NO52/バイト

ケンジ1972年昭和47年12月9日(土)

今日の仕事は「変身忍者嵐」という番組の百姓役であった。ドーランをベトベト塗られ準備は大変だったが、私の出番は一度もないまま終わってしまった。結局、この北風吹き抜く寒空に一日突っ立っていたということなのだ。まったくバカみたいな話である。

さて、今日はまた、大内事務所を来年三月頃まで休団することにして、同時にヤナギさんの今働いている喫茶店で、カウンターとして仕事をすることを決めてきた。あんまりおかあちゃんが、金がねェー金がねェーと今にも死にそうなので、ついに踏み切ったのだ。でもそれには、下宿などをはじめいろいろな問題が数多く残されているのだ。がしかし、当面はヤナギさんのアパートに御厄介になり、ヤナギさんにカウンターの仕事を教わることにしたのだ。


ケンジ1972年昭和47年12月27日(水)

今日はヤナギさんのアパートで一人布団に寝ながらこの日記を書いている。ヤナギさんは名古屋の御園座へ行ってしまったのだ。

そして昨日から、いよいよ私もここに泊まり込みで、マドンナという喫茶店のカウンターという仕事に取り組み始めたのだ。昨日はそのマドンナの一日遅れのクリスマスパーティーで、午後11時半から今朝 6時近くまで、飲んで踊って歌って騒いだのだ。男女もちょうど半々ぐらいで、席も男女がサンドイッチスタイルで座り、どんちゃん騒ぎから果てはチークダンスまで大したパーティーだった。私の今まで経験した会の中では最も大人的なパーティーであった。一方仕事の方は飲み物ぐらいは軽くできるようになったが、ちょっと複雑な作り物などになるとまったく手が出ず、包丁さばきフライパンさばきなどはもう自信をなくすばかりだ。


ケンジ1972年昭和47年12月 29日(金)

今日も一日終わった。だいぶ慣れたがまだ洗いがたまる。それにナポリタンをこがしてしまい、一人前オシャカにしたり、コーヒーを沸騰させ過ぎておっぽったりして、だいぶヘマも続出した。まいったまいった。

またこのところ毎日のようにパチンコに行って1000円ぐらいづつ勝ってくる。ただボケーっと玉をはじいているだけで頭がバカになるということを除けば喜ばしいことだ。まぁーこんなことも勝っているから言えるのであろうが。このままうまいこと行けばいいが、デへッ!ちょっと甘いねェー!

それに反して頭の方はこのところまったく使っていないし、体の方もちっとも鍛えていないし、この方面ではひどいテイタラクである。ただ精神的にはだいぶ気を使っているので、かなり緊張していると思う。明日は遅番だ。また頑張らなくては!


ヒロト2022年令和4年4月14日(木)

俺の喫茶店バイト、新宿武蔵野館地下1階にあったエトワールという広い喫茶店。

公務員辞めて俳優修行に入った頃、時給が他よりちょっといいんで応募してみた。

ロココ調というのかな、フランスの宮殿みたいな内装で、床は全面絨毯、椅子も宮殿にあるような重いヤツ、テーブルの足は真鍮だったと思う、定期的に磨かされた。磨くと金色になる。卓数は二人掛け、四人掛け合わせて50卓はあった。とにかく広い。制服は、男子が高級ホテルのドアボーイ風、女子は北欧の民族衣装みたいなヤツ、スカートの丈は長かった。そう、高級感が売りなんだね。コーヒー500円、1975年頃だから相場は200円ぐらいだったからかなり高い。ケーキも500円、フランボワーズとか、ガトーショコラなんてそれまで見たことも聞いたことも無かったヤツがあった。ピスタチオなんてもんも乗っかっちゃってたからね。紅茶も500円、ガラスポットで出すから自分でおかわりできる。今では当たり前のようだけど、この頃は珍しかったと思う。

俺はホール係、だいたい3、4人は必要、厨房にはコック服を着たカウンター係が2、3人いた。毎日昼頃と夕方はだいたい満席になる店だったから忙しいのなんの。主任っていうのが凄かったね、ちょっとした団体さんのオーダーは、何種類あろうがメモ取らずに間違いなくこなしていたからね。それにヒヤタン、水を入れたコップをアルミの丸いトレイに十何個か乗せ、左手の親指、人差し指、中指で支えて肩の上に担ぐように掲げ、テーブルの間を踊るように回って行く。半分くらい水が残っているコップでも、「ごゆっくりどうゾォ」と言いながら容赦なく替えていく。

客の回転率を上げるために、それとなく退店を促しているんだ。俺も少し慣れた頃からやらされたけど、水が満タンに入ったコップたちを乗せたトレイは重いよ。それに水が少なくなったコップと交換する訳だから、トレイのバランスが変わるのでヘタするとひっくり返す。

はい、ワタシ、ひっくり返しました。女性のお客様の頭の上にトレイごと、、、

主任が飛んできた。後はおまかせ。こういう時の為なのかドライヤーが備えられていて、ひたすら謝りながら乾かしてました。最後は笑いながらお客様は帰って行ったので、主任やるな、と感心した。もちろん俺も平身低頭謝ったよ。

カウンターの連中が最初は怖かった。カウンター主任は、元ヤンのオッサンって感じ。とにかく言葉が乱暴。あとの二人は現役ヤンキーのアンチャンって感じ。リーゼントの上にコック帽を乗せていた。暇な時はそうでもないけど、忙しい時はいつもケンカのようだった。

最初の頃は勤まるかなって思ったけど、慣れるとみんなそれなりにいいところもあって、仕事も面白くなっていいバイトだったな。


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