NO20/ひまわり ワニ相撲 袴

ケンジ1971年昭和46年8月15日(日)

デヒャー、今夜は「ひまわり」から帰って家に着いたのが、午後11時10分、まー前々から予期されていたことには違いないが、やはり夜中に一人ぽつんと五日市から大久野まで来るのは心細い。もっとも今日は、「外郎売り」のセリフを帰りの道すがら、ずっと暗誦して歩いて来たので、さほど周りの気配には気を使わなかった。でも、小机坂の両脇の高い暗い闇の中を、街灯だけがぼんやりと夜道を照らしている中を、一人ポツポツと歩くのも、また特別の趣きがあるものよ!。

しかし今日の稽古は手が参った。とにかく木刀を両手でしっかと握り、ふりふりふりふり数十回、とにもかくにも腕の疲れたことしきり。また私は、浴衣などという和服は、このところとんとお目にかかったことがなかったので、どう着ればよいものか、帯をどう結べばいいものか、一向に見当つかず、周りに数多くいる素晴らしく美人の女の子?たちの前で、思わず身の細る思いをした。


ヒロト2022年令和4年2月27日(日)

着物といえば、冷や汗をかいたことが二回あったよ。

一回目は、「天才たけしの元気が出るテレビ」。ワニ相撲というコーナーがあって、俺は行司役で出ていたんだ。最初、築地本願寺の前に机を置いて椅子に座り、あらかじめスポーツ新聞には行司募集の広告を出してあり、それに応募して来る人を待つシーン。もちろん仕込みの人もいたけど、一人だけ結構年のいったオッサンが来たんだ。そのオッサンのズッコケぶりと俺のオーバーなアドリブを、演出のテリー伊藤さんが気にいってくれたらしく、何回かのシリーズになった。全部ロケ、行司の訓練が中心で衣装は自前の体操着だったと思う。

ある時、俺だけ夏の特番に呼ばれて、江ノ島の砂浜でワニ相手に行司役をすることになったんだ。当時、番組で作った海の家も人気で観客は2千人あまり。海の家の控え室で行司衣装一式を渡された。衣装さんなんていない。アシスタントにどうやって着るのって聞いたら、知りません、適当にやってくださいって言われた。のちに、舞台の裏で早変りの着物を着るなんてことは出来るようになったけど、この時はどうやって着るのかわからない。本番の時間は迫る。大相撲中継の行司姿を思い描きながら、固結びとちょうちょ結びを駆使して何とか身に付けた。紐が1、2本余ってたけど知ったこっちゃない。意を決して砂浜へ出ていった。その姿は全国放送されちゃったんだ。湘南動物プロダクションが連れて来たワニをロープに繋いで砂浜に放し、その周りを俺が軍配を持って飛び回る。その様子を、なんとヘリコプターで空撮までしたんだ。バブルの頃は金かけてたんだね。でもギャラは安かったよ。

もう一回は、俳優になって何年か経ち、いろいろ慣れてはきている時の話。TBS緑山スタジオで、特番の「女たちの忠臣蔵」だったと思う。いかりや長介さんが医者の役で、俺は弟子の薬箱持ち、ランスルー、カメリハ、本テストと順調にこなした。後は本番を待つのみ。なのにこんな時に勘弁してよ、どうしても大きい方をしたくなっちゃったんだ。我慢できない。まだ少しは時間はある、大丈夫。トイレに行った。汚してはいけないので袴は脱いだ。無事スッキリ。衣装さんに頼まなくても袴ぐらいつけられる。でもなんだかあせるよね。急いでスタジオに向かった。

ん?なんか変だぞ、なんと袴の片方に二本の足を入れてしまっていた。もうすぐスタートがかかる。俺ごときの袴問題で止めることはできない。長さんの顔も近くで見ると怖い。袴は裾が広いので何とか歩ける。ええい、やっちゃえ!

作者の橋田壽賀子さん、プロデューサーの石井ふく子さん、演出の鴨下信一さん、アシスタント、スクリプター、大道具小道具さん、音響さん、照明さん、そしてもちろん衣装さん、その他何十人もが見守る中をちょっと怖い顔のいかりやさんと、袴の片方に足を二本突っ込んだ自分がスタンバイ。演出の鴨下さんの声がかかる。「よおい、スタート!」ちょっと小股で歩き、後は片ひざで座るだけ、どうやったかよく覚えてないけど、「はい、カット!」、VTR確認でOKが出た。俺は気付かれないように袴の裾をつまみ上げ、急いで衣装部屋に行き、普段は全部脱がせてもらうんだけど、袴だけさっさと自分で脱いだ。ハ~、バレなかった。肌襦袢の下は、いやな汗でびっしょりだった。

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