NO42/付き人3と大阪モーニングサービス

ケンジ1972年昭和47年5月11日(木)

今日は私の頭の回転の鈍さと舌の回転の鈍さをまざまざと痛感させられた。というのは仕事も終わり、右太衛門先生に面会に来た人があったのだ。先生はその時ちょうどお風呂に入っており、私らも仕事の後片付けに余念がなかった。そんなところへ楽屋係のオジサンが駆けつけて来て、「エンラクさんとかいう人が楽屋入り口に来ています」と言葉早に言ったのだ。私としてはハッキリとした確信もなく、いわば忙しさの中で追い回された形で飛び出て行った。ふと見ると、その客とは円楽ではないか、一瞬ドッキリしたがすぐ我に返り、「面会ですか、今お風呂に入ってますからちょっとお待ち下さい」ともつれ口調に言った。これが私の私自身に呆れるところだ。この場合、「あーわざわざどうも、先生にご面会ですか、今お風呂に入っておりますので少々お待ち下さい」とキッパリと言えなかったのか。私にはそういう機転が欠けるのだ。我ながらイヤになる。もっとしっかりしろ。落ち着けェー!落着きゃーできるんだから!


ケンジ1972年昭和47年5月12日(金)

今日も仕事はまずまずの出来だった。今日から初幕に出演することになったのがひとつの進歩であった。この初幕は私の付き人の仕事が落ち着くまでおあずけになっていた仕事なのだ。というのは舞台稽古の時、付き人の仕事で精一杯で到底序幕に出る余裕などなかったため、出なくていいということになっていたのだ。しかし今日はその序幕の通行見物人も、付き人も双方万事うまくいった。よかったよかった。

さて、今夜は私と親しくなった大阪の達二人と喫茶店で30分ぐらい話をした。なかなか気の合う連中である。年令の差もさほどないし、三人が三人ともそれぞれ付く人は違うが、付き人をやっているので最後に楽屋に残るのはいつも三人なのである。人間というのはいいものだ。


ヒロト2022年令和4年3月29日(火)

舞台に立てて良かったね。

舞台袖から見ているのと、舞台に立って見えるのは、まるで違う景色。ましてや、生涯主役しかやらない市川右太衛門さんの舞台、客席も満杯でしょう。どんな役で出たとしても、舞台上でたくさんの人の視線を感じて立ったのはいい経験だし、たまらない快感だと思う。これがあったら、つらい付き人の仕事にも、宿に帰ってノンベのクダ巻きにも耐えられる、かな?いや、やっぱり一人になれる場所が無いっていうのはつらいことだよね。

そんな中で、気の合う友達が出来たというのは、ホッとする。おしゃべりをする喫茶店、きっとオアシスのように感じたことでしょう。その喫茶店の名前が「オアシス」だったら出来過ぎかな。

喫茶店と言えば、モーニングサービス、名古屋の喫茶店が有名だね。名古屋公演の時には、ゆで卵食べ放題の喫茶店に行ってきたヤツが、ポケットをゆで卵でいっぱいにして楽屋に入って来て、得意そうにみんなに配ってたよ。

実は、大阪にもすごい店があったんだ。

遠藤真理子さんという素敵な女優さんに連れて行ってもらったお店、「真理ちゃん、おかえりぃ」とか、如何にも大阪の気のいいオバチャンって感じのママさんが言ってたから常連なんだろうね。4人ぐらいで行ったと思う。「みんな、モーニングお願いします。」

エンマリさんが頼んでくれた。

まず、コーヒーは出てきた。「おかわり自由やデェ」うん、普通にうまいコーヒー。

次に出てきたのが、えっ?味噌汁に焼き魚、

和朝食ってこと?でもご飯は?

出ました!モーニングサービスで定番の厚切りトースト、しかも超の付く厚切り!

ここでエンマリさんが、「トースト食べるのちょっと待ってて、」というので、とりあえず味噌汁と焼き魚をいただきました。おいしい鮭でした。空いた食器を片付けてくれたのと入れ替わりに出てきたのは、、、、、、、

ソース焼きそば山盛り、えっ!厚切りトーストに焼きそば!?

ここでエンマリさん、また謎の一言、「焼きそば食べるのちょっと待ってて、」

ちょい間があって、いい匂いがしてきました!真打ち登場!オバチャン曰く、仕込みに二日間かかる当店自慢のカレーライス、これも大盛やデェ!

エンマリのヨシ!が出ました。「カレーは食べていいわ。」

確かに旨い!オバチャン、ウマイでー、でも、でもオバチャン、トーストと焼きそばは、クワレヘンデー、、、

ご心配なく、ちゃんとフードパックに入れておみやげにしてくれました。

これでエンマリさんがおあずけしていた意味がわかった。

これでしめて500円、ホンマカイナ?!

本当は、トーストか、焼きそばか、カレーを選ぶのを、特別にフルコースで出してくれたんじゃないかと思う。それにしたって安いよね。

って、まだ続きがあるよ。

ちょうどこの頃、姉の長男が結婚したばかりの嫁さんと、転勤で広島に住んでいたんだ。

それで、大阪の舞台公演に招待して、帰りにその喫茶店に3人で行ったんだ。そうしたら、普通にフルコースで出てきたよ!これが定番だったんだ。いとこ夫婦も目をまん丸くしていた。いとこの嫁さんがオバチャンに、

「カレー、とっても美味しかったです。」と言ったら、店を出ようとした時、「これ、持ってき。」と、ビニール袋にたっぷりと入ったカレーを差し出してきた。ビジュアル的にはかなり問題はあったけど、いとこ夫婦は喜んで有り難くいただいて帰りました。

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