Finder-覗くと見える煌めき
よっちい
海と瞳と花火は輝く
「わー! ママ、見て! 綺麗!」
「こら。柵に近づき過ぎないのよ」
隣から聞こえてくる親子の声に耳を傾けながらシャッターを落とす。これじゃない。構図が悪いのか、光の加減が悪いのか。シャッタースピードか、露出か。撮った写真に納得出来ず、何度も撮り直す。
構図を少し変える。山の中腹の展望デッキから一望する画を少し望遠にして、海と太陽をズームしてシャッターを落とす。
シャッターを落とした後、時が止まった気がした。実際には止まっていないのかもしれないが、先ほどの親子の会話が不自然に途切れた気がした。僕自身の体も動かず、ファインダーを覗いたままになっている。
不思議なことに、ファインダー越しに見えている海は波の動きで太陽の光を反射してキラキラと光っている。動くはずのないその景色は僕のファインダーの中で確かに動いているのだ。その景色に吸い込まれるようにファインダーを覗き続けると、風切音とかもめの鳴き声、船の汽笛が聞こえてきた。
おかしい。周りの音が聞こえなくなっているはずだ。急にそんな音が聞こえ出し、ファインダーの中の海を1隻の漁船が通り過ぎていった。
次の瞬間、ファインダーから目を離すことができた。隣にいた子供は眼下の街を滑るように走っている電車を指さしていた。
「ママ! 電車! ぱーんって鳴った!」
「あら、ラッキーね。走ってるわねー。きっとあなたに挨拶してくれたのよ」
親子が景色の中で着目していたのは電車。僕が耳にした船の汽笛ではなく、電車の警笛だった。
そのことで船が居ないか海に目をやる。しかし、米粒ほど遠い船しか見えず、あの大音量の汽笛を聞くことができる距離では全くなかった。
僕の頭の中では、あの漁船と汽笛が離れずにいた。あまりに気になるので、展望デッキを後にしてバスに乗る。目的地は展望デッキから見えた漁港だ。乗ったバスは僕と同じように麓まで降りる客がいくらか居た。皆旅行で来ていることもあり、楽し気に話している声がぽつぽつと聞こえる。
空いている席に腰かけて、移り行く景色を見る。景色を眺めていてもあの光景には敵わず、ずっと頭から離れない。漁港に着けば何か分かる気がしてバスの案内板をチラチラと眺めていた。
「次は、漁港前。漁港前でございます。市場と直送販売所をご利用のお客様はこちらでお降り下さい」
バス停に到着して、握りしめていた小銭と整理券を回収箱へと入れ、飛び出すようにバスから降りた。どこに行けば漁船が見えるだろうか。
関係者以外も入って良さそうなところを探し海の際まで来た。海釣り用のチャーター船が帰ってくるのが見えた。
これか? この船なのか? 恐る恐るファインダーを覗く。しかし、さっきファインダーの中で見た景色ではなかった。色味、輝き、漁船の形、写る全てが違っていた。
ぶおおと、展望デッキで聞いたものよりはるかに大きい汽笛が聞こえた。音が大きくびっくりしたが、すかさずカメラを構える。
左から流れるように来た船を見て、ファインダーを覗く。覗くと同時に、漁船がまた汽笛を鳴らす。今見ているファインダーの中の景色は、さっき展望デッキで見た景色と限りなく似ていた。特に、キラキラと光る水面はさっき見た光景と全く同じだった。
世の中の大半の人にこの話をしたら「そんなことあるわけがない」と相手にもしてくれないだろう。だが、僕は「近い未来の景色を見た」とこの時初めて理解した。
それから休み明け、夏の日差しを焼かれるように浴びて学校へと足を運んだ。何ということもなくすっかり夕空になる。そして、放課後に写真部へと足を運ぶ。今日の部活では、校内で写真を撮るという話で固まった。今週末から始まる夏休みには何度か集まって撮影するタイミングも設けると顧問の先生も言っていた。今日はそのウォーミングアップらしい。
先生曰く、「高二の夏が最後の夏休み」ということらしいから、楽しむための準備だと言われ僕を含め、写真部員たちはいつもよりやる気に満ち溢れていた。
木や夕焼け、人気の無くなった昇降口などを撮り、校内のあちこちを練り歩いた。いくらか歩いては窓から見える下校途中の人達を夕日を背にして撮ってみたり、声を出して頑張っている運動部を撮ってみたり、一時間ほどで結構撮ったものの個人的に全く満足いかない。人がいないことをいいことにうんうんと唸っていた。
「石和? こんなところでどうしたの? そんな難しい顔して」
「甲斐さん? そっちこそ。もう放課後だよ?」
「私は先生に頼まれて少し手伝ってたんだよ。そっちは部活? あんまりいい写真取れなかったの?」
「そうなんだよ。なかなか納得いかないんだ」
甲斐里美。同じクラスの出席番号で座った学期初めに隣の席だった女の子。何気ない話でもお互いそれなりに盛り上がっていて、話に花が咲くと時々放課後の教室で駄弁っている。頼まれると比較的ほいほいと受け入れてしまうので、今日も先生に捕まっていたようだ。
「先週撮った海の写真があんまり綺麗で、あれを超えられないんだ」
「見せて! ……綺麗。確かにこんな綺麗なの撮ったら今日校内で何か撮ってもいい写真に巡り会えないね」
「夏休みはいい写真撮れるとこ探すしかないなぁ。文化祭のネタも欲しいし」
「この海で撮るなら、今度の花火大会は?」
「いいね。でも一緒に行く人がいないからパスかな」
「じゃあ私と行こう」
あまりにも突然のことだった。普段駄弁っているだけの同級生が僕なんかを花火に誘ってくれた。でも、これを逃すと花火の写真が撮れないかもしれない。実質高校最後の夏休み。楽しんだもの勝ちだろう。
「いいの? 僕なんかで」
「私が誘ってるんだよ?」
「それもそうか。じゃあ、お願いします」
「こちらこそ!」
こうして僕は、夏休みに女の子と花火デートをすることになった。
そして、夏休みに入ってすぐ花火デート当日となる。甲斐さんが浴衣を着たいらしく、夕方から落ち合うことになっていた。言われた通り、駅前で甲斐さんを待つ。やはりというべきだろうか、改札から出てくる人達のカップル率が異常に高い。僕達も今日はそういう風に見られるのだろうか。
甲斐さんは男子から結構人気がある。その割に告白されても付き合うまでに至ったケースは一度もないという。そんな結構モテる甲斐さんと出かけるわけだし、隣に居ちゃいけないような男にならないように気を付けよう。こういう場だと、同じ高校の人だって少なからずいるだろうし。
「ごめーん! お待たせー!」
改札から、下駄をカタカタと鳴らしながら小走りでやってきた甲斐さん。青ベースの浴衣に大きい朝顔が全身に咲いている。暑い時期なのにとても涼しそうに見える柄だ。髪も普段は結ばないか結んでもポニーテールとか低めの二つ結びとかなのに、今日は浴衣に合うようにまとめた髪を髪留めで挟んでいた。少し視線を落とすと色白の甲斐さんの首がスラっとしているのが見え、甲斐さんに聞こえるんじゃないかってくらいドキッと心臓が跳ねた音がした気がする。
花火効果恐るべし。祭りに浴衣に美少女の首は、恐ろしく人をドキドキさせてくる。そしてこの後は綺麗な花火が見れるアフターサービス付き。まるでフルコースのディナーだ。
「甲斐さん。浴衣、すっごい綺麗だね」
「あ、ありがと……。褒められるのは超嬉しいけど、なんか恥ずかしいね」
「あ! ごめん!」
「いや、いいのいいの! 嬉しかったから!」
「そっか! じゃ、じゃあ行こうか」
率直な感想を述べた結果、二人揃ってたじたじになる始末。改札からはどんどん人が出てくるので、見る場所が無くなる前に会場へと移動する。
「石和が花火の写真撮るだろうと思って、場所リサーチしてたんだー!」
「え、そうなの? ありがとう。僕全然調べてなかった。空いてる場所から撮れたらいいやって感じでいたし」
「せっかく来てるのにもったいなくない? 石和が特に決めてないなら、私が見つけたところに行くことにしよう!」
「ありがとう! そうさせてもらうよ」
「じゃあ、屋台でご飯とか買ってこ?」
それから僕達は、あっちこっち屋台を見た。目の前の屋台がさっき通った屋台で打ってるじゃがバターより値段が高かったり、変化球と言わんばかりのチョコバナナならぬチョコイチゴがあったり。チョコイチゴに関しては絶対冬に売った方が売れそうなんだけど。定番のお面や綿菓子、焼きそばにたこ焼き、お好み焼きに金魚すくい。
どこを見ても楽しそうに買い物する人や、屋台を見ながら話して笑っている人、屋台で働いている人達も生き生きとしており、いよいよ祭りに来たぞという雰囲気に飲まれた。
「ねぇ石和。まだ写真撮ったりしない?」
「うーん。人も多いし、今のところはいいかな」
「じゃあ、はぐれたら困るし、手、繋ご?」
「そうだね」
そう言って繋がれた手は僕よりもずっと小さく、男の僕とは全然違う柔らかさだった。そして、何よりも温かい。夏だから暑苦しいかもと思ったけど、そんな心配は杞憂に終わった。この手を離すのが惜しく、少し力を込めて握って感触を確かめた。
それから、目ぼしい屋台を見つけては止まって買うか買わないかで吟味し、それが済んだらまた人の流れに戻るを繰り返す。ただ、繰り返している間、僕と甲斐さんの繋いていた手はお会計の時以外離れることはなかった。手に汗をかいている気がするが、きっとこれは暑い夏と熱い祭りのせいだろう。
一通り買い物を済ませた。荷物は僕が全部持っていたが、量が増えたこともありさすがに重くなってきた。そう思った頃には、僕達の足も止まった。
「着いた! ここだよ、ここ!」
改めて周りを確認すると、少し高台になっている場所だ。漁港から西側へ行ったところにこんもりとある山だ。以前行った展望デッキほど高くはないものの、ここも海を見るには持ってこいの場所だ。だというのに、人はそんなに多くない。これからまだまだ来るのかもしれないが、メイン会場よりは落ち着いている。
「そっか。この山は確かにいい写真が撮れそうだね」
「でしょー? 私が見つけておいたんだから!」
「ありがとう甲斐さん」
「里美」
「え?」
「私も真って呼ぶから。今日の、今の時間くらいそう呼んでくれない? もう手も繋いで来てるんだし、せっかくだから雰囲気が欲しい」
「わかったよ、里美」
もうまるでカップルだ。僕が隣で他人の会話を聞いていたら、絶対そう思う。でも、せっかくのお願いだし、せっかく手も繋いでここまで来たし、何より校内でモテている甲斐さん、いや里美と仲良くできるというのは個人的にも嬉しい。
「里美。あっち空いてるよ」
「じゃあ、あそこにしよっか」
こうして無事に見る場所も確保できた。空はまだ明るいが、心なしかいつもより夕焼けが赤い気がした。
「レジャーシート持ってきてよかった。これ使っていいからね」
「真ありがとう! じゃあ、遠慮なく座らせてもらうね」
レジャーシートを広げるといっても、あまり大きすぎるとこれから来る人達の邪魔にもなるので二人で座って肩が多少擦れるような広さに留めておく。食べ物や飲み物は足をずらすことでなんとか置けるような形に。
「花火始まる前に食べちゃおうか」
「そだね」
僕達はさっき屋台で買ってきた焼きそばとたこ焼きを食べつつ、花火大会の開始を待っていた。祭りの屋台で買う焼きそばとかたこ焼きがなんでこんなに美味しく感じるのかは日本人の一生の謎な気がしてならない。何ならこの現象に名前を付けたい。
「真。はいあーん」
里美はたこ焼きに爪楊枝を刺し、僕の口へと向けてきた。鉄板と言えば鉄板だけど、これを食べるのはやや恥ずかしい。とはいえせっかくやって貰っているあーんを無駄にはできない。
「ん。美味し、あっつ! はっはっ」
「あははー! もうー気を付けてー!」
さっき買ったというのに、中はしっかりと熱いままだった。暑いたこ焼きをはふはふすると口の中で冷ませるというが、はふはふとはさすがに声が出せないため、まるでワンコのようにはっはっとなった。里美的には面白かったらしい。
「次は少し冷ますね? ふー、ふー」
里美のふーふー付きたこ焼き。お値段、時価。だけどびっくり本日に限り大特価、実質ゼロ円です。テンションが上がりすぎて、里美のふーふー待ちの間にとてつもなくどうしようもないことを考えてしまった。そんなふーふーたこ焼きをいただく。程よく冷めていることもあり、シンプルに美味しい。その上、ふーふー効果で美味しさ二倍といったところだろうか。
「里美全然食べてないでしょ? 僕からもどうぞ」
「ありがとー! んー! 美味しいー!」
元気良くたこ焼きを頬張って、噛む度に笑みがこぼれていて、見てるこっちまで食べたくなるような美味しそうで幸せそうな食べ方だった。それにしても画になる。
そこでハッとし、急いでカメラを取り出す。あまりの慌てっぷりに里美に心配されてしまった。
「もう一個あげるよ」
「ほんと? じゃあいただきます!」
もう一つたこ焼きを食べさせてあげると、やはり最初と同じように顔を綻ばせて、幸せそうに美味しそうに食べていた。
シャッターを落とした。
とても美味しそうにたこ焼きに舌鼓を打つ里美。浴衣姿で綺麗な姿勢でいた彼女は、まるで絵画のように綺麗に写真に収まっていた。
「あ! 撮るなら言ってよー! 決めポーズでもするのにー!」
「自然な里美が撮りたかったんだよ。ごめんごめん」
「そっかー。自然な私か。じゃあ、仕方ないね! いいよ。どんどん撮って!」
それからしばらく、里美にも許可を貰った通り、美味しそうに焼きそばを食べながら僕に話しかけてくる表情をたくさん撮った。一枚一枚がすごく幸せそうな画となっていて、撮っているこっちまで幸せになりそうな顔だった。シャッターを落とす度に僕も自然と笑みがこぼれた。
それから、里美に被写体になって貰っていると轟音が鳴り響いた。音の方向を見ると夜空に輝く大輪を次々に咲かせていた。
「花火! 上がったよ!」
里美も嬉々とした声を上げ、花火を見始めた。赤、紫、青。次は緑にオレンジ。様々な色の花火が打ち上がり、あちこちからおおっと声上げてリアクションしているのが耳に入る。僕や里美も思わず声を上げていた。
「真? 写真はいいの? すっごい綺麗だから見入っちゃうのもわかるけど」
「そうだった。あんまり綺麗だから、つい見惚れてた」
「私に?」
「い、いや、その。どっちも?」
「……そっか」
こっちまで恥ずかしくなる。ただ、夏の花火デートを絵に描いたようなやり取りができて少し嬉しい僕もいる。実際、里美がいつも以上に綺麗なのは全く間違いではない。本当のことを言っているだけだ。
そして里美に言われた通り、打ち上がる瞬間を狙ってシャッターを落としていった。なかなか上手く撮れない。写真自体は綺麗だが、何かが足りない。
息抜きに花火を見て、また花火を撮って。繰り返しているうちに花火は一旦小休止となった。
「どう? 撮れた? 見ていい?」
「どうぞ」
「すごっ! 超綺麗じゃん!」
里美的には気に入ってくれているようだ。しかし、僕が撮りたい、目指している写真とはかけ離れていた。もちろん、それなりにはいい写真が撮れていると思う。だけど、どの写真もしっくり来ない。綺麗だけど、何かが足りない。彩り? 光? 構図? 何が足りないのかは僕自身にも分からない。
「まだなんだよね。褒めてくれるのはすごく嬉しいけど、僕の納得のいく一枚がまだ撮れてないんだ」
「そっかー。こういうのはフィーリングだし、なかなか難しいよね」
フィーリング。感情。感性。足りないものの一つとしてフィーリングだと思った。だけど、そのフィーリングの何が足りないのかは分からない。
「里美の思うフィーリングってどんなもの?」
「んー。そうだなぁ。こういう場だったら、雰囲気とか情緒とか風情とかかな?」
花火を撮る。それ自体は夏を連想したり、綺麗な画であることを認識出来たりする。ただ、それ自体は良い。どんな風に花火を撮っても、その認識や連想は皆出来る。僕が欲しいのは心躍るワンシーンだ。
花火だけを撮ろうとしたことがいけなかったのだろうか。そう思うと、そんな気がする。
「とりあえず、一緒に花火見ながらもう少し撮ってみるよ」
「そっか。じゃあ、せっかくだし綺麗な花火をしっかりばっちりカメラに収めてね? 任せたよ?」
「はい。任されました」
ここから第二幕が始まる。空に上がっていた花火だけでなく、水面に映ることで円を描く半円形の水中花火も加わりだした。打ち上がっている方向の上を見ても下を見ても大きな花が咲いていた。
時には上に上がった花を一際目立たせるために水面に咲く花は控えめに。逆に、水面に咲く花を魅せたい時は、空に咲く花は葉や茎のように花に添えているような開き方をしていた。
「綺麗だ……」
「ほんと、綺麗だね……」
思わずリアクションが無意識のうちにこぼれた。こういう綺麗さが欲しかったのだろうか。里美も釣られて花火に見惚れながらリアクションしていた。
ファインダーを覗き、花火に向かってシャッターを落とす。さっきより臨場感もあるし、明るみもいい感じ。でも、まだ何か足りない。構図もこれで良いような悪いような。
そんな風に思いながら、観察するようにしつつ水中花火も含めたプログラムを楽しんだ。始まりから終わりまでずっと綺麗だった。そして、第二幕は終了となり、また小休止となる。
「また見ていい?」
「いいよ」
「すごい。最初のもいいけど、こっちの方がすっごい綺麗だよ」
「ありがとう。僕も今のプログラムのやつはそこそこ撮れた気がする。でも、まだなんだよね。何か足りなくて……」
「んー。なんだろうね」
二人とも真相には辿り着かず、第三幕の始まりとなった。今度は水中花火は上がらず、大きな花火を数発上げるタイプと小さな花火をマシンガンのようにどんどん上げていくタイプの混ざり合ったプログラムだった。
大きな花火は二尺玉まで上がるようだ。尺玉は上がる時に遠くからアナウンスがぼんやりと聞こえてきたので、カメラも構えやすかった。
真ん中に一枚、バシッと大輪が咲いた様を撮る。そのまま連続でシャッターを落とし、咲いた花が垂れていく様もしっかりと抑えた。一輪の大きな花を綺麗に収めることが出来た。
小さい花火の連続打ち上げもシャッターを連続で落とすことでたくさん撮れた。画格いっぱいに広がる細やかで色鮮やかな花達。青の上に赤、黄色の上に紫。色とりどり。大きな花火と違い、一枚の画格の情報量は非常に多い。これもこれで夏を代表する写真になりそうだった。
だが、まだ足りない。やはり構図か。構図が足りない気がした。里美に許可は撮ってないが、花火と一緒に里美の写真を撮ろう。そう思った途端、第三幕は終わってしまった。
「すっごいね、今のプログラムも。写真の方はどう?」
「見ながらところどころ撮ったよ。さっきまでより更に良くはなってる気がする」
「おー! すご! 超綺麗! さっきまでのも綺麗だけど、今撮ったやつも超良い!」
里美さんのお墨付きを貰った。僕の中では納得いってないは変わらない。
「これでおしまい?」
「いや、まだ撮るよ」
「そっか。じゃあ次のプログラムだね」
第四幕が始まった。今までよりストーリー性がある。最初は第一幕のようにそれなりの花火が打ち上がる。見ている人達のリアクションも第三幕の最後よりはいくらかボルテージが下がっていた。
段々と、大きな花火も打ち上がる。最初よりはリアクションする声も大きくなってきた。だが、まだ第三幕の〆の花火よりはボルテージが低い。
そう思っていた矢先、どんどんと発射する数を増やしていき、空のあちこちに花が咲き出した。観客もあちらこちらから、おお! という声が聞こえ出す。
ここらが狙い目だろうと、僕はカメラのシャッターを落とし始めた。連射してとにかくたくさん収める。肉眼でも綺麗だが、ファインダー越しでもとても綺麗だった。
そして、いくらか撮っていると、水中花火も上がり出し、フィナーレが近くなってきた。とにかくあちこちから大輪や色鮮やかな花が咲き、時には垂れて余韻を残すがその上からまた花が咲く。咲いては散ってを繰り返していった。
そして、第三幕でやろうと思っていた、里美と花火の構図を試し始める。構図が難しい。里美を後ろから撮って背景に花火というのも考えたが、物理的に難しい。
そこで僕は、里美だけを撮ることにした。
ただ里美を撮る訳ではない。里美を撮りつつ、里美の瞳に映る花火を狙うのだ。撮られようとしている当の本人はこちらからカメラを向けていることには気づいていない。あんまり綺麗な花火なので見惚れていた。僕としては好都合なので、綺麗に写る瞬間を狙ってシャッターを落とした。
次の瞬間、時が止まった感覚に陥った。そう。あの時展望デッキで感じた状態だ。僕自身も動かないが、音すら聞こえない。夜空や水面に咲く大輪の音すらそれを見る人達のリアクションすら聞こえないのだ。
周りに意識をやっていたが、何も解決はしない。そして今見えている景色はファインダー越しの里美の顔。そして里美の瞳に映る花火。さっきまで見ていた花火の何百倍も綺麗な花火が映っていた。その花火は里美の瞳の中でキラキラと煌めいていた。
あの展望デッキで見たキラキラと同じだ。キラキラと光る花火があまりにも綺麗過ぎて、目が離せない。その花火に吸い込まれそうだった。
「ねぇ、私のこと、好き?」
ファインダーの中の里美はそんな風に僕に尋ねてきた。そんな質問をされドキッとする。今日はまるで恋人のように花火大会デートを楽しんでいた。これで好きにならない人が居ればその人は多分里美以外に好きな人が居る。それに、僕は放課後に何気なく残って話す時間や時々見かけては声をかけてくれる里美が元々気になっていた。だからこそ、そんな質問をされたら返す言葉は決まっている。
ドゴンッと二尺玉の音が鳴る。その音で周りのおおっというリアクションが聞こえ出した。そして、シャッターが連続で落とされた。たくさんシャッターを落としていたので、里美も音に気付き段々とこちらを見る。そして、にこりと笑ってまた花火へと顔と視線を戻した。
ファインダーから目を離す。そして、里美の顔を見る。さっきファインダーで見た画格と一緒だ。思い出して、里美の目を見る。やはり里美の目にはキラキラと花火が輝いていた。
「ねぇ、私のこと、好き?」
さっき聞いたはずなのに。なのにどうしてこんなにドキドキしているのか。ファインダーを覗いていないのに、花火の音が観客の声が聞こえない。里美の声だけが僕の中に響いていた。
「ずっと。ずっと好きでした。何気なく声をかけてくれて、時々放課後に下校時間まで話して、今日みたいに誘ってくれたことも。笑ってる姿や楽しく話す時間がすっごい好きだった。いや、好きです。大好きです。だから、僕と付き合ってくれませんか」
「遅い。遅いよ、真」
「それって……」
そうだ。この甲斐里美は校内でたくさん告白されている。断っているという話だが、それはもう彼氏がいるということだったんだろう。だから、遅かった。というわけだ。
やってしまった。振られたことの恥ずかしさよりも、もう一緒に居られない寂しさ、悲しさの方が増してしまい泣きそうになる。
「……やっと言ってくれたね。私も真のことが好きです。だから付き合ってください」
僕は思わず目を見開いた。里美が告白をずっと断っていたのは、彼氏がいたからではなかった。里美もまた、僕のことを好きで居てくれたんだ。それで他の誰とも付き合う気が無くて断っていた。それを今、里美の声を、里美の言葉を聞いて納得した。
理解した上で里美の目を見る。お互いに涙目になっていた。しかし、里美の涙目に映る花火はさっきよりもずっと綺麗でキラキラしている。宝石だと言われたら、納得できそうなくらい綺麗に煌めいていた。
この前覗いたファインダー、そして今日里美を見たファインダー。それはどちらも、今日の今この瞬間のために写し出されていたのかもしれない。
幸せを見つけるファインダーとでも名付けようか。このファインダーの不思議な現象がまた何かの機会に訪れることを願って、花火と共に輝く里美の最高の笑顔をこのファインダーで覗いてシャッターを落とす。
「里美。これからもよろしくね。それと、見つけたよ。僕の求めていた一枚」
Fin
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