第16話 花屋開店
その町の何でも屋のような施設、スーパーとホームセンターを合わせて小さくしたような店の片隅で、蓮太郎は店を開くことになった。
とはいえ、仕入れは種類や数量を指示するくらいで直には行けないから人任せ、値段もつけ放題でテナント料もない。お店ごっこのような店。
揃えてもらったものを並べるだけの、狐につままれたような開店準備をしていると、魔女がひとりでやってきた。
蓮太郎は手を止め、顔を上げた。
「あの、あの、忙しいところ、ごめんなさい。怪我は大丈夫ですか」
魔女がおろおろして後退りながら言う。蓮太郎は苦笑した。怒鳴りつけてしまった時の印象のままなのだろう。
蓮太郎は深く頭を下げた。
「この前は、本当にすみませんでした」
魔女が驚いたように辺りをきょろきょろ見回した。他の誰かに謝ったとでも思ったのだろうか。
「黒塚さん、この前はひどいことを言ってしまってすみません」
名前を呼んで、改めて謝る。魔女は顔を赤くしてうつむき、大きく首を横に振った。白い髪が揺れる。
「いいえ。佐々木さんに聞きました。お葬式の後だったそうですね。私こそ、あなたがつらい時にごめんなさい」
蓮太郎は思った。あの時は彼女もまた操縦者を失った直後だった。
「本当にすみません。俺もあなたのことを佐々木さんに聞いていました。あなたがつらい思いをしていることは知っていたんです。なのに、自分のことばかりで。すみませんでした」
蓮太郎はまた頭を下げた。いくら謝っても謝りきれない。魔女はほっと息をつき、微笑んだ。
「そんなに謝らないでください。私、あなたとまたお話がしたかったんです」
蓮太郎はその笑顔で不意に思い出した。
この人は、あの雪の日のお客様か。
まだ異星人の影すらなかった時、雪の降り始めの頃。
フラワーショップカンナで、蓮太郎がひとりで店番をしていたところに訪れた女性がいた。
その時の客はその人だけだった。女性はその日の空のように暗い表情で花を選んでいる。声をかけると、戸惑ったように逡巡した後、人の気持ちがわからなくて怖い、と言った。
仲がいい友人だと思っていた男性に告白され、そんな気はないと言ったら、それまでの全てを否定された。思わせぶりな態度などとった覚えはないのに、どうしてなのか、どうしたらいいのかわからない。
そんな風に悩んで、戸惑って、悲しんでいた。
きれいな人だった。そして少し変わった考え方の人のようだった。ちょっとその年頃の女性にしては無防備すぎるというか、警戒心が何だかずれているような印象を受けた。確かに男性なら勘違いしてしまうかもしれない。
優しい花を飾りたいと思って。
少し話して気が楽になったのか、女性は微笑んだ。そして、淡いピンクのチューリップを選び、これを花束にしてください、と注文した。
蓮太郎は予算を聞いてだいたいの大きさを決めた。雪が降ってきたので客足は鈍るだろう。余らせるよりはと少し多めに花を入れることにした。
話を聞いて、あまり花を飾る習慣がないようなので、アレンジメントにしてそのまま飾れるようにした。女性は嬉しそうだった。
ピンクのチューリップをメインにした淡い色合いの可愛らしいアレンジメントは、色の白い女性によく似合った。花を抱きしめた嬉しそうな笑顔は本当にきれいだった。
店に入ってきた時とは別人のように明るい顔で帰る女性を、蓮太郎は嬉しい気持ちでしばらく見送っていた。こんな時、花屋をやっていて良かった、と思う。
あの人だったのか。
「髪の色が違っていて、わかりませんでした」
蓮太郎が言うと、魔女は小さく笑って自分の髪を一房つまんだ。
「あの時はウィッグをつけていたんです。目立つと嫌だから」
確かに、ぱっと見た感じはひどく地味で目立たない人だった。もし他の客がいたらしばらく気付かなかっただろう。
「嬉しかったんです。話を聞いてくれて、話をしてくれて。また、話をしたかったんです」
それだけのことだったのか。蓮太郎も笑った。魔女が嬉しそうな顔をする。
「あなたがここに残ってくれて、嬉しいです」
魔女はそれから手に持っていたものを差し出した。
「あの、それで、お花屋さんにこれはどうかなって思ったんですけど、でも、これ、あの」
それは花束だった。蓮太郎は受け取ってはっとした。
カンナの花束だった。
「違う時にお店に伺ったら女性の店員さんがいて、元気が良くて素敵な人だったから、あなたみたいな花束を作ってくださいってお願いしたんです。そうしたら」
魔女は思い出してくすくす笑いながら続けた。
「すごく大人っぽい、シックな花束を作ってくれて。きれいだけど、イメージと違ったなって思っていたら、この花をおまけしてくれたんです。これも私よって。この花、元気が良くて勢いがあるから、お店のお祝いにはいいかなと思って……」
魔女は言葉を切った。蓮太郎がへたり込んだからだ。魔女が慌てて蓮太郎をのぞき込む。
「どうしましたか、怪我が痛みますか」
蓮太郎は花束を抱きしめた。魔女が語る、蓮太郎の知らないカンナ。でも、その顔が目に浮かぶようだ。いつも大人ぶって、自分は穏やかで冷静でいると思っていて、自分の大騒ぎの声だけ全然聞こえていないみたいにしていた。
「大丈夫ですか」
息ができないでいると、そっと背中をさすられた。魔女の手はまるで魔法のように、さするたびに蓮太郎の気持ちを落ち着かせた。
蓮太郎は何とか泣き出さずに魔女を見た。
「その女性が、俺の魔女だったんです。カンナと言う名前です。この花と同じ」
声が震えたが、涙はこらえることができた。魔女ははっとした顔をして、ごめんなさい、とうつむいた。蓮太郎は首を振り、笑った。
「花、ありがとう。嬉しい」
蓮太郎は立ち上がり、もらった花を処理して花瓶にいけた。その間も、それが終わって蓮太郎が仕事に戻っても、魔女は静かにずっと店の隅にいた。
蓮太郎は花の入る予定日や、用意する花の種類のことなどをぽつぽつと話した。蓮太郎はそんなに話が上手い方ではなく、魔女も聞くだけなので会話は途切れるばかりだったが、そんな途切れ途切れの話も魔女は静かに聞いていた。
しばらくして、魔女はそろそろ帰ります、と言った。イリスが訓練を終えてくる時間だそうだ。
「仲良くしてるみたいだね」
「あの人はきっと誰とでも仲良くできるんじゃないかしら」
魔女は困ったように笑ってから、尋ねた。
「また、お店に来てもいいですか」
蓮太郎はうなずいた。
「いつでもどうぞ」
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