NO2/ケンジとおとうちゃん
ケンジ1970年昭和45年3月2日(月)
今日は6時間目の世界史の時間に、カトウとナオちんが私のそばの席に来た。私は眠くてあまり授業が頭に入らなかった。その上、時々カトウと話をしていたので、尚更だった。そしたら先生が私の方を見て怒った。私はこれはまずいと思い、神妙にした。
授業が終わってカトウに、「誰が怒られたの?」と聞いたら、「誰かわからない」と言った。また「ひょっとしたら俺かも知れない」とも言った。ナオちんはその時間中物差しの虫食いの穴をほじくりっかえしていた。カトウも机を削っていた。私も眠くてぼやっとしていた。まったく誰かわからない。ひょっとすると前にいる女の子かもしれない。
まぁー誰であるにしろ、先生に怒られたのだから、これからはぴしっといこう!
ヒロト2022年令和4年1月30日(日)
物差しに虫食い?
ということは、竹製の物差しか。ナオちん、まだそんな物使ってたんだ。そう言えば、家にもあったなぁ。50センチ、いやもっと長いのが2本はあった。小さい頃、そんな物を見つけたら絶対チャンバラやるよね。よくおふくろに怒られたなぁ。
おととし、おふくろが亡くなって家を片付けたら、一本だけ出てきたよ。小さい頃はもっと長く感じたけど、意外と短かった。
取って置きたかったけど、バタバタしている内に片付け業者が、持って行ってしまったみたい。時間が経てば経つ程、惜しかったなって気持ちが大きくなるものですね。
ケンジ1970年昭和45年3月4日(水)
今日は雪が降った。そして寒かった。
ふと、おやじのことを思い出して勉強の能率が落ちてしまった。あの時、私のとっさの判断で医者に電話していれば、と思い、お父ちゃんに本当に悪いことをしたと思っている。どうして電話が出来なかったのか。それは一つには驚きもあるだろう。まさか、ということもあるだろう。しかし一番の問題点は私の判断、だらしなさにあるのだと思う。それを思うといてもたってもいられなくなる程つらい。しかし、お父ちゃんが最後に私のために大きな教訓を残してくれたのだ!そう思うと少し気が休まる。本当にありがとう!
まじめに、一直線に、人前で愚痴を言わず、私も頑張る。
ヒロト2022年令和4年1月31日(月)
つらい思い出があるんだね。
この連載を始める前に、実は日記7冊目ぐらいまでは目を通したんだ。お父さんに関してはこの後、一切記述が無い。8冊目以降はわからないけど、触れようとしてないみたい。
そこで、俺の創作意欲に火がつきました。
あくまでも創作なので、ケンジ、もろもろ許して下さい。それでは、
「ケンジ」まさき博人作
遥か、江戸の時代から植林事業が盛んだった西多摩の山々。第2次大戦中に乱伐された木々も、戦後の拡大造林政策により植えられた杉や檜木が、だいぶ育ってきている。
ケンジ、1953年昭和28年1月23日生まれ、小学6年になって、二学期ももう半分近く過ぎようとしていた日曜日。
植林された山々にも、ところどころに広葉樹が存在を主張するように自生していて、美しいコントラストを描き出す。
その上方から流れてくる清流が、心地よい音を立てている。
ケンジが生まれ育った東京都西多摩郡日の出村。深いところでも1メートル、幅3、4メートル程の川の上に、栗の木が枝を伸ばして、少し割れ始めた殻の中から実が顔を覗かせている。
ケンジは、誰もいない川原でその実に向かって小石を投げた。見事命中すると、栗の実が川の中に落ちる。もう川の水はかなり冷たいがゴム草履を履いているケンジは、半ズボンが濡れるぎりぎりのところまで川に入り、栗を拾った。少し神経質なケンジは半ズボンが濡れるのは嫌だった。だから深追いはしない。小石は外れる方が多い。
でもケンジは頑張った。ズボンの両ポケットに入りきれないほどの栗が取れたのだ。帰って、お母ちゃんに茹でてもらおう。お父ちゃんもきっと喜ぶぞ。ケンジは意気揚々だ。
川から歩いて3、4分のところに家がある。木造二階建て。お父ちゃんがセメント会社で頑張って、お母ちゃんは看護婦で頑張って、建てた家だ。
「お母ちゃん、栗、いっぱい取れたぞー」
勢いよく玄関の戸を開けた。返事が無い。今日は休みのお父ちゃんも、いつも新聞読んだりしてる居間にいない。
お母ちゃんと妹は駅前に買い物に行ったのだろうか?お父ちゃんは?
台所に行ってみると、最初に目に入ったのはテーブルの陰から出ている足の裏。直ぐお父ちゃんだとわかった。
「お父ちゃんどうしたの!」
うつ伏せに倒れているお父ちゃんはぴくりとも動かない。苦しかったのか、見たことのない怖い顔をしている。
お父ちゃん、死んじゃった。
ケンジは慌てた。どうしていいかわからない。
お母ちゃんに知らせなくちゃ!それだけで頭がいっぱいになった。
玄関を飛び出した。裸足だけどそんなことにかまってはいられない。
走った。お母ちゃんの買い物はいつも駅前の食料品屋さんだ。山に囲まれた道をバスで行った筈だ。バスを待つなんてできない。
走った。涙が止めどなく出てくる。景色がぼやける。見慣れている筈の山々がケンジに襲いかかってくるようだ。
走った。半ズボンのポケットの中の栗が邪魔をして走りづらい。栗を捨てながら走った。
走った。大人の足で歩いて30分かかる道を走った。
駅前の食料品屋さんの野菜売り場に、お母ちゃんはいた。妹と一緒に。
ケンジが入り口から入ろうとした時、まだ声もかけていないのにお母ちゃんが振り向いた。ケンジの足はそこで止まり動かない。
「ケンちゃんどうしたの!」
話そうとしても、息が上がって言葉が出て来ない。それでもどうにか、
「お、お父ちゃんが、、、」
「お父ちゃんがどうしたの!」
やっと唾を呑み込めて、
「お父ちゃんが死んじゃった。」
あとは、ただただ泣くだけだった。
ケンジの足の裏からは、血が流れ出ていた。
父親の死因は脳卒中だった。今で言うくも膜下出血である。ケンジは葬式の時、近所の人が母親に、
「ご主人、救急車が来た時はまだ息があったんだって。もう少し早く呼んでいればねぇ。」
と言っているのを聞いてしまった。
(ぼくがお母ちゃんを呼びになんか行かないで、直ぐ救急車を呼べばお父ちゃんは助かったんだ!)
そのあとも、誰もケンジを責めることはなかったが、この思いはケンジの心の襞の奥底に深く刻み込まれた。
おわり
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