第12話 白い魔女と白い機体
名前を聞いても、蓮太郎には誰のことだかわからなかった。
葬儀から戻る車の中で、蓮太郎を指名した魔女の説明をしてもらっているのだが、全く記憶にない。
「彼女の話では、半年ほど前にあなたに優しくしてもらったそうですが」
佐々木が助手席から振り返る。
「半年?」
「落ち込んでいる時にあの店で花を買ったら、あなたがきれいに花束を作ってくれて、おまけもしてくれたと」
「……それだけ?」
蓮太郎は思わず言った。そんなこと、仕事のうちだ。いちいち覚えてもいない。
「それだけです。それだけで半年経ってもあなたのことを覚えているそうです。私も理解に苦しみました。雨野さんに直接お会いしてからは、特に」
佐々木は無遠慮に言った。しかし蓮太郎としても異論はない。誰が見ても、一目惚れをされたりするような顔ではない。
蓮太郎は気が抜けて、少し笑った。
「会ってみたらイメージが違ってダメだと言うことになりそうですね」
「私もそうあってくれるよう祈ります。そうすれば彼女も諦めて、軍が世界から選りすぐった容姿も性格も操縦の腕も抜きん出た者たちの中から、相手を選んでもらえるかも知れませんから」
「その方が良さそうですね」
むしろ気楽になって蓮太郎は後部座席にもたれた。佐々木が蓮太郎をちらりと見て、言う。
「……この前も少し言いましたが、彼女は私たちの切り札です。あなたも見たでしょう、大きな白いデアクストスを。あれには、彼女しか乗れません」
蓮太郎ははっと背を浮かせた。
あの、最後にやっと来て、あんなに手こずった赤紫の敵機をいとも簡単に破ったあれか。
あれが。あれがもう少し早く来てくれていたら。
カンナは死なずにすんだかもしれなかった。
思いが顔に出たのだろう。佐々木は面倒そうに蓮太郎を嗜めた。
「雨野さん。くれぐれも、彼女を責めるようなことはしないでください。そうでなくても今、彼女の運用は厄介なんです。これ以上揉めるのはごめんです」
蓮太郎は無言で座り直した。心はまだ落ち着かないが、今更言っても仕方ないと思える程度には冷静になってきたようだ。
「あのデアクストスは、最初に来た、ニュースで流れた機体です。爆弾の雨の中、中の生き物は蒸し焼きになっていましたが、機体は無事でしたのであの後私たちが
蓮太郎はニュース映像を思い出した。聖堂の上に浮かんだ、紫色の騎士。
「……色が違う」
「色は、おそらく中の魔女に由来します。人が変われば変わることもあります。あなたの乗った機体は、以前は茶色でした。色で性能の違いはないようですが、オリジナルのようなあの大きさのものはこちらでは作れませんでした。敵機にも今のところあの大きさのものはありません。向こうにしても特別機であるようです。そして、オリジナルには、こちらで作ったデアクストスとは決定的に違う点があります。」
佐々木はまた蓮太郎を振り返った。
「オリジナルが動き出すと、中には、毒の気体が充満します」
佐々木は淡々と説明した。
「異星人の吐く息の毒と同じものです。いくら空気を入れ換えても、コクピットを密閉しても、防護服を着ても、ダメでした。操縦者は毒の中で戦います」
蓮太郎は当時の騒ぎを思い出した。異星人との交渉が決裂した理由は、その毒が致死性のものだったからではなかっただろうか。
「魔女がデアクストスを動かせているうちは操縦者も守られるようです。しかし、魔女の意識が切れてしまうと守護がなくなり、操縦者は毒にさらされます。即死はしないようですが、今のところ治療法はありません」
意識が切れる。そういえば佐々木はカンナにもそんなことを言っていた。
「意識が切れると、どんな風になるんですか」
「魔女とデアクストスのつながりが切れて、デアクストスはただの木偶の坊に、あの灰色の状態に戻ります。あれだけ大きいと少し時間はかかりますが」
蓮太郎はカンナをおろした後に振り返って見たデアクストスを思い出した。動きを止めたまま、石像に戻ってしまったかのような巨大な騎士。
「こちらで作ったデアクストスには、戦闘中に魔女の接続が切れた場合に、機体を保護するためそのタイムラグを利用して、戦場から緊急離脱するシステムを乗せています。この前、黒いデアクストスが1機急に戦線から離れたでしょう。あの時、あの機体の魔女が亡くなりました」
「あの時……」
赤紫の敵機と交戦していた時だ。蓮太郎はうつむいた。だとしたら、その操縦者も今、自分と同じ悲しみの中にいるのか。
「オリジナルのデアクストスにはそういった機能はありません。同じように時間をかけて灰色に戻り、そのまま動かなくなるだけです。彼女の場合は、はっきり覚醒すると大概切れてしまうようですね。特殊な状態で乗っているので」
「特殊って、どんな」
佐々木は少し言葉を選ぶように逡巡して、続けた。
「薬で半分眠らせ、意識を朦朧とさせて乗せます。そうしなければ操縦者を拒否してしまって、彼女のデアクストスは動きすらしません。完全に眠らせても接続状態にはならないようなので、さじ加減が難しいようですが」
「操縦者を、拒否しているんですか」
佐々木は目だけで蓮太郎を見た。
「そうですよ。彼女はもう心を閉じているんです」
佐々木は少し目を伏せた。そして気を取り直したように、面白くなさそうな顔をして言った。
「どれだけ優秀で容姿も良く、優しい男性でもダメなんです。独特な趣味なのかと色々なタイプを、男性だけでなく女性でも試しましたが無駄な努力でした。そもそも女性は操縦者にはなれないようでした」
佐々木はその時の徒労を思い出したようにため息をついた。
「しかし、その運用ではデアクストス本来の力を出し切れないのです。見たでしょう、あののろまな姿を。本来あれは、あなたが乗っていた機体と同じか、それ以上の速さで動けるはずなんです。ですから、何とか彼女の操縦者を見つけなければならなかった。ようやく聞き出せたのがあなたです」
佐々木がまたため息をついた。そこまでして見つけたのが蓮太郎では、ため息もつきたくなるだろう。
「あなたに会えば、彼女も諦めて他の男性に目を向けるかもしれない。それが私の唯一の希望です」
「……そうなるように、俺も祈ってますよ」
蓮太郎が言うと、同じことを言っている癖に、佐々木は咎めるような目をした。
「彼女の前でそんな言い方はしないでください。何度も言いますが、彼女を傷つけるようなことはしないでください。彼女の見る目のなさでなく、そこまで彼女が思う価値のない自分を責めてください。せめて下手な演技で、上っ面だけでも、彼女を大切にはできないんですか」
「できないですよ、こんな時に」
佐々木の言い様に、蓮太郎も思わず吐き捨てた。佐々木も苛立ったように言った。
「雨野さん。あなたの代わりになりたい男なんてたくさんいるんだ。この前だって、彼女と出撃した者は最後まで彼女に愛されたいと望みながら叶わず死んでいきました」
そして佐々木は前を向き、ひとりごとのように続けた。
「彼女は十回以上出撃しています。それは、十人以上死んでいるということです。彼女と2度出撃できた者はいません。彼女さえ万全で乗れたら、戦いはじき終わるでしょう。あなたと中村さんのような人を、もっと増やしたいんですか」
「人に心を許せない魔女がダメなんでしょう。俺のせいじゃないよ」
蓮太郎がぞんざいに言い返すと、佐々木は急に矛先をおさめて前を向き、静かに言った。
「……彼女は、そんなに悪い人ではありませんよ。ひどく傷ついてしまっているだけです。それを責めないでください。どうか、彼女が悲しむようなことを言うのはやめてください」
それきり佐々木が黙ってしまったので、蓮太郎は窓の外を見た。口の悪い彼だが、魔女には優しい。確かにカンナにも優しかった。
佐々木は長く沈黙した後、小さくため息をついた。
「まだ先は長いので、彼女のことを話しましょうか。あなたに誤解されたままでいるのは、私の気がすまないので」
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