NO36/水上温泉

ケンジ1972年昭和47年3月12日(日)

今日は日曜日、先週に続き今日も後楽園へライダーショーのために行った。今日の東京地方は空一面厚い雲に覆われ、雨が降ったり止んだりといった天気。それでもその雨の中をついてライダーショーは平常通り行われた。その姿のなんたるかいがいしさよ、観客の子供らのなんたる忍耐強さよ。雨が降っても傘をさして「こんな雨なぞどこ吹く風」といった風、そこにはまことに凄まじいものがうかがえる。

ところが、それにも増して凄まじい忍耐力を養ったのがこの私。というのは、私は明日から水上温泉というところへ立ち回りをやるために、3週間行くことになったのだ。その持って行く荷物その他の物を事務所から運ぶのは私らの役目なのだが。私はチュウジョウ氏との打ち合わせで、明日の朝上野駅へ行く途中に寄って、その荷物を持って行こうとしていた。それの方がわざわざ重い荷物を我が家まで持って来て、また上野まで持って行くというようなバカな真似をしなくてもいいと考えたからであった。ところが、先輩のタカハシという、頭が硬いと言おうか、几帳面過ぎるというか、とにかくその先輩の指令で、わざわざそのバカな真似をしなくてはならなくなったのだ。それも折からの雨の中を、今日に限って五日市から自転車。ショルダーバッグ、木刀バッグ、棒、テープレコーダー、それに傘、これらの重みに必死に耐え、私は家までやっとたどり着いたのだ。


ケンジ1972年昭和47年3月13日(月)

あーあ、今夜はしんどいよォー!

いよいよ今日から水上温泉の松の井で立ち回りをやることになって、今夜はその日程全て終わり、ぐったりと松の井ホテルの寮の一室で、コタツに入りながらこれを書いている。私の部屋にはあとチュウジョウ氏がおり、他に二人の女の子が別の部屋に泊まっているのだ。結局総勢4人という訳だ。

まず今日は上野駅12時45分発の水上行き急行に乗り、あと15分で水上というところで快晴だった空があやしくなり、どんよりと厚い雲の立ち込めた見るからに寒気をもよおすような天気になった。それからは、雪は降る降る積もるばかり、みるみる積雪10センチ余り、3月だというのにオドロキー!


ケンジ1972年昭和47年3月14日(火)

今夜は身体中がどこもかしこも痛ーいのである。今日はお昼から、ホテル内の空いている舞台で立ち回り、とんぼ、日舞等の練習をしたからなのだ。特にとんぼの練習はしんどかった。肩は打つ、左足首、くるぶし、小指の付け根等々、とにかく打撲と内出血だらけ。痛ェーのである。それに相まって天気も相変わらず雪だらけ。もう積雪20センチ、道路は凍結しておりカチコチ。つっかけでへたに歩けばたちまちツルンである。


ケンジ1972年昭和47年3月16日(水)

今日は昨日までとは打って変わって、雲ひとつない紺碧の空、その空に一際明る輝く太陽、もう三月の日差しは強い。山々に、そして家の屋根屋根に積もった雪が、その日差しを受けて、眩しくチカチカと目に飛び込んで来た。

今日はまず12時頃起きて、昼を食べ、2時半から立ち回りのケイコ、4時半に終わり、6時まで世間話、6時半から仕事、7時から9時半までは化粧をしたまま仕事待ち兼夕飯。9時半からの仕事が中止でそのまますぐお風呂に入る。そして現在に至る。

さて、今日はこの水上温泉に来た四人のメンバーを紹介しておこう。私とチュウジョウ氏はもう知っての通りだから省く。残りの二人は、イワサキさんという日舞のおっしょさん、日舞だけでなく立ち回りの方も相当できる男優りの人と、タカギさんという湯浅プロの女性、共に先輩なのである。よって男二人女二人といった構成なのである。以上!


ケンジ1972年昭和47年3月17日(金)

今日も昨日と同じように過ぎたぁー!あー時間がもったいないー!ったらありゃしない。

とにかく実質仕事時間5分程度、あとは待ち時間なのであるから、特に今日などは客層が悪かったせいか、拍手はおろか、こっちを見向きもしない客ばかり。6時から松苑という部屋で武田武士の立ち回りをやり、その後、源氏という部屋で同じことをやっただけで終わりであった。源氏という部屋でやることになっていた残りの春雨、男おけさは、あまりの客の無頓着さに呆れ返り、司会者が臨機応変に機転を利かせて、「こんな客じゃーしょうがねぇー」と言って省いてしまったのだ。

もっとも客が無頓着だったのは、芸者を10人も呼んで飲んだり食ったりしていたからということもあるだろうが、とにかく今日の客はまずかった。9時半からのクラブでも中止、結局実働五分程度ということなのだ。でも、6時から9時半まではわざわざ化粧をして待っていなければならない。9時半からの仕事はその時になってみないと中止かどうかわからないからだ。そのあいだ中、することもなく、ろくに面白くないテレビを見ていなければならないのだ。この時がもっとも時間をもったいなく感じる!以上!


ケンジ1972年昭和47年3月18日(土)

今朝は珍しく早く起きて、10時頃紺碧の空の下、すぐ下にあるきれいな川原周辺へ散歩に出掛けた。その川の水はすごくきれいで、また転がっている石が秋川などと比べたらけた違いに大きいのだ。とにかく直径一メートルもあるような石がごろごろと、なのである。その石の上をつっかけを履いて次から次へと飛び移って行く私の脚。そばを流れるきれいな水、ふと目を上に向けると、急な山々が眼前に雄大にそびえ立つ。雪をかぶっていて、なかなか趣き深いものであった。やはり温泉地などというものは風流でいい。こうでなくちゃ!


ヒロト2022年令和4年3月20日(日)

群馬県の山沿い、「国境の長いトンネルを抜けると雪国」の手前の地。

利根川上流の渓流沿いの崖に、所狭しと大小の宿泊施設がある水上温泉。古くからの温泉街の情緒と雄大な渓谷美の自然が調和した温泉地で、たくさんの文化人にも愛されてきた。だって。ケンジ、いいとこ行ったね。

仕事は微妙だね。飲んでる人たちの前でやるの、つらいと思う。待つことも仕事だね。

松の井ホテル、現在は、源泉湯の宿松乃井、

3つ星ホテル、一泊二食付きお一人様30000円前後、大広間の写真を見たら舞台もあったよ。古い建物を改装して使っている部分もあるっていうから、ケンジが苦労してとんぼ切った舞台かもね。



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