第31話 僕の愛しい魔女
金銀が来た。
秀柾を乗せたデアクストスは動かなかった。
どうして、動いて!
あやめは必死に心を開こうとした。しかし、秀柾は拒まれ操縦できない。
「ごめんなさい……」
泣き出すあやめを抱きしめて、秀柾は言った。
「あやめに薬を」
白いデアクストスはのっそりと金銀の前に立った。
金銀はもう誰も従えていない。先日受けた装甲の傷はいかにも修理した跡が明らかで、輝きは戻っていない。金の腕に剣を持ち、銀には盾を持っている。盾はおそらく通常機用で、金銀が持つと小さく見える。向こうも寄せ集めの満身創痍だ。
それでも、白いデアクストスが到着する前に、こちらのデアクストスの最後の1機が倒されていた。
ファウストはやり場のない怒りを机に叩きつけた。
魔女が秀柾を受け入れていたら。イリスが生きていたら。
こんなざまで出撃せざるを得ない操縦者が、せめて秀柾でなかったなら。
デアクストスは身の丈もある剣を引きずっている。金から奪ったものだ。真紅から取り戻した剣もあったのだが、秀柾はこちらを選んだ。
ファウストは机を叩いた。
魔女がこんな状態では、あんなに重い剣は振るえないのに!
動きの違うデアクストスを、金銀は警戒しているようだった。2機は対峙し、しばらく動かなかった。
デアクストスは動かないのではなく、動けないだけだ。
それが金銀に露見するのは時間の問題だった。しかしそれを防ぐ術も、対策も何もない。
金銀がじわりと動く。デアクストスの剣先がわずかに反応する。
金銀が矢のように迫り、デアクストスはその刃を何とか剣で防いだ。しかし衝撃を受け切れず、機体が大きくぐらつく。
重い。
秀柾は既に肩で息をしていた。軍人とはいえ事務方で、実戦は初めてだった。緊張感が疲れを倍増させる。
あやめを守る。この動かない機体で。
あやめは椅子に固定され、薬で調整されて、虚ろな目で空を見ている。
最小の動きで金銀の攻撃を防ぐ。そのために、秀柾は金銀の動きを極限まで見極めた。
金銀が剣を振りかざす。デアクストスは剣でその攻撃を受け止める。弾かれた金銀の剣は素早く次の攻撃に移った。デアクストスは間に合わなかった。
何とか剣を間に入れ直撃は免れたものの、デアクストスはまともに金銀の剣の威力を受け、飛ばされて叩きつけられた。
秀柾はあやめを見た。あやめは激しく咳き込み、しかしデアクストスとつながり続けていた。薄く残ったあやめの意志が、必死にしがみついているようだった。
「あやめ」
秀柾はメガネを直し、微笑んだ。目の前に金銀が再び迫る。
デアクストスの左肩に金銀の剣が突き刺さった。
「あああ!」
あやめの体が跳ね上がった。貫かれたデアクストスの肩と同じところが内出血したように赤くなる。あやめは自身が貫かれたのと同じ痛みを受けているのだ。
ごめん、あやめ、痛い思いをさせて。
秀柾は唇を噛んだ。
あやめの目が開き、意識が戻る。途端に操縦桿が動かなくなった。
デアクストスの肩から剣が抜かれる。金銀が大きく剣を振るい、デアクストスはなす術なく吹っ飛ばされた。
強い衝撃があり、あやめが悲鳴をあげた。しかしあやめはまだすがりついている。空が青い。その中を金銀が煌めきながら追ってくる。
秀柾は微笑んだ。
僕の愛しい魔女。
秀柾はポケットからナイフを出した。
「あやめ」
「秀柾」
あやめは揺れる大きな目で真っ青な顔に汗を滴らせて秀柾を、ナイフを見た。
そしてほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう」
秀柾も微笑み、ナイフをあやめに握らせ、
秀柾自身の腹に突き立てた。
あやめの目が恐怖に見開かれた。血があふれ出す。秀柾はそのままナイフを横に引いた。肉を切る感触。内臓がどろりとこぼれる。
「やめて、やめて秀柾、いや!」
あやめはもがいたが、秀柾は手を離さなかった。咳き込むと口からも血があふれた。あやめは秀柾の腹に手を突っ込むようにして彼を切り裂き続けた。
秀柾が血だらけの手で何かを取り出した。死力を尽くして恐怖に逆らうあやめの目が、それを捉えて絶望する。
麻酔に使う、使い切りの注射器。
「秀柾、やめて」
「さよなら、あやめ。君が、好きだった」
目の前の空が金銀で埋め尽くされた時、あやめは意識を失った。
金銀と空が消える。しかし振り上げていたはずの金銀の剣は振り下ろされなかった。衝撃が来ない。
やっぱり、そうか。
秀柾は笑った。必死に操縦桿を掴む。
魔女が切れると、その時感じていた痛みや恐怖が相手に襲いかかる。聞いていた通りだ。
あやめは金銀よりたくさん戦場に出ている。その彼女の恐怖と絶望感に、金銀は耐えられないはずだ。そのわずかな可能性に秀柾は賭けた。
そして、もうひとつ。
魔女が切れた後、デアクストスが灰色に戻り切るまで時間がある。その時間は、プログラムでも機体を動かせる。ならば、魔女が拒んだ操縦者でも。
動け。動け!
秀柾は重い操縦桿を引いた。金銀はそこにいる。
デアクストスは長い剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろした。
何も見えないが、何かの手応えがある。秀柾は血でぬめる操縦桿を握り続けた。
ファウストは血にまみれた秀柾を見て、呟いた。
「僕より賢いと思っていたのに、あの鳥頭よりバカな弟だ」
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