NO21/天皇の食卓

ケンジ1971年昭和46年8月25日(水)

今日は最近にはめずらしい経験をした。「ひまわり」の生徒でカワダとかいうヤツの紹介で、あるパーティーの食器片付けのアルバイトをしたのだ。まず6時59分発の東京行きに乗ったところからして、すでに最近にはないことである。そしてなんとか約束の場所、日本橋三越の正面玄関にあるライオンの前に着いた。その後は、そこにいたオエラ方の指示に従ってスムーズに行動できた。しかしただひとつ、本当は私はボーイとして雇われたらしいのだが、カワダのヤツが私に、ワイシャツと黒ズボンを持ってくるよう連絡しなかったので、表に出ない食器片付けをやらされたのだ。しかしオエラ方や指揮者の人柄も非常によかった。

それで、そのパーティーというのがまた豪勢なこと、まるで映画を見ているよう、とは言ってもこのパーティーは小さい方だと言う。まったく驚きの一語につきる。何しろ、銀の食器、銅の食器、ケーキから焼き鳥、焼き肉、豪華菓子その他色々と、とにかくすごいのだ。レタスに包まれたエビが氷の入ったガラスのボールに山と積まれているのだ。食器の中には、固形燃料で下から火を付けて温めるようなものもたくさんあり、とにかく豪勢であった。またそれだけではなく、酒は出る、ホステスはたくさん来る、それも全部美人ばかり、客はすべて黒の燕尾服か、ぱりっとした背広、ちゃんとネームを記したカードを表示し、あれでは私がジーパンとTシャツでボーイを出来ないのもなるほどと思った。とにかく私は、あんなきちんとしたパーティーを見たのは初めてのことだから。それでも小さい方とはオ、ド、ロ、キー、以上。


ヒロト2022年令和4年2月28日(月)

オ、ド、ロ、キーって、昭和にもIKKOさんがいたんだね。

俺が経験した一番のパーティーというか、食事を書こうかな。

山本學さんが主宰して全国公演した「罠」という芝居で、金沢に行った時のこと。初期キャストに映画女優の久保菜穂子さんがいた。この時50ウン歳だったけど、まだまだ色っぽかったなあ。金沢に、この久保さんの熱烈なファンだというお医者さんで、大金持ちで、郊外にドでかい12、3階建てのホテルのオーナーでもあるオッサン、と言っては申し訳ない、地元の名士がいたんだ。この人が食事に招待してくれるってメンバーに、久保さんは、山本學さんや、主要キャストの大空眞弓さん、村井国夫さん、金田竜之介さん、下元勉さんなどではなく、チョイ役の俺ともう一人、そしてスタッフを選んだんだ。素敵でしょ。

最上階のラウンジ、総ガラス張り、周りは低い建物ばかりでものすごく眺めがいい。

貸し切りで、部屋の真ん中の大テーブルに、ゆったり並べられたかなり高そうな椅子に、それぞれ浅く座った。テーブルには、何に使うんだろうという、たくさんのナイフやらフォークやらスプーンやらお箸まで並んでいる。山の形のようにたたまれたナプキンを、久保さんが広げて腿の上に置いたので、みんなもそれに倣った。

後ろには何と一人に一人づつ、蝶ネクタイの黒服が控えている。ビールもワインも空になるとすぐ注いでくれる。食事も前菜、サラダから、フカヒレスープ、肉、魚、寿司、グラタン、チャーハンなどなど和洋中の世界平和だ。。みんな上品な盛り付けだけど、何せ品数が多いのでお腹いっぱい、味はもちろんものすごく美味しい。一番印象に残ったのは、その日の朝取れた甘エビのしっぽ付きの刺身を、カクテルグラスのふちにきれいに並べたものが、食べ放題だったこと。文字通り甘くて美味しくて遠慮なくおかわりして食べたよ。食後のデザートは、黒服の人がトレイにケーキを載せて、一人一人を回ってくれる。苺ショートケーキ、レアチーズケーキ、チョコレートケーキなどから選べる。俺はレアチーズケーキにしたけど、2ついいですか?っていう猛者(女の子)もいた。コーヒーを飲みながら美味しくいただきました。

最後にオーナーのご挨拶、

「このお食事は、数年前に昭和天皇が金沢にいらした時、皆さんが座ったそのお席で、皆さんが召し上がった同じメニューで、皆さんと同じ量を、きれいに召し上がりました。」

オッ、タ、マゲー。


ケンジ1971年昭和46年9月5日(日)

今日も午後2時頃から「ひまわり」へ向かった。今日はちょっと早く行き過ぎて、着いた時にはまだ4時で児童部の連中が、なにやら練習していた。私はそこらをぶらぶらして30分ばかり暇をつぶし、5時15分前頃「ひまわり」に戻った。今日の授業は日舞、映概、擬斗、の三科目。日舞は今日生まれて初めてやったのだが、意外と簡単に出来て面白かった。少なくともバレエよりはバランスがとりやすい。さて、8時半にいつも通り三科目とも終わり、恵比寿駅から新宿までの車中でウエワキから「もうオレはこの道に情熱を感じなくなった。やはりオレは他の道を進もう、それに『ひまわり』がなんとなく金儲け第一主義に見えてならないのだ。その理由は・・・(ここのところは電車の音でよく聞き取れなかった。しかしウエワキの真剣な表情から見て、筋の通っていることを言っているなー、ということだけはわかった。)」

という話を聞かされ、私のいつもの悪い癖で、またすぐそれが私の心にショックとなって飛びかかってきた。言われてみればなるほど「ひまわり」が金儲け第一主義でないとは言い切れない筋もあると思ったのだ。そしてなんだか私までこの道がいやに空しく感じてきたのだ。不安になったのだ。

しかし私は断じて思う。「ひまわり」の実績は確かに事実だ。先生方も決して悪いようには見えない。また「ひまわり」から多くのタレントを出しているのも事実だ。「ひまわり」を信頼しよう、人間信頼しあえなくなったら終わりだ。私はあくまで自分で選んだ道を、我が道を進めばいいのだ。そうだ、それでいいのだ。


ヒロト2022年令和4年2月28日(月)

いやぁ俺も悩んでいたというか、悶々としていたね。公務員して、大学も行って、そしてとにかく遊んだ。立川の夜は妖しく俺を惑わした。当時、コンパと呼ばれる店が流行っていたんだ。ケンジは行ったことある?楽しいぞ!広いフロアに、十数人座れる円形のカウンターが、二つ三つあって、それぞれの中にバーテンダーがいて、得意気にシェーカーを振ったり、クルクル回したりしている。何回か通ううちに、気の合うバーテンダーのいるカウンターで常連を気取るようになる。

丸いカウンターだから、他の客の顔がみんな見える。客は男ばかりじゃないよ、結構若い女の子も多いんだ。目が合ったりしちゃう。こういう時こそバーテンダーと仲良くなっているのが役立つ。バーテンに、あそこのあの子に好きなカクテル、一杯ごちそうしてって頼む。バーテンはニコッとウィンクまでして、彼女の好みのカクテルを、俺の方を振り向いて手のひらで示し、あちらの方からです、なんて勧めてくれる。あちらが会釈する。俺も会釈する。そして、あちらの隣の席を指さし、「そっち、行っていい?」って顔をする。ウンと頷いてくれたらグラスを持って、そそくさと隣の席へって感じ。不良公務員だよね。デパートガールに、逆ナンされたこともあった。ウヘヘヘヘ。

後でバーテンダーに言われた、「あの姉さん、常習犯だよ。」ウヘッ

そんなことしてても満たされはしないもんだね。そんな時、運命的な出会いがあったんだ。

それはまた、別の機会に。

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