第104話 岬

 鬱屈とした地下墓地を脱した直後だからだろうか。

 水平線まで広がる海原の景色がとても美しく思える。潮騒の音も相まってエモーショナルだ。

 抑圧と解放ってやつかな。頑張った分が報われたような気分になる。

 

 とはいえ、俺たちの目的は観光ではない。

 海に背を向け、せっせと崖上に登らなくては。

 幸い、道は整備されている。ロッククライミングとか要求されなくてよかった。

 

「しかし武器のドロップなんて初めてだな」


 墓地を抜けたので、気を張り詰める必要もないだろう。

 改めて異様に強かったあの骸骨から入手した双剣を確認してみる。

 

「【風雲と夕立】ね」 

「どっちがどっちなんだ?」

「たぶん名前に合うっぽい色のほうがそうだろう」


 隣のカノンが言う通り、どっちがどっちかわからん。銘も彫られてないし。

 一本は刀身が白っぽく、もう一本は亜麻色をしている。

 どちらも金属の色にしては特異だが、かっこよくていいな。

 たぶん白い方が風雲かな。こちらは柄に日本刀としての意匠が強く出ている。

 霧のようなもやが刀の表面を流れていて、光を吸い込む姿が美しい。風雲という銘がよく似合っている。

 それに革製の柄巻が巻いてあって、握った感触が心地いい。

 俺はこっちの方が好みかな。

 

 もう一本の亜麻色の方が夕立。

 柄や手を守る鍔はまるっきり西洋のサーベル風だが、刀身が日本刀らしく刃紋が浮かんでいる。

 亜麻色の刀身に濃淡のコントラストが浮き出ているのが魅力的だ。

 軽く振ってみれば、空気を裂く鋭い感触が返ってきた。

 普通にこっちも好きかも。

 

「戦利品がそんなに気にいったか?」

「流石にな」

 

 手すきな移動時間に退屈したドーリスが、俺の様子を見て話しかけてきた。

 みんな静かに移動しているのに俺だけ武器握って素振りしてたらそら目立つよな。

 

「でもなぁ」

「ん?」

「これが気に入らん」


 俺が指したのは、二本の刀に共通する特徴。

 刀身を走る蛇のような赤い紋様だ。

 

「最初はかっこいいと思ったんだが。改めて見ると邪魔に感じる」


 二本とも刀身が凄く神秘的で綺麗なのに、この赤い紋様が調和を乱している感が強い。

 後付けっぽいというか、あんまり似合ってない。

 

「あんまり私も詳しくはないけど」

「ん? カノンはなにか知ってるのか」

「武器に付与された特質で、武器の外観が変わることがあるらしいぞ」


 ほう。分かりやすくゲーム的だな。

 火属性の武器は赤っぽくなって、雷属性は黄色っぽくなったりみたいなやつだな。

 この世界でもそういう感じで、外観が変わっている場合があるんだな。

 

「じゃあ、ドーリス。この赤い紋様もそういうのなのか?」

「お前のお抱えの鍛冶師にでも聞いてみろ。そっちのが都合がいいと思うぜ」

「まあ、そりゃそうだ」


 情報屋のドーリスがそんな言い方するなんて、あんまりない。

 情報の精度が怪しいとか、理由があって言いたくないとか、そういう感じか?

 どうであれ、俺にはエトナに聞くという手段がある。今すぐ知りたいわけじゃないんだし、それでいいよな。

 

「使うと決まったわけでもないし」


 あくまでエトナへのお土産だからな。持ち武器にするわけじゃない。

 エトナの神経を逆撫でするような真似は断固としてできん。

 理由は言わずもがな、だ。

 

「さて、そろそろだな」


 そうこうしている内に、俺たち一向は海を一望できる岬へと上がってきていた。

 白い建材で造られた、教会のような構造物。

 結婚という儀式を行うための場としては、極めてオーソドックス。

 

 だからこそ、奇をてらうような展開を身構えてしまう。

 そもそもの発端から、曰くがついているわけだしな。

 

「別にまだ何も起こらないから、そんな心配いらないわよ」


 先導するメライに、俺がそわそわしているのが伝わったようだ。

 

「肝心なのは、儀式が始まってからだし」


 そう言い捨てて、彼女はあっさりと教会の中へと踏み込んでいった。

 俺たちは顔を見合わせて、少し遅れて彼女の後に続いていった。

 

 中は、少し拍子抜けだった。

 ハリボテとまでは言わないが、内装がボロボロだ。

 屋根は崩落し、部屋を仕切る壁もほとんどない。

 教会はもはや、外郭しか残っていないような様相だ。

 しかし、奥の祭壇の辺りはかなり状態が良い。

 吹き抜けた天井からはおあつらえ向きに日の光が柱のように指しており、いかにも神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「さ、結婚するわよ」


 ムードもへったくれもねえや。

 

「あのパネルに立ったらいいんだな?」

「本当はいろいろいい感じになるようにやるんだけどね。今はアイツが来るから」

「どうせ邪魔が入るから、適当にやるっつうわけかい」 


 祭壇の前には二人が向き合うように足場が設けられている。

 そこにそれぞれドーリスとメライが立つ。 

 

「これで、来るわ」


 突如として、教会の内部に釣り鐘の音が響く。

 差し込む光が曇り、色を失くす。

 瘴気が足元に立ち込め、充満する。

 

「上だ」


 ドーリスが言う。

 降ってくる、と表現するのが正しいだろう。

 それは巨大なハサミを携えた、醜悪で巨大な、赤子の天使。

 

「俺たちはこれを倒せばいいわけか」 

 

 イベントで出てくるボスと戦うのは初めてだな。

 名前が見える。『二人を分かつ者』ね。

 

 

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