第13話 優しい色の花がほしい


「彼女が初めてデアクストスに乗ったのは、自分の兄とです」


 彼女の兄は戦闘機乗りではないが、もともと軍のパイロットだった。

 それもあり、彼女に恋人がいなかったので、肉親ならば拒否感も薄いだろうと安易に決定された。

 搭乗する時の拒否は思った通りそれほどなかった。試運転は何とか数回は行われた。その時は大丈夫だったのだ。操縦者は守られ、デアクストスも本来の動きをした。

 ただ試運転は本当に動かしてみたくらいだったので、実戦はぶっつけ本番のようなものだった。その頃は他のデアクストスもなく、既存の兵器はもうほぼ底をついていた。

 魔女とその兄のデアクストスは初めての実戦にしては十分に強かった。あっという間に攻めてきた敵機を全て撃破し、もう基地に戻るだけという時だった。


 魔女の心が途切れた。

 正確には、戦いの中でそこまで必死にデアクストスを動かしていた魔女が、ついに力尽きて気を失った。

 その途端に接続が切れた。デアクストスは動きを止め、磨かれたような白からくすんだ灰色に戻っていく。

 開けてくれ、と彼は叫んだ。

 何か変だ。もしかしたら異星人のあの毒の気体かもしれない。妹を、あやめを助けてくれ。気を失って動けないんだ。

 しかし救護班が空調設備を整えて何とかコクピットを開けた時、魔女は気を失っているだけで、それを庇うように抱きしめた兄だけが死んでいた。


 彼女は毒に耐性があるようだった。

 毒の気体はデアクストスが動くことにより発生することがわかった。しかし防ぐ方法がわからない。

 試運転の時は異常のなかったことから、操縦者がコクピットから出るまで魔女が接続されたままであれば、操縦者は守られるのではないかと思われた。

 しかしそれはなかなか難しかった。

 魔女がデアクストスに接続されると、感覚がデアクストスと同化するらしい。そして、不思議なことに、硬いはずの自分の機体を触っても、肌のような感触がするそうだ。他の機体も、人の肌のように感じるという。

 そして、手に持つ剣で敵を斬りつけた時、貫いた時は、自分の手で斬りつけたり貫いたりしているように感じる。肉が弾ける感触、内臓へわけ入る感触、そして血のぬめりを感じるそうだ。それだけでも精神的に重い負担になるだろう。


 しかし、その不思議な感覚の恐ろしいのはそれだけではなかった。


 相手を倒したり、相手の魔女に当たる者が死んだりして接続が切れると、それまで相手が感じていたであろう感覚が全て流れ込んでくるそうだ。それこそ、死に至るほどの痛みや、恐怖や、無念さが。

 こちらで作ったデアクストスは急遽その感覚をできるだけ遮断するように改良した。そのため、出力は半分になった。それでも完全に消すことができず、魔女が切れるのは大抵相手を倒した時だ。

 オリジナルはそこを全く調整できずに使用されているという。そのため、恐怖で我を保てなかったり、それに耐えても痛みで意識を失ったりして、魔女の接続は切れてしまう。


 そうなると操縦者は毒にさらされて死ぬ。


 魔女の兄の次に魔女とデアクストスに乗った男は、同じく軍に所属していた彼の友人だった。魔女が唯一の肉親をなくしてしばらく立ち直れなかったのを、優しく、根気強く励ました。魔女も彼を頼るようになった。昔から知り合いだった魔女と兄の友人は、慰め合いながらうまくいっているように見えたそうだ。

 今度こそはうまく運用できるのではないかとみんな思った。

 しかし、やはりそうはいかなかった。

 彼も最初の出撃で死んだ。


 魔女は心を許すことを恐れ始めた。

 次に魔女とデアクストスに乗ることになったのは、彼女がデアクストスに乗ることになってからずっと公私共に世話してきた補佐官だった。彼女は彼をひどく拒絶し、彼はデアクストスを動かすことすらできなかった。

 操縦者がいない、と周囲が焦り切羽詰まる中、敵機が来襲した。

 なけなしの戦闘機が必死に応戦するが当然戦果はあがらず、これまでかとなった時、彼は酩酊した魔女を連れてきた。

 接続がうまくいかず、魔女は服を脱がされて体中を固定された。ようやくデアクストスが白く輝き出す。拒絶も薄くなり、彼はデアクストスを立ち上がらせた。

 デアクストスの動きは精彩を欠き、見る影もなかった。白い巨体を持て余すように鈍重な動きで、それでも振るう剣は敵機を斬り裂き、それ以上の侵攻を許さなかった。

 灰色に戻ったデアクストスの中で、吐瀉物にまみれて裸で気を失っている魔女には、その傍らで死んでいる彼の上着がかけられていた。


 それ以来、白いデアクストスの操縦者は、希望者の中で魔女が最も拒否反応を示しにくい男、になった。ある一定レベルの技能、精神状態をクリアした希望者が魔女と面接し、その様子を機械で読み取って拒否感を数値化し、その数値の最も低い者が敵が来襲するまで魔女とできるだけ親交を深め、敵が来たら出撃する。

 魔女は全てを拒んだ。しかし、機械は些細な好意も数値化する。通り過ぎる時挨拶してくれた、初めて会ったけれど笑いかけてくれた。

 数値で操縦者は決定される。しかし魔女が受け入れない限り、デアクストスは動かない。

 拒否感を払拭し切れず、しかし酩酊するのは魔女の体の負担が大きいため、薬で調節することになった。できるだけ即効性で効き目の短い薬を脳波計を見ながら投与する。少しでも時間のロスをなくすために、魔女は出撃命令が出たら着衣を脱ぐことになった。

 衆人環視の中裸体を晒して薬を投与され、裸ばかりでなく我を失った酩酊に似た姿まで見られながら、気がつくと知り合いが、ほんの些細な、しかし優しい心の交流があった者が死んでいる。自分のせいで。


 魔女は泣いた。泣いて誰かにすがりたかった。しかしその人たちは死んでしまった。そして、これから誰かにすがったらその人が死ぬのだ。

 それでもいいと彼女の前に現れる男性は笑い、ひととき彼女を慰め、より深く傷跡を残して死んでいく。


 デアクストスに乗る魔女は魔力を吸い尽くされると死ぬ。このひときわ巨大なデアクストスは、他のデアクストスを動かして帰還できた魔女2人を導入しても魔力を吸い取るばかりで動かなかった。

 また死ぬ。人が死ぬ。知った人も、知らない人も。

 割れた心を踏みしめるようにして魔女は歩き続けながら、花がほしいと思った。人は怖い。優しい色の花がほしい。

 お兄さん。その友達だったあの人。それをずっと見守ってくれていたあの人。そして、そして。

 話がしたい。人が怖い。

 花がほしい。

 そんな時いつもの面接で、彼女は思わず漏らした。


 あの花屋さんと話したい。


「それであなたを探し、連れてきたのです」

 佐々木は話を終えて、ふっと息を吐いた。

「悲しみに大小ははないと私は思います。だからあなたもつらいと思う。けれど、彼女がつらくないとは思わないでください」

 蓮太郎は何も答えられなかった。その悲しみやつらさ、それをひとりで抱えなければならいこと。想像もできない。

「……私は彼女があなたといることで彼女が悲しむようなことにならないか心配です。でも、彼女の望みはできる限り叶えます」

 佐々木は振り返って蓮太郎を見た。手を伸ばし、蓮太郎の腕を掴む。その手は思いの外力強かった。

 痛いほど蓮太郎の腕を掴んで、佐々木は身を乗り出した。

「彼女は聡明な人です。彼女を悲しませないでください。彼女をつらい気持ちにさせないでください」

 佐々木の手が熱い。その手がより強く蓮太郎の腕を握る。

「彼女は自分の力を怖がっています。自分の感情が動くのが怖いんです。怖いから心を閉じてしまったんです。そのせいでますますつらい思いをしてしまっているんです」

 佐々木は少しうつむいた。

「彼女は本当はとても優しくて、少しだけ泣き虫な人です。どうか彼女を泣かせるようなことを言わないでください。会っている間だけでもいい、彼女を大切だと思ってください」

 佐々木がまた顔を上げ、蓮太郎を見る。佐々木は真っ直ぐで、しかし寂しげな目をしていた。

「彼女を、また人を愛せるようにしてあげたい。……私には、できないのです」

 いつも冷淡な態度を崩さなかった佐々木の変貌に、蓮太郎は驚いていた。佐々木は重ねて、どうか、どうかお願いしますと頭を下げた。

 佐々木の手が熱く、強い。こんな熱さを持った男だったとは。

「……できるだけ、やってみます」

 蓮太郎はそう答えざるを得なかった。

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