第49話 花よ、どうかその美しさで俺に力を貸してくれ


「出撃!」


 落下が始まるとすぐに蓮太郎はデアクストスを操作して、抱くようにして固定されていた貨物列車用のコンテナを肩に担ぎ直した。そして、落下しながら扉の開閉ボタンを押した。

 前後の扉が一気に開き、箱が四角い筒になる。そしてその筒からは落下の風圧に押し出されて、


 花が空に舞い上がった。


 蓮太郎がこれまでの人生で、無駄遣いもせずにコツコツ貯めた貯金は、コンテナいっぱいの花になってものの数秒で空に散った。

 デアクストスは花の舞い散る中、着水した。花はまだまだ降ってくる。

 空を見上げ、攻撃に応えようと剣を掲げた紅金は結局ただ立ち尽くしたまま、降り立った白いデアクストスと対峙した。花は紅金にも降り注ぐ。

 紅金は巨大なデアクストスよりひとまわり大きく、見上げるほどだった。その前で見ると、コンテナいっぱいの花もささやかなものだ。直に見た時はものすごい量だと思ったのだが。

「見てもらえたかな」

 蓮太郎は紅金を見た。紅金は動かない。花の量が足りなかったかな、と蓮太郎が思った時、輸送機が頭上を飛んだ。

 何事かと思って空を見ると、輸送機の後部ハッチが開いてまた花が降ってきた。

「私の分です」

 あやめが涼しい顔で言った。蓮太郎は呆れ、吹き出した。

「あやめさんも無茶するね」

 蓮太郎は紅金を見た。紅金は動かないが、戸惑ったように花を見ている。

 海が花でいっぱいになった。

 デアクストスはゆっくり紅金に歩み寄り、握手をするように右手を差し伸べた。紅金は同じだけ下がった。デアクストスはなおも歩み寄った。

 どうか、話を。一緒に生きる道を考えよう。

 蓮太郎は祈った。リボンの向こうで、あやめもそう思ってくれているはずだ。

「何をやっている、戦え!」

 スピーカーからは誰かわからない男性の怒鳴り声がする。少し離れて聞こえる笑い声はファウストか。大声を出して聞くような男なら僕が出している、だそうだ。蓮太郎は少し笑った。


 俺はこれで戦っているつもりだ。だから、いい。


 紅金と白いデアクストスは、しばしそのまま向かい合った。蓮太郎は相手の手を待った。

 金の持つ剣が振り上げられる。はっとしてデアクストスは体を捻った。

 剣は迷わず振り下ろされ、さらにデアクストスを追ってくる。かわし切れずにデアクストスは盾で防ぎ、衝撃によろけた。

「混乱しているけれど、怒っているわ」

 あやめが相手の感情を伝えた。

「触れた瞬間だけ、少しわかる気がする」

「わかった、ありがとう」

 蓮太郎は追撃を何とか受け流しながら答えた。距離を取らなければまずい。

 デアクストスは大きく後ろに跳んだ。紅金が突っ込んでくる。

 金の剣がデアクストスに襲いかかった。デアクストスは剣で受けた。

「苛立っているわ。すごく怒っている」

 切り結びながらあやめが紅金の心を伝えてくれる。相手の剣は重いが、何とか受けられる。動きは直線的だ。

「蓮、一発殴りましょう。こちらが強いとわからせれば少しおとなしくなるかもしれません」

 あやめは意外に物騒なことを言った。そんな面もあるのか、あまり怒らせないようにしようと蓮太郎は心に誓いながら、確かに何故か紅が出てこない今ならそれも有効かと思った。

「よし、殴ろう」

「ええ、待っていたわ」

 あやめが不敵に笑う。

 デアクストスの出力がぐんと増した。力の使い方がわかったとあやめが言っていたのはこういうことか。蓮太郎は急な変化にしがみつき、ぐっと腹に力を入れた。どんなに暴れても制御してみせる。白く輝くデアクストスの表面が、更にじわりと光をまとう。

 そこだ!

 蓮太郎は金が振りかぶった剣を追うように飛び上がり、狙いすまして渾身の力で剣を真横に振った。

 縦の動きに突然横の力を加えられ、金の剣が弾かれて海に落ちる。デアクストスはそのまま金の肩を蹴った。体勢を崩していた紅金は更に大きくよろめき、その隙にデアクストスは落ちた剣を拾って沖に向かって投げた。

「怒ってるけど戸惑ってる」

 あやめは少し笑った。しかしふと止まって、言った。

「間に合わないのにって思ってる」

 まただ。間に合わないって、何のことだ。

 剣を失い、金は空になった手を握りしめた。紅の剣は動かない。

 デアクストスはもう一度、剣を左手に持ち替え、右手を差し伸べた。こちらの利き手が右だということも伝わったはずだ。


 手を。手を、つないでほしい。


 紅金は左の拳を握りしめたまま、静かに佇んでいる。蓮太郎は頼む、と操縦桿を握りしめた。

 紅金が微かに動いた。蓮太郎は紅金を見つめた。

 紅の持つ剣が、すっと正眼に構えられた。

 これは、真紅が戦う前にしていた動きだ。映像を思い出して、蓮太郎はリボンを握りしめた。望みを失いそうになりながら祈る。

 お願いだ、手を。

「蓮!」

 あやめの声で蓮太郎は剣を持ち替え、何とか紅の剣を受けた。紅金はそれでも何度も剣を打ち込み、肩をぶつける。

あやめはその度に小さく悲鳴をあげた。今、デアクストスはあやめだ。ひとまわり大きな相手に体当たりされただけでもずしりと衝撃がくる。

「あやめさん!」

 たまらず蓮太郎は下がった。速さはまだこちらの方が上だ。紅金が追ってくる。デアクストスは回り込み、剣を避けた。

 あやめは必死に息を整えた。

「蓮、見えそう、何か、もっと近付いて!」

「でも、あやめさんが」

「大丈夫だから、お願い!」

 デアクストスが盾ごと紅金に突進した。紅金は避けずに受け止め、盾の上からでもお構いなしに剣を振るってくる。

「上と、後ろ!間に合わない理由はそれよ!」

 あやめが叫んだ。

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