親友からのチョコレートが絶対ほしい話

直人

バレンタインデーの朝は早い


バレンタインデーの朝は早い。

まずは親友より早く登校し、靴箱を開ける。中にはバレンタインデーである今日のために用意されたチョコが所狭しと詰められているが、それら全てをそのまま近くのゴミ箱へとスライドさせる。

湊斗は顔良し、頭良し、スポーツもできると眉目秀麗、文武両道のためとにかくモテる。去年同じようにチョコレートを渡し、見事に捨てられた人たちは懲りてもう止めたかもしれないが、まだその事を知らない人たちもたくさんいるのだろう。

端から見たら羨ましいなどと言われるが、湊斗にとっては何一つ嬉しくない。好きな子からのチョコレート以外は迷惑なだけだ。

そのまま昇降口で親友の登校を待っている。遠くから待ち人が歩いてくるのが見えた。彼もこちらに気づくと小走りでやってくる。

「……咲弥、おはよう!」

「湊斗!先に行くなら言えよな!俺お前の

家まで迎えに行ったのに……」

「ごめん!委員会の用事で急に早く行くことになって……」

手を合わせて、もっともらしい理由を並べながら謝る。

まさかチョコを捨てるためなんて言えないだろう。

「まあ、いいけど」

そんな急拵えの言い訳もあっさり信じ、許してしまう咲弥はかなりちょろいが、そこが可愛いところでもある。

「そういや、今日はバレンタインだろ。お

前チョコたくさん貰うんじゃないの?下駄箱開けたらばーって落ちてくるみたいな」

「今どきそんな漫画みたいなこと、ないない」

はははと笑いながら、空っぽの靴箱を見せる。

「ほらね?」

「おかしいなあ。お前のモテ具合だったら今頃戦争かと思ったのに」

納得がいかないというように考え込んでいるが、湊斗はやはり早く来ておいて良かったと胸を撫で下ろした。


放課後、教室の入口から伝言を言付かったクラスメイトが湊斗を呼ぶ。

「お前に用だって」

今から湊斗は咲弥と帰るという最高に楽しいイベントが待っているというのに、心底面倒くさいという気持ちを必死に顔に出さないようにして、咲弥にごめんね、待っててと声をかけた。

廊下に出てみると、呼び出した人物は案の定ラッピングされた箱を持っていた。相手が一言も発しないうちに先手を打つ。

「僕、好きな子からのバレンタインチョコしかいらないんだ」

「……ご、ごめんなさい」

感情を一切込めず冷たく言い放つと、女の子はショックで最初言葉が出ないようだったが、沈黙の後咄嗟に謝った。

「こんなつまらないことで二度と呼び出さないでね」

咲弥以外に割く時間は一秒だってない。


教室に戻ると可愛い可愛い咲弥が素直に待っていた。

「咲弥、ごめんね!」

「な、バレンタインチョコだっただろ!」

興味津々に悪意なく聞いてくる。湊斗が欲しいのは咲弥からのチョコレートだけだというのに。

「えー、委員長会の呼び出しだった」

残念そうな演技なんてお手の物だ。

「誰からもチョコを貰えない可哀想な僕に何か恵んでよ」

「そう言うと思った。ほら、これやる」

昨年もこの手で彼からのチョコを見事に手に入れてみせた。

「ホワイトチョコだー!」

「お前好きだろ」

「しかも手作り!」

「去年手作りがいいって言ったから……」

「すごく嬉しいよ、ありがとう!とっても大事にする」

この喜びだけは本物だ。今日ずっと欲しかったもの。

「……食べろよ?」

そのまま飾りそうな勢いで目をきらきらさせて言うので、咲弥は一応釘を刺しておいた。

「……うん」

言われた通り飾るつもりだったので、しばらくチョコレートを見つめたまま頷いた。

「やっぱり持つべきものは親友だね。大好きだよ、咲弥」


いつかこのホワイトチョコもろとも、咲弥を手に入れてみせようと湊斗は誓った。

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