あの夏
結望人
伝える義務と知る義務
「カキーンッ」真っ青な空へ浮かび上がった白が、そのままレフトスタンドへと吸い込まれていくように消えていった。ホームランだ。「ガタッ!」打った瞬間、私は思わず立ち上がりボールの行方を追った。ボールがスタンドへ消えていった瞬間、歓喜の声を上げそうになったがぐっと堪え、スタンドで1人手が痛くなるほどの拍手を送った。ホームランを打ったのに声は1つもない。夏の大会の代名詞ともいわれるブラスバンドも、チアリーディングも、観客も、ウグイス嬢も、全てない。聞こえるのは選手たちのかけ合う声とバットがボールを捉える音だけ。まるで何か別の競技を見ているようで、あの夏の球場は不思議な雰囲気に包まれていた。
代替大会でスタンドで1人見守り、祈って応援することしかできずにアナウンスもブラバンも声援もない。選手の声しか聞こえない球場で、1人だけ離れたところで終わったあの夏。あの日のことを私は忘れないし、忘れてはいけないと思う。あの日の私と同じ経験をする人もこの先現れてはいけないと思う。
先輩たちが引退し、この先自分はどうすればいいのか分からなくて怖くなった。先の見えないコロナ禍。コロナ禍での野球部。最上級生としてのマネージャー。マネージャー1人で女子1人。怖いし不安でたまらなかった。先輩の存在の大きさに改めて気がついた。ずっと甘えすぎていたことに気がついた。何から始めればいいか分からなく怖くて、ちゃんと仲間に入れてくれるか心配で、1人でみんなを支えていけるか不安で、でもやるしかない。最後まで支え続けると決めたから。怖いし心配だし不安なことだらけだったけど、1人で回りきらないことも多いと思うけど、一生懸命頑張ろうと心に誓った。
あの誓いを立てた日から概ね1年。なんとか1人でやって来れた。これも1人では決して為し得なかったことだ。みんながいたから、仲間がいたからやって来れた。先の見えないコロナ禍。制限された中の部活動。1人きりのマネージャー。全て仲間のおかげだ。
2021年。第103回全国高等学校野球選手権大会は無事開催された。ブラスバンドや声出しでの応援の禁止。入場制限などもされたがなんとか有観客で試合を行うことができた。もちろん球場アナウンスもあった。ほんの2年前までは当たり前だった光景。でも、私たちはそれが当たり前ではないと知った。当たり前がどんなに幸せなことかを知ることができた。
新型コロナウイルスによる影響は色々なことに変化を起こした。だが、私は決して悪いことだけではなかったと思う。“当たり前“の有難さに気がつくことができたから。でも、もう誰にもこの辛い経験をして欲しくないと思う。私たちだけでいい。そのかわり、経験してない人は知る義務があると思う。思うように活動ができなかったあの夏を。そして、経験した私たちには伝える義務がある。この経験を如何に今後の将来に活かしていくか、それがとても大切だ。
あの夏を経験したから分かる。辛く大変な時期を乗り越えた私たちは、きっとこれからどんな困難が立ちはだかろうとも勇敢に立ち向かっていき、打開することができるだろう。あの夏を経験した者として…。
あの夏 結望人 @hope_n
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