第25話
塩を得んが為に少々の無茶をした賢吾。
だが、その甲斐あってか濃ゆ~い塩水を手に入れることが出来た。あとはコイツを煮詰めて塩を取り出すだけなのだが、ここで問題が発生した。
──火に掛ける為の道具である。
現在賢吾の身の回りのものは、ほとんどが木製だ。
グランマリアという、
ここまでの間、椅子やテーブルを始め食器類や簡易ベッドを作ったが、全てが木製である。
仮に木製の鍋を作ろうものなら、薪をくべるのと変わりない。
では? と考えて真っ先に思いつくのが土器である。次点で石器か。
気分はまるで原始時代である、いや──。まるで、ではなくそのものか。
賢吾の口元が皮肉に歪んだ。
さて。困ったときは、そうだね。相談だね。
「そうさのぅ」
「うーん……」
さすがに此度はグレーテルもグランマリアも即答しなかった。
贅沢を言えばガラスや鉄が欲しいところだが、無いものねだりである。
であれば創意工夫こそが物を言う訳だが、彼女らとて土器や石器はさすがに門外漢である。
「え? アンタの時代って棍棒振り回してウホウホ言ってたんじゃないの?」
「……お主いつか覚えておれよ」
グレーテルは自分を万年前の魔女だと言う。
一万年前の地球であれば、グランマリアの想像はあながち間違いではない。
それだけの時間が経っているのに、技術と知識の発展具合が偏っていることに気付いた賢吾は初めてこの世界の歴史に興味を抱いた。だが、今は重要ではない。
「うーん、土器か石器か」
「ドキドキ♥」
「阿保ぬかすな」
悩むのは、経験と知識不足故に他ならない。
グレーテルは「ひとまず」と前置いて口を開いた。
「試す他ないのぅ。此奴なら石じゃろうが鉄じゃろうが簡単に斬れるじゃろうし」
「
「それしかないかぁ」
原始の生活を追体験している賢吾は、先人の試行錯誤に改めて頭が下がる思いだった。
いや──本当にそうか? 魔法という奇跡がある世界で、律儀に昔の人の知恵をなぞるだけで良いのか?
「何ぞマサキ。悪だくみでも考え付いたかえ?」
「あぁ。ちょっとな」
短くとも濃い付き合いである。所有者の纏う雰囲気の変化くらい察知するのは、最早訳ない。
グレーテルは不敵に笑う賢吾に、己が心が高揚するのを感じた。
次は何を見せてくれるのか、と。
◇◇◇
「まずは粘土かな」
「あらダーリン、石器作りじゃないの?」
賢吾の台詞はグランマリアにとって意外だった。
「あぁ。思いついたことがあるんだ」
「石にせよ粘土にせよ、もう一度川に向かわんとじゃのぅ」
という事で、一行は川へと向かった。
相変わらずの清流である。周囲に生い茂る植生は違うものの、苔むした岩に豊富な水量のそれは日本を思い出させた。
「して、どうするつもりじゃ?」
「この前だけど、海水から水だけを抜いただろ? あれを土器にも転用出来ないかなって」
「ふむ。そういうことか」
グレーテルはすぐに賢吾が何をしたいのか理解した。
要は土器の乾燥を試してみたいのだろう。
グレーテルも納得してくれたところで、粘土探しである。
──しかし、だ。
賢吾の持つ知識は半端だ。土器を作るのに粘土が必要なのは解るが、どのような土が適しているかなんて分かる筈もなく、そも粘土がどこで取れるかも知らない。
賢吾は川底の砂を浚ってみた。その砂をぎゅっと握り締めると、その瞬間は固まるものの少し経つと崩れてしまい、指の隙間から流れ落ちてしまった。とても土器作りに適しているとは思えない。
「なぁクルル。粘土って見たことないか?」
「クルゥ?」
この中で一番島に詳しい友人に聞いてみるも、彼は可愛らしく首を傾げるだけだった。粘土というもの自体知らなそうだ。
「うーん、いい考えだと思ったんだけどなぁ」
「ふむ。まさしく”竜退治を夢見る”じゃな」
「???」
したり顔(?)で、意味不明なことを宣うグレーテルに、グランマリアがその意味を補足してくれた。
「ええと、手に入るかどうかも分からないものを当てにして計画を立てることを言う慣用句なんだけど……」
「あぁ……」
取らぬ狸のなんちゃらという事か。
それにしても竜とは。異世界の表現はなんとも大仰である。
納得した賢吾は、グランマリアが口篭ったことに気付かない。”竜退治を夢見る”とは、転じて巨大な目標に対しての見合わぬ才覚を嘲笑する時にも使うことがあるのだが──。
(地の性格の悪さが出るわね……)
「ほれマサキ。ちゃきちゃきっと気持ちを切り替えぃ」
言えば揉めるのは火を見るよりも明らかだったので、グランマリアは敢えて言わなかった。
「うぅん、そっかぁ」
「何ぞ。土器に
賢吾が、後ろ髪を引かれているのは一目瞭然で。
その理由を問うと「いやさ」と彼はぽつりと話しだした。
「土器に拘っているというか、水を抜けるかどうか試したかったんだよね」
「なんじゃ、そんな事か。なら家の前に、まだ端材がたんと積まれておろうに。アレで試せばよかろう」
「おぉっ。その手があったか」
大樹をくり抜いた時に出た端材は、いまだ乾燥させる為に屋外に放置してある。
確かに、アレなら魔法を試すのにピッタリである。
「随分と拘るのねダーリン」
「いやー、他に応用出来ないかなってさ? 例えば、生物なんかにも効いたらすごい強いじゃん」
「「……」」
さらりと賢吾は言ってのけたが、グレーテルとグランマリアはゾッとした。
仮にである。水分だけを抜く、というこの”根源魔法”の応用が生命にも適用出来てしまったら、一部の魔物を除いて必殺の魔法になるのは想像に難くない。
──当然、人間相手にも使えてしまうだろう。
「ど、どうじゃろうな。やはり試してみんことには何とも」
「う、うん。難しいんじゃないかしら?」
「?」
思っていた反応と違う二人に賢吾は首を捻りつつ、土器から石器へと気持ちを切り替える。
幸いにしここには石が豊富だ。
賢吾は手頃な石を手に取りグランマリアで真っ二つに割った。あとはこれをすり鉢状に加工するだけだが──これが中々難しい。
まずグランマリアが長い。それ故に石を剣、両方を手に持ち手元で作業を行うことが出来なかった。
仕方なく、地面に固定した石に剣先を向けて
「あっ!」
あと少し、完成間近というところで手が滑り、石を真っ二つにしてしまった。そう、斬れ味が良すぎるのである。
「ぐあー! またかー!」
「ほれ頑張れ頑張れ」
「ぐっ、他人事だと思って……!」
呑気言うグレーテルにニヤニヤ顔を幻視し、賢吾は恨みがましげに視線を向けた。
「ダーリン♥ がんばれっ♥ がんばれっ♥」
「……」
「あれ? ダーリン、どうしてそっぽ向いちゃうのっ!?」
「いや……」
対してグランマリアは、甘い声で声援を送ってきた。それが何とも──。
中身は色ボケした聖女であるのは百も承知だが、グランマリアの声質は耳をくすぐるような甘ったるいロリ声だ。
人間の姿が分からないのが余計に想像を掻き立て、思春期童貞男子高生の欲望を刺激してしまったのだ。
兎も角である。
本日の成果は不格好な石の、ギリギリ鍋と呼べそうな代物のみであった。この島に流れ着いてからの、初めての不本意な結果に終わってしまった。
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