NO29/ヘルスセンター恐怖の夜


ケンジ1972年昭和47年1月2日(日)

今日は我が家でこの日記を書いている。予定通りいったならば今日あたりは、船橋ヘルスセンターの楽屋でたった一人で書いているところだったのだが。急に「ふとんは用意ができてないのでこの2、3日だけ通ってくれ」と言われたために、今夜は家へ帰ってきたのである。

ところで元旦の朝方は、タケちゃんと日の出山に日の出を見に行った。ところがせっかく日の出山に登ったのに、雲と霧のために日の出は見ることができなかった。まったく私が日の出を見に行く時は、いつも雲のヤローに邪魔されるのだ。バッキャローメー!特に今年の場合はもう五分太陽の出るのが早かったら見ることができたであろうような、間一髪の雲と霧の妨害なのであった。


ケンジ1972年昭和47年1月3日(月)

今日はどうやら風邪をひいたらしく、一日中熱っぽく水っぱながしょっちゅう出てどうしようもなかった。おかげで舞台でも思うように本調子が出せなかった。まったくとんだことだ。しかし、意外と本番の時は、緊張のせいか水っぱなもつまらず、すんなりと声も出た。不思議なものだ。

ところで私は、この公演でまたまた凄い先輩に出くわした。その名はアソウリュウ。むろん芸名である。この先輩がまたすごく面倒見がいい人で、私やみんな、わからないところはお世話になっている。

とにかく女の子の引っかけ方から着物の着付けまで全てよーく知っていて、コンセツテイネイに教えてくれるのだ。経歴もすごい。なんと女性関係が過去30人ぐらいあったとか。年は26、7歳ぐらいであるということだがハッキリはしない。まぁーそれにしても、

私の先輩方はみんないい人ばっかりである。これからもこんないい人たちばっかりならいいのだが、とにかくこの一ヶ月で取れるだけのものをバッチリ吸収してしまおうと思う。頑張らなくっちゃー!


ヒロト2022年令和4年3月10日(木)その一

アソウリュウさん、検索してみた。

出た、出た。麻生龍さん。

写真からすると、がっちりとした、頼りがいのありそうな、それでいて優しいって感じだね。最近の情報はないみたいだけど、ずいぶんヤクザ映画や時代劇に出てらしたよう。現在もお元気だといいね。

ところで年齢、俺たちよりふたつ上だけだよ。26、7歳とケンジは言ってるけど、そうすると21、2歳だったことになる。それで30人?それはともかく、もうすでに立派な先輩感を漂わせてる。

もしかしたら、その時か、もしくは現在、ちょっとサバ読んじゃってるのかなぁ。

余計なお世話だね。やめておきましょう。


ケンジ1972年昭和47年1月4日(火)

今夜はとうとう船橋ヘルスセンター楽屋への泊まりと相成った。まぁー一段落。さて、今夜はその泊まりの第一夜とあっていろいろやりたいことがたくさんあって落ち着かないのである。しかし風邪気味なので、こんな夜遅く電車で帰るなんてーことがなくなったので良かった。何しろ昨日、一昨日と五日市駅から家まで歩いて帰ったのであるから、まったく寒かったこと。それにしてもこの部屋にたった一人、スチームが効いているのであったかだが、たった一人というのはどうも性に合わない。でも回りにはぐるっと鏡が張り巡らされていて、鏡好きの私には最適である。さてと、あまり今まで変化に富んでいたので何を書いたらいいか、それさえも思い浮かんで来ない。うーん、そうだ、一つ物騒な話をしよう。私と同じ楽屋、私は二階で、一階に泊まっている、ショーで司会者を務めているオイカワというオッサンなのだが、これが何とすごいオカマなのだそうで、「あの人には気をつけろ」「あの人には十分注意しろ」等々、諸先輩、頭などから何回も聞かされたので、私は実のところ、だいぶオッカナイのである。とにかく司会者をやるくらいだから口はうまい。それにつけこまれその手に乗ったらもうオダブツだというのだからオッカナイ。それでいて女には指の一本も手も出さないというのだから、やはりこれは病気、変態といった類いのものだろう。クワバラクワバラ!


ケンジ1972年昭和47年1月5日(水)

昨夜は初めてオカマの恐ろしさ、しつこさを知った。来たのである例のオイカワのダンナが。真夜中私が寝込んでから、ガタガタと唐紙が開いて、ふと誰だろう?と目を覚ますと、キャー来たぁー!あのオイカワの変態が私のふとんの中にもぐり込んで来たのだ。私は生まれて初めてのことに心臓が高鳴り、どうしようかと迷った。しばらくシカトで反対を向いて寝ていた。すると、私の腕をチュッチュッチュッと吸い始めた。そのうちオイカワの手が私の首の方に伸びて来た。私はたまらなくなって、「どうか、風邪をひいてるんだから一人で寝かしといてくれ」と頼んだ。

しかしあちらはそんなことは無視、どんどんイヤラシイしぐさをして来る。私はとうとう「トイレに行ってくる」と言って逃げ出した。まったく寒いのにとんだ迷惑だ。ゆっくりトイレで時間を稼ぎ、もう帰ったかと思って部屋に行くと、またもやしつこく私のふとんの中に入って来た。私はとうとう「もうヤだから一人でいさしてくれ」と頭を下げて頼んだ、何回も何回も、そしたらやっとのことで、機嫌を損ねた風をして唐紙をバタンと閉めて帰って行った。本当に恐ろしくしつこかった。しかしそのオイカワがまた今夜来ないとも限らないのだ。イヤダネー!まぁー今夜は向いの部屋に楽団の人たちが泊まってくださるからまだいいのだ。ヤダネー!


ヒロト2022年令和4年3月10日(木)その二

令和4年という現代からすると、だいぶヤバい文言や表現があるみたいだけど、ケンジのこの時は昭和だからね。勘弁してもらって、どんどん行こう!


ケンジ1972年昭和47年1月6日(木)

あーまた恐怖の夜がやって来た。昨夜は向いの楽団の人二人と一緒の部屋で寝たのでまだ良かった。しかし、来たことは来た。でも、私がその楽団の人たちの部屋でテレビを見ていたので、少し残念そうな面持ちで、「あーまだ寝てないのかぁー」と言ってあきらめたようだった。それでもやはりしつこく私たちの部屋に入って来て、私の寝るのを待っていたようだった。しかしとうとう夜中の午前1時頃、「あー眠くなった」と言って引き上げて行った。その際、やはり私のそばに寄って来て、頭を撫でたり、足を持ったりしながら、ぶつぶつ言い残して行った。

さて、この一月になってから、まだ本を少しも読んでいない。一応この船橋の楽屋にも、「シェイクスピア」を持ってきたのだが、どうも環境の変化が激しすぎ、気持ちが落ち着かず本を読む気になれない。こんなじゃー出世できないであろうか。まったくしょーのない意志の弱さよ。でも何かやることありそうな、何かいいことありそうな、そんな気がして私の心を静まらせないのだ。

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