NO31/初失敗

ケンジ1972年昭和47年1月11日(火)

一昨日はゴウさんが一緒に泊まり、テレビを見ながら、生まれて初めての日本酒を付き合わされ、茶碗に三杯ぐらい飲んだあげく気持ちが悪くなり、ゴウさんに連れられて夕飯を食べに行った先のとんかつ屋の便所でとうとう吐いてしまった。その上せっかくおごってもらった「とんかつライス」も半分くらい残してきてしまった。とんかつを残したなどというのも生まれて初めてのことである。それほど気持ちが悪かったのだ。もちろんお神酒ぐらいの経験はあったが、酒を飲むための日本酒というのは初めてのことだった。そんな訳で日記を書けなかった。

昨日はアソウさんがまた泊まり、メーキャップや手品などを教わっているうちにこの日記を書かなかったのだ。そして今夜は私一人。オイカワさんも今夜は泊まっていないようだし、まず一安心。舞台の方の立ち回りもまぁーなんとか落ち着いてできるようになったし、そろそろマイペースに戻さなければいけないなぁー!


ヒロト2022年令和4年3月12日(土)

ケンジの「はじめて物語」だね。

毎日が初めてのこと、初めて交流する人、

新鮮で刺激的!

頑張れ!ケンジ!


ケンジ1972年昭和47年1月12日(水)

今夜は初めての泊まりのホウショウジ先輩が一緒である。夕飯は先日食べ残してきた「とんかつライス」に未練があったせいか、再び「天カツ」という店に食いに行った。今夜は思う存分最後の一粒まで食べてきた。よかったよかった。それに今夜は「時間ですよ」をカラーテレビで見られたのだ。ヘルスセンターの中で見てきたのだ。

さて、舞台もいよいよ明日が中日、私も、

「いっちょ、大内剣友会で頑張ってみるか!」という気持ちになってきた。まぁー

一つかけてみよう。どうせ長い人生だ。



ケンジ1972年昭和47年1月14日(金)

今夜は一人で泊まっている。たった一人というのもつまらないものだ。しかし、さっきその暇を少しでも楽しく過ごそうと船橋まで出かけたのだ。まぁー夕飯でも食べに行くついでにパチンコでもしてこようと思って出かけたのだ。はじめはそこら近くで夕飯を食べ、それから電車で船橋まで出ようと思っていたのだが。飯屋をどれにしようかと思案しながら探して歩いているうちに船橋に着いてしまったのである。着いたとたんに飯よりもまずパチンコがやりたくなり、さっそくパチンコ屋に飛び込んだ。まず100円買った。すぐパー、続いて100円またパー、やけになってもう100円これもパー、しょうがないので諦めて飯屋に入ろうと思って、来る時に目をつけておいた飯屋まで行ったのだが、前にパチンコ屋があったので、今度こそと思いまた100円買った。しかしそれもパー。今度は私も観念して飯屋に入り、チャーハンとタンメンを食べた。どちらも高いだけでショーウィンドウに飾ってある見本よりもずっと量が少なく、まったく卑怯な店だった。その上味も不味かった。やだねー!

さて、その後またまた前のパチンコ屋への挑戦、もちろん100円。ところがどっこいついにやった!出るわ出るわ、とうとう閉店までやって、金に換算すると1230円、よって730円儲けたのだ。よかったね!


ヒロト2022年令和4年3月13日(日)

パチンコ、ハマるなよ。


ケンジ1972年昭和47年1月17日(月)

12時からの昼公演の時、黒田武士の立ち回りの初っぱなに、スッテンコロリン、と派手にヤラカシてしまったのである。しかしコロリンしてしまったからといってそのままズルズルと終わりまでやってしまったということではない。コロブと同時にすぐハッタと立ち直り、コロリンしてミスった分だけ取り戻そうと、いつもより一際気合いを入れて立ち回りを終えた。しかしやはり叱られた。ゴウさんからものすごい厳しい口調でである。その他の人は、「まぁー気にするな」とか「滑ったなぁー」とか言っただけであった。鬼あれば福の神ありといった模様。

しかし、私はゴウさんのことを鬼だとは決して思っていない。むしろ、バクチやトランプをやって遊ぶ時や、食事をおごってくれる時には、本当にかわいい素振りをして見せ、好感の持てる人であり、またひとたび仕事のこととなると誰よりも厳しくハッキリ言う人である。そんなゴウさんのケジメの良さに驚異と尊敬の念を持っているくらいだ。でも、ちょっと口がわるいかなぁー!


ヒロト2022年令和4年3月13日(日)

失敗っていうのは誰にでもあるよね。多いか少ないかの違いはあるかもしれないけど。

特に初めての失敗は忘れられないものだね。

こともあろうか、俺のテレビドラマ初出演の時に、それはやって来たんだ。

TBS、お昼の連続ドラマ、題名とか内容は忘れたけど、あのシーンだけは忘れられない。

主演は、「渡る世間は鬼ばかり」の長女役の長山藍子さん。その藍子さんの役はある家庭の主婦で、何かの事情があって家を出ていて、さあ、問題のシーン。

ある夜、藍子さん演じるその主婦が、雨の降る中、自分の家の前の路地で、傘もささずに家の様子を窺っている。そこへ、一応エキストラ扱いではない自分が、蕎麦屋の出前持ちとしてフレームインして来る。藍子さんは、雨に濡れながらそっと電信柱の陰に隠れる。出前持ちは、その家の門扉の前に自転車を止め、スタンドをかけ、門扉を開けて、「おまちどおさまです」と入って行く。電信柱の陰の藍子さんに容赦なく雨が降り注ぐ。

っていうシーンをワンカットで撮るのだ。

カメリハ、本番テストと問題なく進む。

なんか、前に書いた「袴片方足二本入れ」事件に似てきたけど、今回はもよおさない。

ただ、岡持ちを右手に持っているので、左手だけで自転車を操作しなければならない。いわゆる実用自転車で結構重い。でも、スタジオの隅で何回も練習したのでバッチリだ。

さあ、本番!本番だけは本当に雨を降らす。

「よーい、スタート!」

藍子さんが様子を窺っている。俺に向かってADさんが手のひらで、どうぞと合図を出した。

テスト通り、自転車を止め、スタンドをかけて、門扉を開けて中へ入り、「おま、」ぐらいは言ったかもしれない。でも背後でガチャーンと音がして、唯一の台詞を止めた。

振り返ると、自転車が門扉の方に倒れ、門扉も壊れてしまっている。

「カット!カット!」スタジオ騒然、付き人がバスタオルを持って藍子さんに走りよる。

岡持ちを持ったまま、呆然と立ち尽くす俺。

「全部やり直し!セット直すまで休憩!」

ADさんが叫んでる。針で刺されるような視線を四方八方から感じる。直後の事は辛すぎてよく覚えていない。

楽屋で待つ俺に誰も近づかない。俺は一人、初出演にして俺の俳優人生は終わったと落ち込んでいた。

そこへ、小道具さんが入って来た。小道具さんが言うには、「本番テストが終わった後、監督から自転車の色が気に入らないので変えて、と言われて変えたんだけど、あなたに伝えるのを忘れちゃったの。変えた自転車、確かにスタンドの具合、悪かった、ごめんなさい。」だって。言ってよ、そういえばなんか自転車違うなって気もしてたんだ。

「監督さんも、藍子さんもわかってるから大丈夫。」って、ニコッとして行っちゃった。

まあ、結果は俳優やめなくてよくなったけど、あの針のむしろの感じ、今でもゾッとくる。

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