第43話 おやすみ魔女と操縦者と猫
その後あやめがシャワーを浴び直したり、蓮太郎もファウストの部屋のゴミの中に倒れたのでシャワーを使ったり、夜だけど半分になったアイスを分け合って食べたりした。
アイスの味は、全部食べたことがあるが混ざると何とも言えない感じで、蓮太郎は別々に食べた方がいいと思った。ファウストには今度、大事に取っておかないで話の種に楽しむ味です、と報告しておこう。
そんなことをしていたので、布団に入ったのは夜更けだった。確かに布団は2人でも使っても、このくらい寄り添えばそれほど狭くはなかった。
すぐには眠れなくて、布団の中で向かい合って手をつないで、ずっと話した。
人の手が、声が、こんなに心をやわらかくしてくれるものだとは知らなかった。
蓮太郎は部屋を出てからファウストに会って話をしたこと、それからカンナのこと、そしてあやめをどう思っているかを話した。
そばにいてほしいこと、そばにいたいこと。
あやめはお葬式ができて良かった、と言った。ずっとわだかまっていたことが、少しすっきりしたそうだ。
そして蓮太郎が優しくて、どこかのんびりしていて安心すると言った。それが恋人に対しての評価であるかどうかはともかく、あやめも蓮太郎にそばにいてほしくて、そしてそばにいたいと思ってくれていることがわかった。
猫が布団の上に陣取っている。猫の位置は2人のど真ん中だが、足元なのでキスには問題ない。
好きと言う言葉には色々な意味がある。カンナへの思いとあやめへの思いはやはり違う。それでも、あやめのことが大切だ。それが間違いないことが自分でわかったから、蓮太郎はあやめを心から抱きしめられる。キスも。だってお互い、世界で唯一の人だから。
あやめは蓮太郎の腕の中で幸せそうに微笑んだまま眠ってしまった。蓮太郎は薄い灯りの中で、その寝顔を飽きずに見ていた。
蓮太郎は背中が重くて目が覚めた。いつの間にか蓮太郎も眠っていた。背中がずしりと重いせいで腰に痛みがきている。腰ばかりではない。腕も肩も痛い。
こんなに細いあやめでも、数時間抱いていると体が痛くなるのか。
蓮太郎はあやめを起こさないように慎重に腕を抜き、はっとした。
背中の重みは猫だ。2人の間のくぼんだところに収まっていたはずなのに、蓮太郎の上に寝ている。お陰で体が動かせず、痛くなったのだ。
蓮太郎は手を伸ばして猫を押し退け、そっと体を起こした。ぎしぎしする。
時計を見ると、少し寝坊したがまだ朝と言える時間ではあった。昨日夜更かしした分、もう少しだけあやめと寝ていたい気もしたが、あやめが休んでいるうちにひとりでしたいこともあったので起きることにした。
ファウストに映像を見せてもらって、何か手がないか考えたい。
あやめはすっかり安心して眠っている。昨日は睡眠薬を飲まなかったが、これだけよく眠れたなら大丈夫だろう。
蓮太郎は着替えを済ませて書き置きをした。また食べ物の話ばかりになった。あやめの頬に軽くキスし、猫に留守番をよく頼んでそっと部屋を出た。
ファウストは忙しいそうなので、樋口が対応してくれた。話は通っていたようで、卓上用のパソコンだけが置いてある殺風景な部屋に通された。
「データは複製したものなので、雨野さんが操作を間違えても大丈夫です。安心していじってください」
蓮太郎はデータの開き方、再生したり止めたりといった操作の仕方を教えてもらった。
「では帰る時は受付に声をかけてください」
樋口は説明を終えると、これで仕事は済んだとばかりにすぐに部屋を出ていった。こういう機械が苦手な蓮太郎は少し心細かったが、壊してもいいなら大丈夫だろうと開き直る。
全てのデータを見ると時間がかかりそうなので、まずは相手だと言われた金銀のロボットのことを見ておくことにした。
イリスが出撃した回。赤いロボットの次に、金銀。
秀柾が出撃した回。動かないデアクストスと、傷だらけの金銀。
蓮太郎はため息をついた。
デアクストスを動かせたとしてもやはりイリスのような動きは難しいし、動かないデアクストスでは戦える気がしない。
でも、どこかに何かないか。
各データの最後の方は、一度は見たが、その後は繰り返せなかった。デアクストスが色を失う時は操縦者の命が失われていく時だ。
蓮太郎は何度目かの最初に戻ってぼんやりと赤いロボットを見た。戦い始める前に、不思議な剣の動作をしている。まるで試合前に礼を尽くしているような。
敵にも礼儀があり、感情があり、理由がある。
敵もつらい状況にあるのだろう。本当は共存できたらいいのに。
蓮太郎はふと思った。
こんなにすごいロボットを作れるんだから、もしかしたら空気清浄機なんてすぐに作れるのではないだろうか。ニュースで見た程度の知識しかないが、それがもし解決したらもう共存するのに問題はないはずだ。事情を話して頼んでみたら、戦わなくて良くなったりしないだろうか。
もちろんどこかでそういった交渉はしているのだろうが、きっと敵と一番近くで会うのはデアクストスが剣を交わす時の魔女と操縦者だ。もしかしてその時なら、相手に何か通じたりはしないだろうか。
あやめは何度か敵の感情を浴びている。あやめに聞いてみようか。
蓮太郎は立ち上がった。
やれそうなことは全部やってみよう。
受付で話していると、樋口がお帰りですか、と声をかけてきた。
「はい、ありがとうございました。でも、もしかしたらまた見たくなるかもしれないので、その時はまたお願いします」
樋口はうなずき、口の端で少し笑った。
「敵も律儀でしょう、毎回遠浅の海に現れて」
そう言われればそうだ。蓮太郎ははっとした。
「陸は、特に町はなるべく温存したいようです。彼らが勝ち取った暁にはすぐに移住して使うためでしょう。文化を初めからやり直すのは大変ですからね」
蓮太郎は感心した。毎回映像が青いなと思っていたが、そんなつもりで海に来ていたのか。
「ファウスト補佐官に言わせると、その遠浅の海こそ命の源、建物より潰されたら取り返しがつかない場所だそうですが。そんな事情は敵はわからないだろうし、そもそもこちら側が率先して核を使って吹っ飛ばしてますからね。市街戦で核を使ってみたい気もしますが、雨野さん、どこか近くの町に敵を引っ張ってこられませんかね?」
「無理だと思います」
蓮太郎は何とか答えた。樋口のこういうところは少し苦手だ。早く帰ろうと思って足を踏み出し、思い直して立ち止まる。
「樋口さん、あの、敵に空気清浄機を作ってくれるように頼んでみることはできませんか」
「は?」
樋口はぽかんとした。
「あの、この星で共存できないのは、彼らが毒の息を吐くからだってニュースでやっていたんです。それなら、それを浄化する機械を作ってもらえれば共存できるんじゃないでしょうか。だってあんなロボットを作れるんだし、もしかしたら」
「そんなことを頼んで、宇宙船ごと強引にやってきて毒の息を撒き散らされたらどうするんです。敵を全滅させてもどれだけこちらに被害が出るか」
そんなことをする人々には思えない、と蓮太郎は赤いロボットを思い出したが、根拠は蓮太郎のカンでしかない。そんなものに世界中の人の命は賭けられない。
やっぱりあやめに話してみよう。
蓮太郎は核への未練をまだ話したそうな樋口の話を何とか切り上げ、帰路についた。
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