NO37/つかこうへい作 出発

ケンジ1972年昭和47年3月19日(日)

オッー!今日でいよいよ私の宝の第二冊目が完了する。思えばこの第二巻にもいろいろなことが印された。その変化に富む内容は第一巻をしのぐものがあろう。だが、第一巻ほど切実な書き方をした所が少なかったように思う。もうすでに第三巻は買ってある。明日からは第三巻へ移る訳だ。第三巻も第一第二同様、イヤより以上に納得が行くようなものにしたい。それはともあれ、とにかくここに第二巻がめでたく完了したことをただ謙虚に喜びたい。よかったよかった。

さて今日は、いつもの通り練習と仕事と暇に明け暮れた一日であった。ところが、今日の仕事ではとくに「とんぼ」が失敗して、私の腰と足をもろに打ってしまって、その痛いこと痛いこと、まさに象と取っ組みあって踏み潰されたような如し。こいつぁーたまらんわぁー!まぁーこれもプロの道であるから、じっと耐え、練習を積む以外にないのであろうが。まぁーともかく今日はめでたく第二巻を、この水上温泉松の井ホテルの寮で完了させられたことを深く喜び、この第二巻最後のページを閉じようと思う。!以上。


2022年令和4年3月21日(月)

ヒロトちょっと振り返ると、第二巻の書き出しは都立大学受験の際の失敗談で始まったね。

源頼朝の朝を友と間違えたというのには、ケンジには悪いけど笑えたよ。

そして受験はすべて失敗。ちょっとバイトして、運転免許取得でまた大苦戦、縁石乗り上げて芝生まで削っちゃったのね。技能試験、11回目にして晴れて合格、おめでとう。

次は劇団「ひまわり」、ちょっと淡い恋もあったけど、早4ヵ月でプロ集団「大内剣友会」へ。初めての酒酔い、初めてのストリップ、「ケンジのはじめて物語」も、新たな一ページへ。

第三巻も楽しみだ!

話はガラッと変わります。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから3週間以上経ち、ますます激しくなっています。以前働いていたお店で、よく来るロシア人の若い奥さんと親しく言葉を交わすようになりました。もちろん日本語で。旦那さんは日本人。スパシーバとか教えてもらったこともあります。

ある時、お友達を連れて来てくれました。ウクライナのお友達なの、よろしくねって。とても仲良しでした。遠い国の人たちとは思えない親しみを感じます。そのふたりの国と国が戦争してる。とても他人事ではありません。

プーチンがなんだかんだ訳のわからない理由を言っても、毎日人を殺しているのは事実。ウクライナも自分の国の人が殺されないために、ロシア兵を殺す。こんな戦争早く止めさせなくては!自分たちは何ができるのだろうか?!クラスラインでもこのことを訴えたら、ケンジの親友ヨシブーが答えてくれたよ。ウクライナのたくさんの人たちがポーランドなど隣国に避難している。この国々が援助を求めている。ヨシブーはまずはそこに寄付しようと思うと言っている。それだったら自分にもできる。

日記には、このことも記しておかなくては、と思った。

ケンジの日記から学んだよ。


ケンジ1972年昭和47年3月26日(日)

今日は松の井ホテルの客が何と430人。これには参った。いつもなら三、四回で済む出番が、今日は何と五回、それも第一回目は12時から。まったく異例のことであった。(いつもは五時半又は六時が第一回)そんな訳で今日は忙しかったのである。とはいっても、コタツに入ってテレビを見たり、川原を散歩したりはできたのではあるが。

今日の客はすべてよかった。いい客が大勢いた。声もかけてくれ、拍手も多かった。私としても非常に気分がよかった。特に九時半からのクラブでの時は、出番を待っている時に、ちょっと前に一緒に卓球をやっていた客から「見てるから頑張れよ!」と励まされるし、終わった時には気さくそうなおばさんから「よかったわよ!」と、お褒めの言葉をいただいたりしてまたたいそう気分がよくなった。また今日は、ふとしたことからタカギ女史と、より一層和気アイアイとなれたことはちょっとうれしい、よろこばしからずやなのであった。以上!


ヒロト2022年令和4年3月21日(月)その2

わかるよ、これについては特によくわかるよ。舞台に立って、見てくれている人たちと通じあったと思える瞬間、何ものにも代えがたい喜びを感じる瞬間、その舞台がデパートの屋上であろうが、帝国劇場の舞台であろうが関係ない、それが宝物になるんだ。そして、よく言われるかもしれないけど、麻薬のようなものでまたその瞬間を欲しくなる。だからやめられないってこれもよく言われるね。でも本当だよね。自分は、30年やってたから何回かは経験できた。あったからこそ、また味わいたくて30年経ったのだけどね。

俺が最初にその瞬間を味わったのは、高円寺の小さな演劇集団「ドラマスタジオ」。ここから俳優活動が始まった。

つかこうへい作「出発」

岡山家の当主、岡山八太郎が蒸発した。その噂はすぐご近所に知れ渡っていた。

ある者は、昨夜電信柱の陰で見たと言い、

ある者は、失踪の理由をアレヤコレヤと言いたてる。

しかし、当の岡山家の食卓は厳粛なる空気に包まれていた。

呪われた家系を持つ岡山家の当主が蒸発したのである。ただ、フラリといなくなったわけではない。そこいらのホステスと逃げ出したわけでもない。高尚かつ哲学的な意味を持って蒸発したに違いないのである。そしてこの寒空の下、残してきた家族を思い、それでも帰るわけには行かない。その不幸を嘆きながら、涙を流しているのに違いないのである。

であるならば、その父の帰りを待つ家族もそれ相応の覚悟を持って、日々の暮らしを営まなくてはならない。

今、岡山家の一同は、“正しい家族の在り方”を目指し、意地と覚悟をぶつけ合う。

果たして、父親は帰って来るのだろうか。

果たして、岡山家の体面は保たれるのだろうか。

父親の蒸発した一家を舞台に、つかこうへいが、家族の在り方を問いかける。

(上演時の資料が無いので、9PROJECTが2017年に上演した時の一文をお借りしました。)

1974年につかこうへいが、文学座に書き下ろした作品で、自分たちもやってみたいと、その2、3年後に、高円寺の小さな稽古場に30人ぐらいの桟敷席を作り、上演した。

俺はそこで、蒸発した岡山家の当主、岡山八太郎の役をもらったんだ。これがまた、始まってもなかなか出て来ない役なんだ。そしてやっと出番、舞台は真っ暗になる。舞台セットの畳の一枚が、オルゴールの蓋が開くように、ゆっくりと上がっていく。畳の裏を縁取るように電飾があって、明滅しながら次第に明るくなっていく。その畳の開く速度に合わせるように、岡山八太郎が少しずつ立ち上がるように登場、「まーっかな たいよー もえーてーいーるー はてーない みなみのー おおーぞらにーー」上半身裸で、ボディービルダーのようなポーズを取り、歌いながら登場!「ハリマオー ハリマオー ぼーくらーの

ハリマオー」

突然、音楽も照明もディスコ調に変わる。

妻役も踊りながら登場、手にはかごを持ち、そこにはスポンサーになってくれた理研のワカメちゃんの袋が客の数だけ入っていて、八太郎役の俺が踊りながら渡していく。

素晴らしい演出でしょ!ハリマオーのアイデアは俺が出したんだ。

これが大ウケ、お客さんも物貰えるから盛り上がってね。芝居部分はよく覚えてないけど、お客さんと一体となれた快感を味わってしまったんだ。芝居は下手くそだったけどね。

ネタばれだね。八太郎は実は自宅の床下に潜んでいて、ご近所さんが寝静まった頃に床下から出てきて、家族となんだかんだしてるって芝居だったなあ。

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