NO41/市川右太衛門さんの付き人2

ケンジ1972年昭和47年5月5日(金)

今夜もまたキタジマさんのコウシャクを2時間ぐらい聞きながら夕飯を済ました。とにかくキタジマさんは毎晩ウィスキーを飲み、その酔いからか、毎日コウシャクを長々と述べるのである。その内容も実に様々、幅広く述べる時もあれば、昨日と同じだな、と感ずる時もある。時には、私に対する説教を手厳しくやる時もある。その内容があたっているか否かは別である。まぁー正直言えば、キタジマさんの私に対する注意は全てうなずけると同時に、そのくらいのことは私はすでにわかってるよ、このバカめェー!と、喉まで出て来そうな時も多々ある。むしろ私の目から見ると、キタジマさんがほろ酔い加減で述べることは確かに当たっている、ただそれがキタジマさん自身の体で事実行われているのかというと、それは疑問なのだ。私は思うに私とキタジマさんはさほど変わらない。タカスギさんと私は紙一重である。これは付き人という仕事の上での機転の程度である。言っちゃった。


ケンジ1972年昭和47年5月6日(土)

今夜はスープをおっこぼしてまた一説教、それは蓋のついたおわんに入ったスープで、その蓋がどんなふうに力を入れても開かないのだ。そのうち力余ってぼしゃんということになってしまったのだ。まずタカスギさんがイヤミがかった口調で「おめェーそういう時は両外側を押さえればすぐ開くんだョ!そんなのは常識たぜェー!」と例の調子。次にキタジマさんが、またまたウィスキーを飲みながら「お前さん、蓋のついたおわんなんて使ったことがねェーな」と薄笑いを浮かべた顔で言ってきた。その薄笑いの奥にはさて軽蔑があるか、嘲笑があるか、はたまた単なる笑いか、それは定かではないところだ。とにかく5月いっぱいたった一ヶ月だと思って、耐えがたきを耐えて行こうと思う。私自身で確固とした確信と自信を心に据え、いっちょがんばろうと思う。明日は明日の風が吹く、その中で確固たる私という大木は然として倒れず。ただ黙々とそびえ立つ。

カッコイイこと言っちゃった。とにかくこのところ、どうも抜群と思うような納得のいく文章が書けない。5月が終わったらバッチリ書くぞォー!


ヒロト2022年令和4年3月27日(日)

そうそう、いいぞケンジ!負けるなよ!

さあさあ、どんどん行こう!


ケンジ1972年昭和47年5月 7日(日)

今夜はタカスギさんが友人と夕食をしてから帰るということに、キタジマさんと二人きりで黙ってテレビを見ている。キタジマさんがしゃべらないなんて本当に珍しいことだ。

今日の出来はまずまずであった。ただひとつ、私が如何にしようともどうしてもどっか失敗して、先生に一日一回に怒られるということには、まことに肝を冷やしている。千秋楽までには必ず、一回も怒られなかったという日を出してやるデェー!


ケンジ1972年昭和47年5月8日(月)

今日も仕事はまずまずだったが、やはり二回ぐらい怒られてしまった。ヤレヤレ、もっともっとガンバラなくっちゃ。

ところて人間というのはつらい時もあれば、その裏に必ず喜びがあるものだ。つらい時には必ず何か慰めが出てくるものだということを痛感した。この公演でも、もう何も知らない人たちの中から二、三人親しい友が出来た。皆いいヤツらだ。友達になっても、初対面の時のホンワカとした友情、礼儀をいつまでも忘れずにいたいものだ。親しき中にも礼儀あり、当たり前のようだがもっともなお言葉だ。


ケンジ1972年昭和47年5月10日(水)

昨日は中座からの帰りに、キタジマさんタカスギさん他日剣の人三人と焼き肉を食べに行き、ビールと焼き肉で、もうこれ以上入らないというところまで食べ、思う存分肉に親しんだ。ご飯を食べずに肉だけで腹一杯になったなんてェーことは前代未聞のことである。

あまりたくさん食ったので肉の味なんてわからなかった。とにかく牛のいたるところの肉である。そんな訳で、昨夜はこの旅館に帰るのが遅くなり、日記は書かなかった。

さてところで、右太衛門先生の付き人である私が、右太衛門先生の通り道を開けるため先生の前に立って歩くと、他の人はたちどころによけて道を開ける。何と気持ちの良いことよ。まさに大名行列である。このことからも、市川右太衛門の偉大さがうかがえる。今日の仕事もまずまずだったし、明日も初日の気構えで行ったるデェー!


ヒロト2022年令和4年3月27日(日)その2

ケンジの行った焼き肉屋は、多分鶴橋辺りの店じゃないかな。いろいろなところの肉って書いてるよね。俺が行ったところも、どこの部位かわからない、いろいろな肉がタレに漬かって大皿に山盛りの状態で出てきたからね。それが、旨いのなんのって!

俺が行ったのは、石井ふく子さんプロデュース、演出の大阪舞台公演、数回あった。いつも中日ぐらいに、石井さんご招待で、出演者、スタッフ全員が鶴橋の焼き肉で盛り上がった。でも、主要の女優さんは来ないんだ。何故か?。この焼き肉屋さんは、大広間に七輪を点々と置き、その周りに4、5人が囲む。その七輪に肉を並べ、もうもうたる煙りの中、ひたすら肉を食らう。もちろんビールも飲むよ。それから冷えたマッコリ、ちょっと甘い酒だけど、タレに漬かった肉の味に良く合うんだ。無茶苦茶食って、無茶苦茶飲んだな。あっ、そうそう、何故女優さんたちが来ないか、それはこの煙りのせい、換気扇はあるにはあるんだろうけど、もうもうたる煙りにはおっつかない。焼き肉の匂いが全身に染み渡る。頭や体は風呂に入れば取れるけど、服についた匂いは半端じゃない。それを知ってるみんなは、宿の浴衣を持って来てそれにくるまって食べる。又は大きなビニールのゴミ袋の底を丸く穴を開けて、首を突っ込んで身を包み、食べる。それでも匂いは付くんだけどね。

女優さんたちはそれがダメらしくて、参加しないんだ。もっとも、石井さんも来ないからみんなでもっといいとこ行ってるんだと思う。それでも私は行ってみたいと来た女優さんがいたよ、石野真子さん、みんなに混じってワイワイ食べてた。二次会まで来て、「オオカミなんてこわくない」を歌ってくれたよ。

おまけに、泊まったところの話をするね。主催者が、俳優の格によって宿を決めるみたいなんだけど、俺らに割り当てられたのは、「大阪帝国ホテル」、最初聞いた時はビックラコイタよ。俺ってそんなに出世しちゃったのって信じられなかった。で、行ってみると、街中の普通のビジネスホテル、しかもちょっと古い。紛らわしいネーミング、大阪らしいっていうのかなぁ。

気になって、さっき検索してみた。まだあったよ、大阪帝国ホテル、2つ星、一泊7000円ぐらい。ちなみに、ホテル帝国大阪ってのもある。5つ星、一泊30000円だとさ。

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