第9話 戦闘


 カンナが力を発揮した途端に目の前に空が広がった。聞いていた通り、デアクストスの視界のような映像が周囲に映っている。

 蓮太郎は状況を確認した。海上で交戦中の味方のデアクストスはこの機を含めて7機出ている。敵のロボットは5機だ。


「出撃!」


 デアクストスの拘束が解け、機体が落下を始める。

「中村カンナ機、あの水色の機体はおそらくあなたと同じ新顔です。出会い頭の一発で沈めてください」

 少し離れたところで剣を構えている水色の敵機。

 蓮太郎はそううまくいくかと思いつつ、そううまくいってほしいと願った。

 空中で攻撃体勢を取る。右で何かが光る。撃たれた、と思ったが咄嗟に盾を掲げた。

 衝撃はあったが、蓮太郎は水色の機体から目を離さなかった。

 狙われていることを察した水色の機体がはっとこちらをふり仰ぐ。

「行け!」

 蓮太郎は斧を振りかぶった。


 落下の勢いも利用して叩きつけた斧は、狙いから少し外れて水色の機体の肩に当たり、剣を持った腕をもぎ取った。

 蓮太郎は着水してすぐに盾を投げ、斧を両手で振り回して水色の機体の足の辺りを薙いだ。飛んだ腕が背後で水に落ちたのか、どぼんという音がする。

 腕をもがれて動揺したのか、動きを止めた水色の機体が足を斬られてどうと倒れた。水飛沫があがる。

 蓮太郎は急いで盾を拾った。赤紫の機体がこちらに向かっている。

 水色の機体は倒れたきり動かない。これが倒したのか、死んだフリなのかはわからないが、この近くでは戦わない方がいいだろうと蓮太郎は思った。

「中村カンナ機、離れて!今向かってきている赤紫は3回目です、強いですよ」

 佐々木の指示も同じ判断だ。

「右へ回ってください、あの2機の黒いデアクストスは2回目です、合流して赤紫を迎え撃ちます」

 あれか。蓮太郎は走りながら同じ方向に走る黒い2機のデアクストスを見た。

 はっと殺気を感じる。

 咄嗟に機体をひねり、水に倒れた。今まで機体があったところをミサイルが通過して海で爆発する。見ると、背後に迫った赤紫の機体が走りながら銃を構えている。

 撃たれる。

 蓮太郎は一瞬右に重心を置き、すぐさま左に飛び退いた。ミサイルはまた正確に右に避けていたら機体があったであろう場所を打ち抜き、海に落ちた。

 飛び退いた勢いで蓮太郎は立ち上がり、斧を構えた。赤紫も、黒い2機のデアクストスも、もう至近距離と言っていいところまで来ている。

 シミュレータより操縦桿が軽い。動きもいい。

 これがカンナの力か。


 カンナ、必ず無事に連れ帰る!


 赤紫が剣をとった。向こうの方が蓮太郎より速い。

 蓮太郎は赤紫の動きを見た。

 見ろ、見ろ、次はどう動く?

「中村カンナ機、下がって、後ろの2機に任せなさい」

 佐々木が指示を出すが、今狙われているのはこの機だ。今下がって隙を見せるより、正対して戦い、そして2機が来てから下がった方が隙ができないはずだ。

 赤紫が来た。振り上げた剣がきらめく。

 負けない。

 もっと、もっと速く動け!

 蓮太郎は振り下ろされた剣を盾で受けた。衝撃が全身を貫く。

 重い。剣はやすやすと盾を切り裂き、盾が半分になった。構わず斧を振り下ろす。

 しまった!

 蓮太郎は歯を食いしばった。

 かわされた。

 斧は赤紫の伸ばした腕を掠め、外装を剥がしただけだった。赤紫が腕を引く。


 その時、黒いデアクストスが蓮太郎の背後から飛び上がり、斧を振り下ろした。不意をつかれ、赤紫は避けたものの体勢を崩した。

 あの2機が到着したのだ。もう1機も間髪をいれず赤紫を攻撃した。

 しかし赤紫はその斧を剣で受け止めた。斧は剣に食い止められてなかなか赤紫の機体に届かない。赤紫は2機を相手に体勢を立て直しつつあった。

 突然、黒いデアクストスが1機、突然色褪せてくすんだ灰色に変わり、よたよたとあらぬ方向へさまよい出し、戦闘を離脱した。追おうとした赤紫を、残った1機が懸命に食い止める。

「中村カンナ機、足止めを!赤紫に追わせるな!」

 佐々木が叫ぶ。蓮太郎は訳もわからず赤紫に飛びかかった。

 剣が重く、受け切れない。盾も半分では使いようがない。

 まずい、と思った時、空からまたデアクストスが降ってきた。


 水柱をあげ、地を揺るがしたそれは、少し置いてのそりと立ち上がった。


 その機体は今戦場にいる敵味方のどの機体よりひと回り大きく、そして雪のように白く輝いた。


 白い大きなデアクストスは物憂げに剣を抜いた。その剣だけで他の機体くらいの大きさはありそうだった。

 赤紫が、他の敵機が一斉に白いデアクストスに向かっていく。黒いデアクストスもそれを追った。蓮太郎も追おうとしたが、突然操縦桿がひどく重くなった。

 何だ、と思う間もなく白いデアクストスが動いた。

 動きは遅いのに、恐ろしいほど的確に、白いデアクストスの剣は赤紫を、そして他の敵機もひとつ巻き込んで両断した。あれほど重く速かった赤紫が、紙のように斬られて爆発した。

 白いデアクストスがのそりのそりと動く。敵機が飛び退き、距離を取る。

 辺りは急に静かになった。

 蓮太郎は肩で息をしながら回りを見た。いつの間にか戦闘は終わっていた。

「中村カンナ機、残りの敵は引き上げました。今回我々が破壊できた敵機は3機です。雨野さん、言いたくはないが悪くない腕です」

 佐々木が妙な褒め方をした。蓮太郎はようやくほっとしてカンナを振り返った。


「カンナ」


 そしてはっとした。

 カンナは生きていた。生きてはいたが、目がおかしい。ひどく虚ろだ。

「カンナ?」

「蓮太郎」

 カンナは呟くように言ったが、目は蓮太郎を見なかった。

「佐々木さん!カンナが変だ」

「雨野さん、すぐに手首のベルトを外して、手を解放してください」

 蓮太郎は急いでカンナの手を解放した。カンナはぐったりしている。

 デアクストスの外装がすうっと黒から灰色に戻っていく。

「カンナ、カンナ」

 蓮太郎はカンナの手を握って懸命に呼びかけた。カンナの手には力が戻らない。

「カンナ!」

 蓮太郎は叫んだ。カンナが何か呟いている。

「カンナ、何、カンナ」

「蓮太郎、私、あなたと世界を守れた……?」

 蓮太郎はうん、と答えたが涙で声にならなかった。

「カンナ、しっかりして、愛してる」

「蓮、太郎……」

 カンナがごぼりと血を吐いた。

「カンナ!」

 カンナの目から光が失われていく。

 

 帰ったら。明日。今度は。次は。



 来月の誕生日には。



「カンナ……」


「カンナ……」


「……」


 蓮太郎の魔女は死んだ。

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