第20話 約束
「だから改造なんてダメだって言ったんだ!それにお前、いつ勝手にそんなもの作らせたんだ!」
デアクストスのスピーカーの向こうでファウストが怒鳴る。
「いいからお前はそっちに集中して、少しでも早く終わらせろ!こっちは俺とあやめに任せてりゃいいんだよ!」
イリスも負けずに怒鳴り返した。
敵から鹵獲したオリジナルのデアクストスは改造が間に合わず、整備に入っているので出せない。今回白い魔女は、初めてこちらで作ったデアクストスに乗ることになった。
「大丈夫だあやめ、俺とお前なら!」
イリスがあやめを振り返り、笑う。あやめは緊張した面持ちでうなずいた。
今回は手をつなげないので、白いアヤメの花を胸につけることにした。蓮太郎が作ってくれたフラワーアレンジメントから1本ずつ抜いてきたものだ。
「白い魔女機、戦闘区域上空に到着しました。懸架拘束解除まであと十秒」
ファウストの補佐官が秒読みを始めた。
あやめは椅子のレバーを掴んだ。イリスの眼前に空と海が広がる。灰色のデアクストスが白く変わっていく。
「5、4、3、2、1、出撃!」
落下しながら白いデアクストスは攻撃体勢をとった。
今回の敵機は3機。味方のデアクストスはまだ到着していない。
イリスはデアクストスの両腕に固定された銃をひとつ取り、落下しながら撃った。反動が大きく体勢が崩れるが、イリスはそれも利用して次の照準を合わせる。
この銃は戦艦の艦砲をもぎ取って、デアクストスが持って使えるように改造させた急造品だ。弾は2発ずつ、合計4発しかないが、3機ならお釣りがくる。
「空は俺の庭だ!」
着弾を見ずにもう1発撃ち、イリスは銃を投げ捨てた。海が迫る。
水飛沫をあげてデアクストスが海に降り立つと同時に、撃たれた敵機が2機とも爆発した。
「さすがだろ俺!あやめ、大丈夫か!」
「ええ、イリス、前!」
橙色の敵機が迫り、白いデアクストスは大きく下がって距離を取った。
白い魔女のデアクストスは、他の魔女の機体とは一線を画すほど速かった。敵機が今までにないあまりの速さに戸惑っている。
「いいぞ、あやめ。俺もやってやるからな!」
デアクストスは今まで近距離戦で戦うことが多かったが、それが魔女の心に負担をかけているのではないかとイリスは考えた。それなら距離を取り、遠距離で戦えば、直に肉を裂くような感覚が少しはマシになるのではないか。
外さない。俺たちだけで、敵を全て倒す。誰も死なせない。あやめにつらい思いはさせない。
イリスは素早く動きながら相手に照準を合わせて引き金を引いた。橙色は避けられないと判断したのか、盾をかざす。
そこを横から撃つつもりだったのだ。このデアクストスの速さをなめるな。イリスは回り込み、もう1度引き金を引いた。橙色は着弾した盾をこちらに向けようとしたが、弾を受け、弾いて、崩れた体勢を整えるのが間に合わない。
1度も剣を使わせず、こちらのデアクストスを1機も出させず、イリスは3機を撃破した。
「イリス!」
先にデアクストスから降りていたイリスに、あやめが飛びついた。
「ありがとうイリス、ありがとう」
あやめから抱きつかれるのは初めてだった。イリスの顔がふにゃふにゃとゆるむ。
「よせよ、こんなのどうったこたねえよ」
イリスが得意げに言って、あやめを抱きしめる。
「つらくなかったか?」
「うん、大丈夫」
「いいから早く帰ってこいよ!」
2人を迎えに来たファウストの補佐官の連絡機から、ファウストの怒鳴り声が聞こえる。イリスは無視した。
「あやめ、惚れ直したか?」
「うん」
ファウストの補佐官の連絡機から、ファウストが連絡機を叩きつけたどがらがしゃん!というような音がして、通信が途切れた。
いつもと変わらない、いやいつもより仲のいい2人の顔を見て、蓮太郎は心底ほっとした。
「イリス、すごかったんだってね」
「言ったろ、俺はエースパイロットだって」
イリスは得意げだ。得意がるだけの戦果はあげた。
「蓮太郎、あんたとの約束も守ったぜ」
うん、と蓮太郎はうなずいた。他のデアクストスを1機も出さなかった話は、出入りの業者や客の間でも大変な話題になっていた。
「ありがとう、イリス」
普通に言いたかったのに、声が震えた。いけないと思って口を閉じたら、涙が溢れた。蓮太郎はすみませんと言って店の奥に駆け込んだ。
カンナ。きっと、君のおかげだ。カンナが世界を守ったから、魔女がもう死ななくていい世界が、きっともうすぐ戻ってくる。
声を殺して泣いていると、そっと背中に手が触れた。
振り返ると、イリスとあやめが微笑んでいた。
蓮太郎は思わず2人にしがみついた。久々に触れた人の体が温かい。蓮太郎は泣いた。
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