第21話 うちのカレー
散々泣いたあと、蓮太郎は何故か2人を夕食に招待することになった。店が終わってから、急いで食材を買って帰宅する。
魔女と操縦者はまとめて管理されたところに住んでいるが、そうでない者は普通の官舎に住んでいる。家賃のかからないアパートのようなものだ。食堂もあるが、蓮太郎はひとりの方が気楽なので主に自炊していた。
何が食べたいか聞いたが、2人とも肉だのドーナツだのしか言わないので、カレーにすることにした。蓮太郎のカレーはごく普通のいわゆる家のカレーだが、カンナは蓮太郎のカレーが大好きだった。
指定した時間になり、イリスとあやめがやってきた。
イリスは靴のまま上がろうとしてあやめに慌てて止められていた。魔女と操縦者の住まいは靴で生活するようになっていたが、こちらは上がり框のある、靴を脱ぐ生活様式になっている。イリスは珍しそうに部屋を見回した。
「蓮太郎、畳ってどれ?」
彼の祖母に聞いたのだろうか。あいにくこの部屋に畳はなかった。蓮太郎が説明すると、イリスは残念そうだった。
しかし床に急遽買い足した座布団を並べて座らせると、楽しそうにしていた。あやめが嬉しそうにイリスを見ている。
カレーとサラダと冷奴を並べる。
「何だか軍の給食みたいだな」
イリスが言った。こちらに来てから、週に1度はカレーを食べていたそうだ。なんでも炊事班毎に秘伝のレシピがあり、カレーは彼らの腕の見せ所なのだという。
「そうなんだ、じゃあ別のもの作れば良かった。そこまでおいしくはないかも」
蓮太郎が後悔すると、あやめが私カレー好きです、と笑った。
「兄の得意料理でした。兄も軍にいたから、秘伝のレシピがあって。でも兄のカレーはそれよりおいしいんです」
「ええ、それじゃますます自信ないよ」
食べてもらう前から蓮太郎はがっくりした。しかし今更他に用意もないので、食べることにする。
「——うまい」
イリスが蓮太郎を見た。あやめもうなずく。蓮太郎は今ひとつ信用できない。何しろ野菜いっぱい、肉はそれなりの家のカレーだ。そんな名うてのカレーに太刀打ちできるとは思えない。
このカレーの味は、と2人は記憶をたぐり、同時に叫んだ。
「ばあちゃんのカレー!」
「お兄さんのカレー!」
叫んで、2人は顔を見合わせ、それから蓮太郎を見た。あんまり申し合わせたように同じ動きをするから、蓮太郎は吹き出した。
みんなで食べるから
「蓮太郎は料理がうまいな!ばあちゃんもうまかったんだ」
イリスは喜んでぱくぱく食べている。あやめは少し涙ぐんでいるようだ。つらいことを思い出させてしまったのかもしれない。しかし、イリスがいるから大丈夫だろう。
蓮太郎はイリスにおかわりを渡した。ひょろひょろの割にイリスはよく食べた。多めに作っておいて良かった。
久しぶりに楽しい気持ちで食事をした。
カンナのことを思い出すといつでも泣けるけれど、泣かないこともできるようになってきたし、笑えるようになってきた。不思議だ。
食事が済むと、イリスはこの前のデアクストスに乗った時の話や、戦闘機に乗っていた時のことを話した。この間までは少し信じられなかったが、イリスは確かにエースパイロットなのだろう。
あやめはおなかがいっぱいになったせいかうとうとし始めた。帰った方がいいんじゃ、と蓮太郎があやめを気にして言うと、イリスはあやめの頭を膝に乗せた。あやめは安心したように目を閉じた。
「あやめ1人くらい軽いもんだよ。担いで帰るよ」
イリスはさっき勝手に冷蔵庫から持ってきた缶ジュースを飲みながら言った。蓮太郎は苦笑した。まるで休みに実家に帰ってきた兄妹を迎えているようだ。ひどいくつろぎぶりだ。
「蓮太郎は部屋に花は置かないんだな」
「うん、日中いないから。見る人がいないとかわいそうだからね」
「ほんとに花が好きなんだな」
「そうだね」
イリスは手だけを伸ばして勝手に本を引っ張り出し、ぱらぱらめくった。フラワーアレンジメントの本と、花言葉の本。この町の本屋で見つけたので買ってきたのだ。
「……あやめには言えないんだけどさ」
ぽつりとイリスが言った。
「俺、怖いんだ」
本から目を上げずに、しかし読む訳でもなくページを繰りながらイリスが続けた。
「今まで、死ぬのも殺すのも怖いと思ったことなんかなかったのに。あやめがいると、あやめを残して死にたくないって思う。あやめの前で、誰かを殺したくないって思う。変かな」
「……変じゃないよ」
蓮太郎も本に目をやりながら答えた。バラやダリア、カラーを使った豪華なアレンジメントの写真。
「今デアクストスを改造してもらってる。あやめとずっと手をつないでいられるようにするんだ。でも、ほんとは手をつないでいてほしいのは俺なんだ。あやめがいてくれたら、怖いけど戦えるから」
イリスはやっと本から顔を上げて、照れたような笑顔で蓮太郎を見た。蓮太郎は何も言えず、ただうなずいた。
イリスはその後、ずっと優しい顔であやめの寝顔を見ていた。蓮太郎は後片付けや家事などをして席を外し、2人をそのままにしておいた。
しばらくしてあやめが目を覚まし、2人は帰ることになった。あやめは食べてすぐ寝てしまったことをひどく恥ずかしがって、何度も連太郎に謝った。
「いいよ、俺、前あなたを泣かせるほどひどいこと言ったから。リラックスできたなら、本当に良かった」
蓮太郎は改めてあの時はごめんと謝った。あやめは慌てたように首を振った。イリスはあやめの肩を抱いて、俺のあやめを泣かさないでくれよ、とにやにやした。さっきはあんなにしおらしかったのに。蓮太郎は少しだけ腹を立てた。
「蓮太郎、今度またカレー作ったら呼んでくれよ。また食べたい」
「私も」
イリスとあやめはにこにこと連太郎を見上げた。蓮太郎も笑って、いつでも作るからまたおいで、と2人を見送った。
暗い夜道を、2人が戯れ合いながら帰っていく。蓮太郎は2人のこんな時間が少しでも長く続くよう、カンナに祈った。
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