NO45/山崎努さんとの夜2
ケンジ1972年昭和47年5月29日(月)
今日は一ヶ月ぶりに我が家の茶の間でゆったりと日記を書いている。今ちょっと、千円札がどっか見つからないので気がむしゃくしゃしているところだ。まぁー無いなら無いでしょ-うがねぇー、きっと今日は荷物が多くてヒィーヒィー言いながら汗かきかき帰ってきたので、そのへんでポケットから落ちたのだろう。しゃぁーないしゃぁーない。
とにかく今日は新幹線で懐かしの故郷へ帰って来て、やはり故郷はいいなぁーと、ひとかたならぬ感慨にふけった。五日市駅を出て、小机坂まで歩いた時、これから夏に向かっていよいよ盛んな姿を見せるであろう道端の草々の生々しい匂いが、私の脳髄にまで染み込んできた。「オー草の匂い、我が懐かしの五日市、日の出村」心の中でこう叫んだ。その頃には、暑かった昼の空気もさめ、私の首元を吹き拭う心よい風に変わっていた。
ヒロト2022年令和4年4月2日(土)
今日のこの日記、好きだなぁ。
まず、千円札がケンジらしいよ、探している姿が目に浮かぶ。
そして、故郷愛、本当に日の出村が好きなんだなあ。伝わってくるよ。とても懐しさ感が出ている。でも、離れていたのは一ヶ月だけどね。どんだけ好きなんだ。
そして、草の匂い、こっちまで匂ってきた。
表現頑張っているところもケンジらしい。
ケンジは、その大好きな故郷で最期を迎えられたんだ。たぶん、ひとりじゃないことを感じながら、、、
俺には、生まれた家も育った家も跡形も無い。場所はわかるけど周りの景色もまるで変わってしまってるし。
少しは変わっているのかもしれないけれど、今でもそこにある生まれ育った家、緑なす山々、止めどなく流れる清流、そういう大きなものにつつまれてケンジは逝ったんだ。
ケンジ1972年昭和47年5月30日(火)
今日は事務所の当番であった。明日も当番である。もう今日は早速先輩から怒られた。やっとキタジマさんの説教から抜け出られたと思ったら、今度はまるで引き継いだみたいに先輩からの説教だ。まったくこの世はままならない。
さてさて、今回当番で事務所に行って何よりも驚嘆し、悲しく思ったことは、先輩の中でもことに気が大きく気さくな、私のお気に入りの先輩だったモウリさんとヤナギさんが、突然やめていたということだ。モウリさんもヤナギさんも、口は他のどの先輩よりも悪かったけれど、気安さ、親近感、頼もしさは他のどの先輩よりもずっとずっと、二倍も三倍もあったと思う。こう言ってはなんだが、現在後に残った先輩方はいづれも様も、どこか神経質過ぎたり、固っ苦しかったりする人ばかりだ。なぜ、モウリさんとヤナギさんはやめてしまったのだろう。今日事務所に来たタカハシさんもホウショウジさんも何も話してくれなかった。私ももう一年ぐらいしたらその謎がわかるかも知れない。とにかく私は私自身。ピシッと行くだけである。
ヒロト2022年令和4年4月2日(土)その2
山崎務さんの家に泊まった時の続きを話そうか。
山さんはある時、芥川龍之介の長男、芥川比呂志さんが主演した舞台を見たそうだ。当時文学座で、演目は「ハムレット」だと思う。
山さんは、ものすごく感銘して、自分の進む道はこれだと思ったらしい。そして俳優座養成所の試験に合格して修業するわけだけれど、とにかくお金が無い。ヨレヨレのGパンに穴の空いた靴を履き、お腹が空いてフラフラしている時もあったそう。そんな時、十代でもう人気が出て仕事もしている河内桃子さんが、すれ違いざまに、山さんの片手に紙を握らせたんだって。まさかラブレター?と思って手を開けると、折り畳まれた千円札が一枚あった。ちゃんと食べてねというメッセージだとわかった。
そんな話や、一緒にやった草野球の話、少し前に亡くなった伊丹十三さんの話、もちろん芝居の話、尽きることはなかったけど、夜が明けて来た。いい加減寝るか、ということになり、あったかい羽毛布団に潜り込んだ。山さんは自分の寝室に行った。
そして、、、
昼過ぎだと思う。ドアが開いて山さんが、
「おい、まさき、起きろ、昼過ぎたぞ。」
いけない、あまり長居したら迷惑だ、帰らなくちゃと思って山さんを見ると、
「ちょっとやるか。」
片手に瓶ビール、片手にグラス2つ持って俺に見せるように少し持ち上げ、口の片端をちょっと上げてニヤリとした。あぁ、テレビで見た顔だと思ったが、それは言わない。
また、おでんをつまみに飲み始めた。自分がどう芝居に相対しているか、そんなことまで話してくれたのでした。今日はここまで。
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