彼の悟りが星々を照らすように

 カサインの宣言によって、父の形は崩れ、またあの影に戻った。しばらく形を成さずに揺れ動いた後、今度はカサインの姿を模した。


 けれど、今までとは異なり、襲い掛かって来ない。


 最初は俯いているだけだったがやがてこちらを見た。その眼は絶えず何かに怯えているようだった。


 幼い頃に、比較につかまり、無償の愛や温かさを知らず、度重なる争いで冷え切った目をしていた。


 そして目から涙が頬を伝って流れ、月の光を受けて輝いていた。夜の黒い山脈を流れる銀の河のように。


「影。君が事あるごとに私を乗っ取ったのには気付いていた。勝てば慢心、負ければ嫉妬。そのどちらでもお前は増長していた。


 例えば、〈星讀祭〉でベアルに褒められた時。あるいは、アーヤに核心を突かれて受け入れたくなかった時。他にもたくさんあった。


 君は争いの場に長くいすぎた所為で、本来の生の輝きを見失ってしまった。

でもね、もういいんだよ。私は自分の内に価値を見つけた。だから君も本当の人生を歩めるはずさ。


 君は自分には価値がないと思って、現実と向き合うのを躊躇ってしまった。天文台を憎んでいても、そこから離れることができなかったのも、シオンと関係を深めることが出来なかったのも、怖かったからだ。


 失敗して、自分が無能だと分かるのが怖かったんだ。だからずっと殻に閉じこもってしまって、真っ当に世界と向き合って試行錯誤することができなかった。


 どうしてそんなに臆病で、自分で考えようとしないのか、もう分かるだろう? 


 人は全て自分の為になる善い行為しかしない。だから挑戦しないことで私たちは得をするんだ。


 もう劣等感を抱きたくないから、何も行動しない。行動しなければ、選択しないなら無能だと証明されることもない。


 そうすれば傷つくことも、苦しむこともない。


 偽りの万能感、贋作の全能に浸って、本当の生と向き合うことを諦めてしまった。


 そうやって虚偽の殻に閉じこもりながらも、外からの価値を諦めきれなかった。ベアルに褒められた時のことを覚えているかい?あれが自分を見失うということだ。

些細なことだよ。だが忌々しい。


 私たちの心はなんでも無闇に反応し、考えなしに良いものだと決めつけ、それを持たない自分を恨んだ。

 

 だけど本当は、父も天文台も関係なく、私だけで価値をもって生まれてきたんだよ。だから、周りが何と言おうと構わないさ。


 


 さぁ、行こう。本当の生を歩もう。まだ怖いけど、ちゃんと人生と向き合って、迷いながらでも、失敗しながらでも、いろいろ試してみなくちゃね」


 カサインは影に近づき、その体に触れた。影は恐れて震えていたが、やがてすべてを理解したように力を抜き、カサインに身を任せた。


 そうして互いに体を寄せ合って、長い時間をかけて境界を溶かしていった。カサインは影と一つになった。全き人になった。


                     ***


 その日、大災害が起きてこの星の在り方を全く変えてしまった。その災害は遺宝をもたらし、刻まれた言葉は多くの人に届いた。


『欲を制し、惑わされず。

この世に生き、しかして未練を残さず

星々を砕きて、楽園へ至れり

全ては個体、概念、言葉であると断じて

心静かに観察して、ただ一人歩め』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カサインの悟り ユキアネサ @bible6666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ