第15話 掠め取るエースパイロット


 掠め取る、と日常ではなかなか聞かない言葉を思わず蓮太郎が復唱すると、佐々木は苛立たしそうに足を組み直した。

「しかも花屋のアドバイスのおかげだそうですよ。あなたのことなのであれば、あなたは本当に彼女を喜ばせるのが上手ですね」

 言葉の上では誉めているが、蓮太郎には嫌味にしか聞こえなかった。花屋という呼ばれ方は、ここではあの人にしかされていない。

「イリス藤澤……さん、でしたっけ。ひょろっとした、ええと、エースパイロットの」

「やっぱり知っているんですか。ここでは他人との交流は極力禁止されているのに」

 佐々木は呆れたように言った。

「すみません、向こうから話しかけてきて」

「そうでしょうね。あなたの頭の出来はあの人よりはまだほんの少しだけマシですから。あの人は空っぽの頭の分、機体が軽くなって速く飛べるだけです」

 佐々木は当然のように暴言を吐き、スーツの裾に何かを見つけて舌打ちした。

「あなたがのんびり寝ている間、あのバカがバカ騒ぎをしでかしてくれたんですよ」

 とうとう直接的な表現をして、佐々木はスーツを神経質そうにはたいた。よく見るとあちこちに毛がついている。

「あなたが魔女を泣かせたせいで、あのバカはチャンスだと思ったらしいです」


 蓮太郎が魔女をきつく責めたので、魔女は面接のあとしばらく部屋に戻れずこの建物の休憩室で泣いていたのだそうだ。

 その窓は中庭に面していたので、見ている者はいないと魔女は思って泣いていたのだろう。しかし、その中庭をうろついていたのがイリスだ。ある目標のため最近ずっと中庭や路地裏などを歩き回っていたので、その場面に遭遇できた。

 イリスは急いで居住している部屋に戻った。目標は達成できていないものの、そんなことにとらわれて機を逃すよりいい。泣いている女性は、慰めればころりと参るものなのだ。


 イリスは貯めておいた魔女への贈り物を担ぎ、走って休憩室に戻った。

 突然入ってきたイリスに魔女は驚いた。慌てて涙を拭いて、顔を伏せる。イリスは遠慮なしにずかずか近付き、空軍の支給のタオルを差し出して笑った。

「次は俺の胸で泣かせてやるよ。あんたに贈り物だ、俺と付き合って、俺をデアクストスに乗せてくれ!」

 イリスは背中に担いだ包みを開いた。


「にゃーっ!」

「きゃー!」


 猫が飛び出した。おそらく十匹以上。

 猫はパニックになって部屋中を逃げ惑い、魔女は驚いて悲鳴を上げて立ち上がった。その足の間を猫が駆け抜けていく。

 そこに魔女の悲鳴を聞いた佐々木や施設の職員が駆けつけ、更に慌てた猫が扉から何匹か飛び出し、パニックは建物中に広がった。

「藤澤少尉!あなた何やってんですか!」

 猫を追いかけながら職員が叫ぶが、イリスは魔女を口説くのに夢中だ。

「あんた猫好きだろ。この前遊んでるの見たんだ。ほんとは百匹集めようと思ったんだけどさ。まあこれでもこの辺の猫は狩り尽くしたんだぜ、もっとほしいならまた探すよ」

 イリスだけが得意そうに話し続けていたが、誰も聞いていなかった。猫が駆け回る。魔女も立ち尽くしていた。

「な、いいだろ。俺をデアクストスに乗せてくれ。あんたは俺の女にしてやるよ」

 猫の苦手な佐々木だけが猫の寄り付かないイリスの側でご高説を賜るはめになった。後ろからその軽そうな頭をぶち殴ろうかと思った。


 猫が尻尾をふかふかに膨らませて走り回り、職員の怒号が部屋の中でも外でも響く中、ようやく気を取り直した魔女がイリスを見た。

「……あれに乗ったら、あなたは死にますよ」

 イリスはさっきと同じように屈託なく笑った。

「知ってる。けど、俺は死にたくないし、死なないよ。あんたと俺で死なない方法を考えようぜ。何か手はあるさ」

 魔女が大きな目をさらに丸くした。彼女は今までそんなことを言われたことはなかった。

「さ、あんたの部屋に連れて行ってよ」

 イリスが手を差し出し、魔女が促されるままその手を取る。さすがに休憩室の中で猫を追いかけていた全員が手と足を止めて魔女を見た。

 久しぶりに魔女が自分で選んだ操縦者は、彼か。

 イリスは呆然とする人々と暴れる猫を置き去りにし、魔女を連れて揚々と出て行った。


「まさかあのバカが魔女の目にかなうとは思いませんでした。あのバカは搭乗員を希望して国籍まで変えたんですが、性格に難があって、つまりバカ過ぎてずっと面接の許可が出なかったんです。こんな強硬手段に出て、成功するとは。彼女のことを悪く言いたくはありませんが、あなたのことといい、趣味が悪いと言わざるを得ませんね」

 佐々木は窓際にある小さな机の引き出しを漁ってテープをちぎり、スーツをぺたぺたとなでながら苛々と言った。


 まあ、決まって良かった。蓮太郎は思った。あの人なら明るそうだし、自分が相手をするよりも魔女は楽しいだろう。それならもう俺は今度こそお払い箱か。

「それで、あなたのことですが」

 すぐに毛だらけになるテープを諦め、佐々木が蓮太郎に向き直る。

「魔女の担当からちょっと連絡があったんですが、この町で花屋をやってもらうことはできますか。魔女とバカが希望しているんだそうです」

「この町で、俺が?」

 思わぬ申し出に、蓮太郎は驚いた。

「この町には女性の好みそうなものをいろいろ揃えてありますが、花は花束や鉢植えを少し取り扱うだけでした。花は色々な時に必要とする人が多いですし、この町はそういった機会の多い所です。魔女の希望でもありますし、施設部もあった方がいいと判断したようです。十分な設備や広さは難しいですが、やってみていただけませんか」

 蓮太郎は窓の外を見た。

 小さな、カンナと最後に過ごした町。魔女の笑顔を願う人々の町。

「……もっとはっきり言えば、あなたをここに置いておくことは、ちょっとした保険です。また何かあれば手間が省けますから」

 佐々木は正直に言った。

「……わかりました。やります。よろしくお願いします」

 蓮太郎は了承し、頭を下げた。佐々木はようやく薄く笑った。

「あなたがそんなに素直に私の言うことを聞いてくれるのは初めてですね。少し気が晴れましたよ」

 では施設部に案内しますのであとはそちらで聞いてください、と佐々木は歩き出し、蓮太郎は慌てて後を追った。

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