第42話 とっておきの期間限定練乳たっぷりホイップクリーム桜餅&蓬餅のいちご大福味


 蓮太郎はようやく自覚した。

 俺はあやめが好きなんだ。


 それでもいいんだ。


 それを認められなくて、言い訳を探していた。カンナを、イリスを、佐々木を裏切るような気がして。

 しかし、あやめを好きだと思っても、カンナへの、イリスへの、佐々木への思いは変わらない。少しは変わるけれど、よく考えたらイリスと佐々木への思いはやっぱり結構変わるけれど、でも。

 蓮太郎はやっぱりカンナが好きだし、あやめを愛するイリスと佐々木が好きだ。

 その思いを全て引き継いで、あやめを大切にしたいのだ。少し変わっているかもしれないけれど、それが蓮太郎の気持ちだ。それをただ単純に言ってしまえば。


 あやめが好きなのだ。


「弟も君くらいバカだったらな。端から死ぬつもりの男の愛なぞ重過ぎて黙って受け入れるしかないだろう。だが、君はいくらバカでもその弟が認めた男だ。魔女もこんなに短時間で心を開いた。次は君が魔女を受け入れる番だ。君ならデアクストスを動かして、帰ることができるかもしれない」

 ファウストは次のコーヒーを飲み干しながら、嫌そうに言った。

「ただし絶対に手は出すなよ。一線は越えるな。根拠は薄いが、結婚して力を失う魔女もまれにいるのだ。秀柾にも聞いているだろう。君如きにどうこうできるとも思えないが、一応魔力が何なのかはっきりわからない以上、あまり魔女の状況を変化させるのまずい」

 蓮太郎は聞いていないと思った。しかし確かに蓮太郎如きに何がどうできたとも思えない。そしてそれが本当ならとっくに誰かが試みているだろう。誰も自分の魔女が大切なのだ。蓮太郎は諦めた。


 それから、蓮太郎は迷ったが、尋ねた。

「ファウストさんは奥さんが亡くなって、弟さんも亡くなって、寂しくないですか。すがりたい人はいないんですか」

 ファウストはまたカップを投げ捨てた。このペースであちこちにゴミをばら撒いているのなら、この部屋はこれでも定期的に掃除されているのだろうか。そういえばそんなに臭いもしない。

「バカの愚問だ。僕は今するべきことを済ませてから、過ぎたことの対応をするのだ。悲しむことも葬式も後からいくらでもできる。まずは仇討ちだ。仕事だ。気持ちの整理も後回しにできてこその天才なのだ。君もさっさと魔女に謝れ。そして戦え」


 蓮太郎は苦笑した。

「俺はまだ自分が戦うことも、死ぬことも想像できません」

 そしてふと蓮太郎はファウストの前のモニターの、空と海の画面が動いていることに気付いた。青みが強くて、画面を守るための癒しの画像かと思っていたが、もしかしたらあれはデアクストスと敵のロボットの映像か。

「当然記録はしているよ。何かわかるかもしれないと思ってずっと流しっぱなしにしているのだ。インスピレーションはいつ降りてくるかわからないからな」

「俺にも見せてください」

 赤いロボットとデアクストスが、海の真ん中に小さく映っている。デアクストスの動きが、信じられないくらい速く、大きく、そして何だか変則的だ。

「それはイリスだよ」

「じゃあこれで片手で操縦してるんですか」

 蓮太郎は唖然とした。とても真似できない。

 赤いロボットが灰色に変色して、新たに金銀のロボットが降ってくる。デアクストスより大きい。

「その金銀が君の敵だ。イリスと秀柾が倒せなかった奴だ。しかし一太刀ずつはお見舞いしている。あとは君がとどめを刺せ」

 蓮太郎は思わず目を逸らした。画面ではまだデアクストスが飛び回っているが、この後イリスが死んでいくのだ。

 しかし、映像を見たら、もしかしたら突破口が開けるかもしれない。

 そのためにも、蓮太郎はあやめに謝ってデアクストスに乗らなければいけない。

「ファウストさん、今日は帰ります。今度俺にもこの映像を見せてください」

「君が見ても何ともならないとは思うがね。いいだろう、とにかくさっさと帰れ」

 ファウストはコーヒーのカップをまた放り出して面倒そうに手をひらひらした。

 蓮太郎は居住まいを正した。ファウストは嫌な顔をした。

「つきましては、たってのお願いがあります。あやめさんに謝るから、どうか一緒に来てください」

 蓮太郎は深く深く頭を下げた。ファウストは引いた。

「君はつくづくバカだな!誰が行くか」

「お願いします、ひとりじゃまた追い出されます」

「知るか、すがりつくな、気持ち悪いぞ!」

 蓮太郎はゴミの中に蹴り倒された。


 結局ファウストは来てくれなかった。その代わり、とっておきのアイスをくれた。普通の1人分サイズのカップアイスで、期間限定練乳たっぷりホイップクリーム桜餅&蓬餅のいちご大福味と表示してあった。全部食べたことのあるものなのに、味の想像がつかない。これであやめは許してくれるだろうか。

 蓮太郎は玄関前で大きく深呼吸した。そして、そっと扉をノックした。


 扉はすぐに開いた。蓮太郎が身の危険を感じて体を引かなければ、ぶつかってまたケガをする勢いだった。

「蓮!」

 涙でぐしゃぐしゃのあやめが飛びついてきた。

「もう帰ってきてくれないかと思った」

 蓮太郎はあやめを玄関の中に押し込み、急いで扉を閉めた。猫があやめの後ろでお尻をふりふりしながら虎視眈々と夜遊びに出るチャンスをうかがっていたからだ。

「ごめんなさい」

 あやめが蓮太郎にしがみついてべそべそした涙声で謝る。先を越されてしまった。蓮太郎はもう乾いてしまったタオルであやめの顔を拭いた。

「俺もごめんね、あやめさん。嫌なこと言ってごめん」

 あやめが頭をこすりつけるようにして首を振る。

「ちゃんとひとりで寝るから、台所で寝るの邪魔しないから、一緒にいて」

 あやめが懸命に言う。しゃくり上げながら涙声で言うからひどく不明瞭だが、何故か蓮太郎には伝わった。

 蓮太郎はあやめを抱きしめた。あやめは驚いたように動きを止めた。

「あやめさん、好きだ。だから、君とキスしても俺は後悔なんかしない。本当はさっきもそう言いたかったんだ」

 あやめがべしょべしょの顔をあげて蓮太郎を見る。驚いて、でもすぐには泣き止むことができなくて、目も頬も真っ赤な、涙でぐしゃぐしゃな、ひどく無防備な顔。

「あやめさん、キスしてもいい?」

「……うん」

 あやめは泣きながらうなずいた。蓮太郎はそっとあやめにキスした。

「今日は一緒に寝よう。手もつなごう」

 何度もキスをしながら、合間に話す。数度目のキスであやめはようやく緊張を解き、そっと体を任せながらくすぐったそうに笑った。

「どうしたの、何だか違う人みたい」

 あやめが蓮太郎の背中に手をまわした。蓮太郎もあやめの背中を抱いた。

「色々あって。ちゃんと話すよ」

「……何か冷たい」

 ふとあやめが背中を気にする。

「あ、アイス!」

 蓮太郎が手にしたままだったアイスが溶けかけて、あやめの背中に流れ始めていた。桜餅といちごの香りがする。

「これ、ファウストさんからもらったとっておきのアイスで、期間限定の」

「大変、早く冷凍庫に入れましょう」

「それよりあやめさん、背中が、床が」

 玄関先で大騒ぎする蓮太郎とあやめの間を、猫が存在感を示すようにわざとらしくぬるりとすり抜けて行った。

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