街角の季節

てると

街角の季節

 寒い。

 風が冷たい。耳がちゃんと付いているか、指で一々確認する。

 高架の上を走り去って行く電車をぼんやりと眺めながら、僕は独りベンチに座っていた。朝の時間に、日中暇をしている僕が家から離れたこの公園にいるのも、言ってしまえば気が向いたからなんとなく、なのだが、ここで昇って来る太陽の光を浴びたかったからである。しかし、雲が邪魔をしている。住宅地の一角にある高架脇の公園は、ただ電車が去ってゆく音が聞こえるだけである。ベンチの横に根を張る木は、すっかり幹と枝だけになっている。

 ここにいても風邪をひくだけだと思い、着ているジャンパーのチャックをしっかりと上げ、ベンチを立った。公園を出て住宅地を抜けて通りに出た。目的地もないので、近くの喫茶店にでも入ることにした。喫茶店の前まで歩き、開いていることを確認し、ドアを開けて中に入る。心地の良い茶色っぽい音楽が耳に流れ込んできた。僕は一番奥のテーブル席に腰を下ろした。すぐにコーヒーを注文した。メニュー表からみて一番オーソドックスであると思われるコーヒー。店内には既に2名の客がおり、コーヒーを飲んでいた。男女で、年齢は60代後半というところだろうか。おそらく夫婦だと思われる。

 コーヒーが運ばれてきた。

 一口つける。

 と、熱さの後に少し酸っぱさを感じた。すぐに飲み干し、代金を支払い、店を出た。

 歩道を歩きながらふと空を見上げる。明らかに雲が厚みを増していた。白線を挟んですぐ左、作業着を着た信号待ちの運転手が、指でハンドルをコツコツと叩いていた。

 「陽はまた昇る」というが、本当にそうだろうか。根拠はあるのだろうか。「あなたは大器晩成型です」と、相談者に適当なことを放って満足させる無責任な占い師と同じではないのか。時間は、一人の人間に対して、永遠に賦与されているわけではない。占い師も自分も生きている。生きているから、死ぬわけである。いや、これもまた早まった帰納法による決めつけではないか・・・。

 などと考えていたとき、後ろから来た自転車に追い抜かれた。

 少し進むと、右に路地があった。このまま通りを直進するか、路地に入るか、一瞬迷ったが、決断よりも先に足が路地に向かったので、そのまま路地に入った。

 しばらく歩くと神社があった。荘厳、というと少し違うが、立派な神社だ。僕の足はまたもや思考より先に、今度は境内に向かった。しばらく歩くと、御手水があった。手と口を清める。神社というものは、そこになにが居ますかは重要ではないと思う。ただ、信仰の哲学などは説きたくない。それは人の心がどうあるかを積極的に規定することになるから。どうあってはいけないかを言えても、どうあるべきかとは言いたくない。

 二礼、二拍手、一礼、参拝した。僕は参拝するとき、何も想念を浮かべない。中には無病息災天下泰平学業成就などなどと、過ぎた願いをこれでもかと盛り込む者もいるようではあるが、それは違うと思う。そういう次第で、参拝を終えた。しばらく神社の本殿の周りを散策し、そして境内を出る。

 さて、そうこうして歩いているうちに、元いた公園が近づいてきた。僕の散歩は特に行くところを決めたものではない。ただ、なんとなくその日行きたい方向に足を向けて、そこから足の向くまま気の向くままに遊ぶ。これを僕は気に入っている。

 あの木とベンチが見えてきた。とりあえず座ることにしようと思い、公園に入る。ベンチに座る。

 きっと今日も穏やかでいい一日になる、そう思える。明日も、明後日も、こうやっていられるのだろうか。そう考えると、なにか今の生活が綱渡りのように感じられて、どこか野暮ったいようでもあるから、考えるのをやめた。季節はそう長くない、すぐに次の季節が来る。

 どこかへ向かう電車が、カタンコトンと音を立てて走っている。家に帰って今日の日を記そうと思った。いつまでも、忘れないように。そう思い、ベンチを立つ。

 風が吹いた。

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街角の季節 てると @aichi_the_east

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