NO54/バイトの続き

ヒロト2022年令和4年4月17日(日)

大リーグの大谷翔平選手、第3号ホームラン!やったぁ、昨日は2本!これでどんどん調子に乗っていくぞ!後はピッチング、こっちも絶対に良くなっていく!楽しみだ!!

話変わってここでまた俺のアルバイト、新宿武蔵野館ビル地下1階の喫茶店エトワールの続き、聞いてくれ。

まず出勤すると、レジの後ろにあるカウンターに入る戸を開ける。「おはようございます!」怖い感じのカウンター連中は、「うっす」と素っ気ない。狭いのでその連中とやっとすれ違いながら奥へ進む。するとどんつきの床にぽっかりと四角い穴が開いている。ほとんど梯子のような階段があり、そこを降りると八畳ぐらいだったと思う部屋がある。古びたソファーが壁際に並び、小さなロッカーもあって休憩室兼男子更衣室になっている。灯りは薄暗い。つまりここは地下2階、まさに穴ぐらだ。そして穴は更に下の部屋にも通じている。つまり、地下3階もあるのだ。事務所と女子更衣室になっているが、自分はここまで降りることはめったにない。いずれにしても薄暗くて小汚ない部屋、表のロココ調の店舗とは大違いだ。飲食店が入っている雑居ビルだから、ネズミ、ゴキブリはお友達、徹夜マージャンでもしたらしいカウンターのあんちゃんが、よくソファーに寝ているけど信じられない。

このカウンターのあんちゃんS君は、背が高くて痩せ形で、鼻の下に髭を生やし、渋めで一見いい男なのだが、笑うと前歯が一本なく、急に可愛らしくなる。それが逆にモテる要因になるみたいで、女の子の噂が絶えない。でも実は、S君には姐御肌の綺麗な彼女がいて頭が上がらないんだ。マージャンしにS君の部屋に行った時、俺もこの人だったら惚れちゃうなってほど、美人で気っぷがいい感じの彼女がいた。話を聞くとこのオネエサン、本当に姐さんだったんだって。そっちの筋の恐いあにさんの彼女だった姐さんは、S君と恋に落ちて恐いあにさんのところから逃げて来たと言う。今でも見つかったらただでは済まないんだと笑ってるけど、どうか無事でいてほしい。

「ちょっと見せてあげようか?」って、姐さんがマージャンやってる俺たちに、裸の背中を見せてくれた時がある。何でそんなことになったのかはわからないけれど、とにかくそこには見事な登り竜が、、、でも素彫り、「色を入れる前に逃げて来たの。」その言葉がやけにリアルだった。ちなみに前の方は見せてくれなかった。

ホールの方で印象的だったのはK君、俺と同時期に入った学生アルバイトだ。群馬県あたりの出身で、学習院大学一年生。ボウズが伸びたような髪型で、ニキビ面の人の良さそうで素朴な少年みたいな子だった。きっと地元では真面目で、そこそこ成績が良くて、学習院入るくらいだから家柄もそれなりなんだと思う。それが何で新宿のど真ん中のアルバイトを選んじゃったんだろう。俺はここで2年間ぐらい働いたんだけど、その間にどんどん変わっていくK君を見ることになる。

K君はカウンターのS君によくイジられるようになった。K君は純朴でかわいいところがあるので、S君は面白がっているみたい。K君もちょっとワルっぽいS君にあこがれたのか、一緒に遊ぶようになったようだ。

まずあれって思ったのは、休憩室でタバコを吸っているのを見た時、高校生が部活の部屋で吸ってるみたいだった。俺もこの頃は吸っていたので、どうのこうの言えないけどね。そしてだんだん髪が伸びてきて、ある日パーマがかかった。服装も当時流行りのグループサウンズのような格好になり、厚底のサンダルを履いたりして急に背が高くなった。そのくらいのことは多くの若者がそんな感じだったし、かく言う俺も同じようなものだったけど、学校に行かなくなったのは良くないなって思ったよ。それにS君の影響で競馬を覚えちゃったんだ。馬券をチョロっと買うぐらいなら、かく言う俺もやっていたけど、S君の競馬は、ノミ屋を通した馬券なんだ。私設馬券屋だよね。電話一本で簡単に買えちゃう。ノミ屋っていうのはケンジも知っていると思うけど、代行で馬券を買う訳じゃない、当たったら手数料として何割か引いた額を払い戻す。外れた分は総取りする。一般的には、ダービーとか大きいレースだけ買う人が多いのだろうけれど、電話だと全レース簡単にできるから、少しずつでも結構な額になる。しかも毎週のようにあるのだから、たまには当たることはあるだろうけど、結局は借金みたいに溜まっていってしまう。

そのうち俺はある劇団に入って、エトワールを辞めることになるんだけど、その頃のK君は、大学には全く行かなくなり、毎月の給料から相当な額を分割でノミ屋に払っていた。どうしたかなぁ。若気の至りで終わってたらいいなぁ。

おまけの話をもう少ししよう。このノミ屋をやっている男は(バックには誰かがいたのかも知れないが、)、エトワールの下の階、武蔵野館地下2階のクラブのマネージャーだった。このクラブは新宿で、かなり高級の部類に入るクラブと言われていた。

夕方になると、綺麗にお化粧したクラブのホステスさんが着物や素敵なスーツなどを身に纏い、出勤前にエトワールに寄っていく。そこでお客さんと待ち合わせて、いわゆる同伴出勤をするのだ。ある時、白いシャツにGパン、よれよれのデッキシューズを履いた、ラフだけど妙にカッコいいオッサンが店に来た。三国連太郎だった。そのうち、着物のオネエサンがやって来て、ふたりして地下へ降りて行った。顔も隠さず堂々としていたよ。

着物のオネエサンと言えば、その時の着物のオネエサンかどうかはわからないけれど、一緒にマージャンしたことがあるよ。とっても綺麗なオネエサンだったんだけど、お仕事が終わったオネエサンは、着物姿で椅子に片膝立てて座り、髪をアップにした頭の上におしぼりを拡げて載せ、挙げ句の果てには、片尻をヒョイと持ち上げ、「失礼」と言って、プッ、とやった。


ケンジ1973年昭和48年2月18日(日)

今日の仕事はもう忙しいてなものではなかった。いつも夜の売り上げは2万円ぐらいなのだが、今日は何と3万突破!それも8時頃まではまったく暇で、椅子に座って味噌汁を飲んだり、ミートソースを仕込んだりする余裕があったほどだから、8時以降どれだけ殺人的に混んだかがおわかりであろう。

とにかくパフェ類プリン類が多く、あとみつ豆類などが主流でもうてんてこ舞い、結局マネージャーがカウンターに入って来て片付いたものの、二人でやっても忙しいほどであった。

そして仕事が終わり、ちょうどいいチャンスであったので、まことに言い出しにくい言葉ではあったが、「二月いっぱいでここをやめたい」と明言してしまった。まぁー他人から見れば、負け犬、根性のない野郎てな風に映ることだろう。それもしょうがない。今やめるチャンスを逃したらもう当分言い出せなかったであろう。

でもこれだけは言っておきたい。もし、3月の舞台の仕事が入っていなければ、私が四月にまたどこかの俳優養成所でも入る気でなかったら、私自身はもっと頑張れたのだ。絶対にこんなやめ方はしないのだ。私に無理な仕事ではなかったのだ、と。

私はやればやれる。これは絶対です。


ヒロト2022年令和4年4月18日(月)

うん、わかってる。やれる。

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