第26話
ここいらで一度現状を振り返りたいと思う。
まず住処だが、部屋が三つほど増えた。寝室と倉庫、そしてクルルの為の厩舎である。
玄関をくぐるとリビング兼ダイニングが出迎えてくれるのは変わらない。だが、中央にはでかでかと、一枚板のテーブルと丸太を切っただけのイスがある。壁には大樹をくり抜いて作った棚があり、木製の食器や石の鍋が置いてある。簡素であるが、これだけでも生活感がすごい。
そしてリビングダイニングからは三本の通路が伸び、それぞれが寝室と倉庫、そしてクルルの厩舎に繋がっている。厩舎には外への扉も付いていた。
イメージとしては、アリの巣に近いだろう。
外から見れば大樹の横っ腹に二つ、人間大の穴が開いているのが見える。今は板を立て掛けて扉代わりにしているが、防衛をの点では何とも
外にはかまどがある。と言っても、想像しているような立派なものではなく、石を円状に並べただけのものだ。
だがおかげで、今まで調理は直に火で炙るしか無かったのだが、鉄板代わりの石板を扱えるようになり調理に幅が出た。……まぁ、焼いた肉が石板に引っ付いてしまうのは、ご愛嬌である。
肉──そう、肉だ。クルルとの契約を延長するのに、必須なものである。
幸いにしてこの島は食料が豊富である。それに比例して魔物も結構な数がいるのだが、今のところ苦戦するような強力な魔物とは遭遇していない。いないのだが──。
「また減ってる……」
「グルルゥ!」
塩を手に入れたのだ。干し肉を作ろうとするのは、ごく自然な流れであろう。
そして賢吾は塩漬けした肉を、日当たりのいい場所に並べて干していたのだが、目を離すと日毎に数が減っているのだ。
己が物が取られた怒りでクルルが低い唸り声を上げる。よしよしと彼の背を撫でると、毛が逆立っているのが分かった。
「賢しいのぅ」
どこか他人事に、グレーテルが呟く。
衣食住の、食の目途も立ち、住も人並みに整い始め、無人島生活も一見して順風に見えるが当然問題もある。
その内の一つが獣害であった。
「やっぱり猿が?」
「そうさの。荒らされた形跡が無かろ? 四足の獣には出来ぬ芸当よ」
地面を見る。グレーテルの言うように、足跡は無い。
「耳を澄ませば、ほれ、聞こえるじゃろ。このうるさいのが猿どもよ」
生命に溢れた密林は、無音とは程遠い。
耳を澄ませば虫の羽音、鳥の鳴き声。そして、獣の遠吠え。
あまりに数が多く、どれがグレーテルの言う猿なのか賢吾には分からない。グランマリアは分かっているようで、思しき魔物の名前を挙げた。
「この声、パニックモンキーかしらね?」
「……どんな魔物なんだ?」
「んと、白黒の毛をした猿よ。常に群れ単位で活動するの。一匹一匹はそれほど強い訳じゃないけど仲間意識が強くてね? 一匹に手を出すと群れ全体で執拗に攻撃してくるの」
聞くだけに厄介そうな魔物である。
「魔物除けの魔法とか無いのか?」
「ふむ、あるにはあるがのぅ。その効果範囲がの、あくまで自分中心なんじゃ。お主がここで立ちんぼしては本末転倒であろう?」
「そうね。ダーリンの要求を満たすものは魔物除けの香よね。だけど材料が……」
色よい返事では無かった。
グランマリア曰く便利なお香があるようだが、それも作れるか怪しいそうな。
今回で三度目の被害である。賢吾とて全くの無策で挑んでいる訳ではない。
最初に被害を受けたあと、賢吾はすぐに柵を立てた。ひーこら言いながら立てたそれは、残念ながら成果を上げていない。
「……根絶やしにするしかないか?」
「落ち着け。気持ちは分かるがの。第一、今のお主に奴らに手を出すのはオススメせんぞ?」
「なんでさ?」
珍しく息巻く賢吾に、グレーテルは待ったを掛ける。
「そこな性剣が言うたじゃろ。奴らは根深く、群れ全体で襲って来るとな」
「今のダーリンだと、私が操っても、多分太刀打ちできないと思う。……ごめんね?」
「ぐぎぎ……! 泣き寝入りするしかないのか……?」
賢吾が悔しさに奥歯を噛む。
折角苦労して作った干し肉(未完成)である。盗まれるのを、ただ手をこまねいて見ている真似が出来ようか。いや出来ない!
「何ぞマサキの世界ではどうしておったのじゃ? ほれ、猿智恵はお主の得意とするところじゃろ」
言い方は気になるが、賢吾はとりあえず記憶を引っ張り出す。
はて、日本ではどのような獣害対策を行っていたのだろうか。重ねて言うが、賢吾は普通の学生であった。農学部の生徒でもないので、専門的な知識なぞは持ち合わせていない。
光物を吊るす? これは鳥害対策である。
電気を流す? 有効そうな策であるが何に、どうやって? 方法に問題がある。
音も、電気同様に方法が分からない。
「……毒とかどうだろう」
「こりゃまた物騒な結論に達したのぅ。オススメせんぞ? 直接手を下す訳では無いがの、猿どもも馬鹿ではない。お主がやったと分かろうて」
「駄目かー。じゃぁもういっそ使い魔にするとかは?」
「グルゥ‼」
口にした瞬間、クルルが抗議の声を上げた。黄水晶の瞳が「おう兄ちゃん。何やワシに文句でもあるんかい?」と訴えていた。違、そんなつもりじゃ……!
「現実的では無いの。群れが何匹いるかは分からんがの、全員を養うつもりかえ?」
「パニックモンキーは大体で三十頭前後で一つの群れを作っているそうよ。多いと五十以上になるみたい」
断定では無いのは、グランマリアの知識の多くが書物に依るものだからだ。
聖女として育てられた彼女は、来たるべく勇者の役に立つために多くの知識を有するもの偏りがある。そしてその多くが、実際に披露される前に剣へと封印されてしまったそうな。
「うーん……」
三人寄れば文殊の知恵というが、集まったからと言って必ず名案が浮かぶという訳ではない。
「……ここは一つ、初心にかえるか」
「クルゥ?」
賢吾は視線を、クルルに落とした。
視線と視線が絡み見つめ合うこと数秒、白豹は意図が分からず首を傾げた。
魔本と聖剣とゆく無人島サバイバル 辛士博 @sakura_syokusyu
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