。咄嗟に、貸してください!って有無を言わさず手に持って、舞台に飛び出して行った。トンカチ掲げてワアワアやってやった。

舞台が終わった後、演出の野田先生が話しかけてきた。トンカチ怒られるかなと思った。

先生は優しい口調で、「ナグリ(この世界ではトンカチをナグリと言う)、面白かったよ、人は怒りの抗議の時、こぶしの次には道具を持つものなんだね。」

考えてみれば、百姓一揆で鍬を持っているようなもので月並みなことだけど、咄嗟に思いついてやっちゃうところが面白いと、ヨシダさんにも言われた。

こう来ちゃうと、気持ち良くなっちゃって俺もますますこの世界に入りたくなってしまう。さてどうするのかは、また次の機会にするね。

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