第19話 手をつないで


 白い魔女と呼ばれている黒塚あやめの担当補佐官は、デアクストスの設計担当でもあった。


 本来なら彼は補佐官のような仕事をこなせるタイプではないのだが、白い魔女に関わりたくて無理にねじ込んだ。おかげで彼の補佐をする補佐官の補佐官があと2人彼の下で働いている。

 彼の興味はとにかく何故魔女がデアクストスを動かせるのか、だ。魔力と呼ばれる力は一体何なのか。デアクストスは何に反応しているのか。できるなら魔女を解剖して、全てを見てみたい。しかしサンプルはこれきりだから、デアクストスを動かせなくなってはいけないので、我慢している。

 彼はファウストと名乗っていた。本名は違うのだが、その方がそれっぽいからだ。


 ファウストはイリスと向かい合っていた。お互い胸倉を掴みながら。

「だから、簡単に言うなよ鳥頭。あのデアクストスを改造するのは、解剖と同じなんだぞ。構造がわかっている分、お前の魔女の腹を割いて閉じ直す方がまだマシだ」

「こっちは命賭けてんだよ。無茶だろうが何だろうが俺の言った通りにしろ。それからお前は俺のあやめに指一本触るんじゃねえ」

 あやめがハラハラと2人を見守る。


 イリスとあやめは毎日どうしたらデアクストスをうまく動かし、無事に帰れるかを話し合った。

 イリスはつらい記憶を思い出したがらないあやめを励まし、自分もあやめの抱えるつらさを担おうとした。あやめは初めは苦しみをイリスにまで背負わせることを拒んだが、イリスの本気を知って、すがりついて泣いた。

 イリスはずっとあやめのそばにいた。物理的な距離だけではなく、心もずっと寄り添った。それでようやく、あやめが意識を失ってしまう理由を聞き出した。どれだけのものに彼女が必死に耐えてきたのか。


 そこから2人で考えた。手をつないで乗ろう、と。


「手をつなぎたいから座席の位置を変えろって、お前の戦闘機の天蓋にお前の女の座席を作ってスカートをめくりあがらせるなって言ってるようなもんなんだぞ!」

「そう言ってるんだよ、天才だって言うならそのくらいしてみせろ!あと、話の中だけでもあやめのスカートはめくるな!」

 イリスとファウストはいくら仲が良くてもそこまで顔を寄せ合わないであろう位置まで鼻を突き合わせてから、お互いを投げ出した。あやめはハラハラしている。

「……だいたい鳥頭、お前はまだ一度も出撃してないんだろ。改造して、また戻すのも大変なんだぞ。それに、改造している間に敵が来たらあのデアクストスは出せなくなるんだ」

 イリスは音を立てて椅子に座った。

「あれは俺の指定席になるんだよ。戻さなくていいよ。改造中に敵が来たら、他のチビに乗って撃退してやる。俺とあやめが乗るんだ、そんじょそこらの奴じゃ止められねえよ」

 ファウストはあやめを見た。いつも解剖したがっている彼を怖がって、あやめが少し距離を取った。イリスがすぐにあやめの手を取り、肩を抱く。ファウストは苛立った。そもそも恋人同士が嫌いだ。虫酸が走る。

「わかった、改造してやる。いいな、言ったことは守れよ!」

「いいだろ、そっちこそ間違えるなよ、この距離だからな!」

 イリスがあやめの肩を改めて抱き寄せたので、ファウストはイリスの頭を思わず殴った。すぐさまイリスがあやめを離して応戦する。

「イリスやめて、イリス!」

 補佐官の補佐官が2人がかりで実力行使するまで、魔女は泣き出しそうな顔で悲鳴をあげた。


 腫れた頬はこんなものだと思えるのだが、愛しい人の涙がいっぱいの大きな目には参ってしまう。

「イリス、ファウスト博士とは仲良くしてって言ったじゃない、ずっとお世話になってるんだから」

「だってすぐ改造してくれないから」

 イリスは保冷剤を頬に当てて、それでもにやけた。参っちゃうな本当に。あやめがイリスを心配して泣き出しそうだ。本当に可愛い。

「痛い?」

「ちょっとだけ」

 あやめの目にみるみる涙がたまって、とうとうこぼれた。遂に恋人を泣かせて、イリスはご満悦だ。

 イリスは大丈夫だよとあやめを抱き寄せながら、蓮太郎にそっとしてやったぜという顔をしてみせる。蓮太郎はこんなところで何をしているのかと半ば呆れた。


 花屋の店先のベンチで、痴話喧嘩ではないけれど。


「これできっと2人で帰ってこられるぜ、あいつがうまく改造したら」

 イリスが言い、あやめは涙を拭いながらうなずいた。2人がそこまで言えるだけの方法を思いついたなら良かった、と蓮太郎は思う。どうかうまくいきますように。

 イリスは頬に保冷剤を当てながら顛末を蓮太郎に話した。おそらくイリスの手数は実際の3割増しだ。そうでなければその顔ではなかっただろう。博士と呼ばれている人とケンカしてそれなら、イリスはあんまり強くはないんだろうか。

「素手は担当外なんだよ」

 まるで蓮太郎が思ったことが聞こえたかのように、イリスは不満そうに蓮太郎を見た。

「戦闘機でなら、あんな奴一瞬もかからねえで墜としてやるぜ」

「イリス、お願いだから博士とケンカしないで」

「あやめ、いくら可愛いお前の頼みでも、男は引けねえ時があるんだよ。いてて」

 イリスがあやめを抱きしめ、どこか痛んだらしくうめいている。しかし手は離さない。やっぱりバカだな、と蓮太郎は思った。それがいいのだろう。あやめは泣かされてもこんなところで抱きしめられても、ずっと幸せそうにしている。それにしても、こんなところでいちゃいちゃするなら、部屋に戻って存分に仲良くしたらいいのに。

「蓮太郎、お前今さっさと帰れって思っただろう!」

 イリスは変に勘のいい時がある。蓮太郎はこれ以上変なことを悟られないように、仕事に戻った。


 イリスとあやめが出撃したのは、それから間もなくだった。




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