なぜエロゲ世界の美少女たちは性格も完璧なのに彼氏がいないのか

夏目くちびる

第1話

 要するに、俺は何らかの世界に転生したか閉じ込められたかしたワケだが。まぁ、主人公は他にいるようだし、俺が何かをしなくても問題はないだろう。あるいは、これは俺に都合の悪い夢であって、少しすれば目が覚めるだろう。



 だから、俺は往年の疑問について考察する事とした。因みに、冒頭は落丁ではない。ありきたりだから、省いただけだ。



 さて。



 疑問とは、なぜエロゲ世界の美少女たちは性格も完璧なのに彼氏がいないのか、という事だ。昔っから、よく言われてるよな。



 一先ず、正確に言えばこの世界はエロゲなのかアニメなのか小説なのか、そのどれかは分からないが、とにかく美少女がたくさん在籍している学校が存在する世界である。政治経済を含め世界はちゃんと成立していて、だから伝わりやすいように、仮にここをエロゲ世界と呼ぶ。因みに、ここは女しかいない島とかではなくて、ちゃんと男女混在の街にある共学だ。



 この学校に、俺は高校二年生として通っている。現実世界の俺は27歳だったから、10歳若返ったワケだな。



「おはようございます」

「おはよう」



 今挨拶してきたのは、クラス委員長の藍田香梨奈あいだかりな。パッケージの中心というか、黒髪で、誰にも分け隔てなく優しい性格で、才色兼備で眉目秀麗の、そして主人公の幼馴染という完全無欠のキャラだ。人気投票で、いつも三位くらいにいるような感じ。あまり、俺の趣味ではない。



 藍田は、まるで引き寄せられるかのようにとある男の席に向かって、にこやかに会話を始めた。恐らく、あれが主人公。



 あの主人公は、所謂クールでオレツエー系の主人公だ。何をするにも斜に構えていて、そのクセに完璧な結果を残す。最近、特によくあるステレオタイプなキャラ。恋愛に興味があるんだかないんだか分からないが、俺の勘では過去に何か大きな傷を負っていて、そのせいで臆病になってるんだと思う。



「楽しそうね」



 そこに、今度は金髪ツインテールでややロリっぽい藤堂紗耶ふじどうさやが割り込んだ。高飛車で高慢ちきな性格をしているが、結構抜けていたり常識が外れている系のあれ。物語的には狂言回しを担っていそうな奴。この手のキャラは、裏側の頑張り次第で人気に変動があるように思う。まぁ、俺の趣味ではない。



「おはよう~」

「間に合ったー!」



 そして、最後に入って来た二人はおっとり巨乳の柴弥生むらさきやよいとボーイッシュの桃井真琴ももいまこと



 紫は、これもよくある日本系の美人で、あらあら言いながら時々お色気イベントに手を貸してくれる都合のいいタイプ。土下座したらヤラしてくれそうとか、そんな話題でプレイヤーが盛り上がるキャラ。こういう系が最近のトレンドなんだと思う。まぁ、疲れたら癒されたいもんな。分かるよ。俺の趣味じゃねぇけど。



 その逆で、桃井は少しクセのある元気な女。喧嘩っ早く運動神経全振りって感じで、明らかに女の活動能力を超えているが、しかし実は誰よりも乙女なんだろうなぁ、とか。使ってる文房具とか見るに、結構ファンシーな趣味を持ってるんだなぁ、とか。本当は守ってやりたくなる、そういう感じ。俺の趣味ではない。



 とまぁ、俺が27歳てことで、高校生はやっぱり子供にしか見えないから好きになれないってだけ。だから、羨みもしないし、学校生活を楽しめないし、考察くらいしかやる事が無いのさ。仕方ないだろ。だって、大人なんだから。



 そんな感じで、この四人が多分メインヒロイン。まだ、結ばれてはいなさそう。



 後は、随所にサブヒロインなんかが散りばめられているんだろうけど、全ては把握しきれていない。が、羨望を向けるその他の女子と、明らかに恋してる四人のサンプルがあれば充分だろう。この四人と、彼らを取り巻く環境を元に考察していきたいと思う。



 根本的に、このエロゲ世界と現実世界には大きな違いがある。それは、このエロゲ世界が人の為に存在しているのではなくて、プレイヤーもとい主人公の為に存在している点だ。



 元々、娯楽だからな。



 流れ続ける時間の中であらゆる人間が歴史を育み、作り、壊して、また作った世界ではなくて、ある日ここに誰かの欲求を満たす為現れた完璧な世界、と言ったら分かりやすいだろうか。世界五分前仮説とかあるだろ?あんな感じ。まぁ、実際にプレイヤーを楽しませるためにプログラムされたのだから、仮説じゃなくて実説なんだけどさ。



 多分ね。



 俺から見て、ヒロインや主人公の友達だけが常識から逸脱していたり、特殊な感性を持っているのはそのせいだろう。どうしても、作り手の好みは浮かび上がってしまうモノだ。



 まぁ、きっと現実世界でも同じような事は起きてるよ。人間、みんな神様の求めたルックスだって。俺たちの美醜感覚にそぐわないだけで、神様から見ればみんな美男美女なんだって。



 そう思えば、少しは自信が湧くだろう?



 それはさておき、それならそれ相応の世界観を作り上げろよと言いたくもなるけど、このエロゲ世界はそうならなかったらしい。何故なら、俺の学校の外の生活はあり得ないくらいに平凡だから。やっぱり、おかしいのはこの学校と俺を含めた彼らの生活という事になる。



 これは、一つの原因となりそうだ。



 さて。



 案外、恋愛のイベントとは公然の元で行われるモノらしい。もちろん、裏で秘密裏に行う二人だけのニュースも多いんだろうけど。このエロゲ世界は主人公が周りと格の違いを見せつけ、女子がそれに分かりやすく反応するというか。昨今の流行に則った、結構インスタントなスタイルの物語だというのが俺の感想。



 運動会やら、文化祭やら、学力テストも修学イベントも、基本的にはそこで一悶着あって、それを主人公がどうにかする的な。まぁ、場当たり的というか、鴨がネギと鍋とコンロまで一緒に背負ってきてくれる中々に優しい世界。懲らしめられた相手がどうなるのか、それは誰にもわからないけど。



 ……俺も、結構長いことこの世界にいるってことさ。



 つまり、主人公に惚れる女たちは、恋愛においてとても原始的な価値観を持っているという事になる。この現代日本っぽい世界で、安寧や安らぎよりも強さを求めているのだから、そういう事になる。



 でも、やっぱり不思議だ。十色の個性を持つ彼女たちが、一様に強さを求めるのは。モダナイズされた美しさの内に、クラシカルな子宮と心を持ち合わせているっていうのだろうか。



 こういう表現、絶対に表に出しちゃダメだぞ。



 ……ところで。



 現代における男の強さを、俺は資産なんだと思っている。そして、魅力のある男とは得てして金を稼ぐ術を持っているモノだと思っている。だから、金を稼げる人間を好きになるのは女として当然の事だとも思っている。



 でも、そういうふうに考えると、彼女たちは途端に可愛げがなくなってしまう。嫌だな、今からそんなこと考えて恋愛して、結婚まで見据えて、その選定方法が経済力の可用性だなんて。



 ただ、それならハーレム関係を喜んだり、雑に扱われて喜んだりする「ちょっと知恵遅れてんじゃねぇの?」みたいな模様にも納得がいく。だって、見えてるのは金なんだから。俺は、その夢も希望もない一つの可能性に辟易としてるけど。



 まぁ、泣きゲーじゃなくて、抜きゲーなんだろうよ。この世界はさ。



「やれやれ」



 現文の授業中、思わず呟いてしまった。気が付けば、既に三時限目。そろそろ小腹が空いてきて、だからこっそりスニッカーズを齧って。そんな時、突然明理あかり先生に指名を食らった。



「この問題、答えてみなさい」



 無理だ。チョコレートが口の中にある。



「まったく、授業が終わったら職員室に来なさい」

「……はい」



 白野明理先生。29歳、独身。眼鏡とデザインパーマのポニーテールが特徴で、いつもパンツスーツを着ている美人教師。目の下のホクロがセクシーで、口癖は「まったく(呆れ)」で、若干のクーデレ感を含んでいる。多分、サブヒロインなんだろうけど。俺の感覚では、こういうヒロインに手を出すとバッドエンドを迎える。



 因みに推し。マジでかわいい。



 そんなワケで、俺は職員室に来た。明理先生は、足を組んでボールペンを下唇にあて、俺をじっと見ていた。だから、俺は一切逸らさずに、そのちょっと濁ってる目を見ていた。



 社会に疲れてる人間特有の、目の下のくま。化粧で隠してるけど、確かに浮かんでる。



「な、なによ」



 前髪を直す仕草は、意外にも普通の女子っぽい。



「いえ、先生の事が好きなだけです」

「いつもそんな事言って誤魔化そうとして、ちゃんと反省文を書くのよ」



 全然、嘘でも誤魔化しでもないんだけどな。



 この人も、主人公のせいで独身でいるのだろう。ストーリー上、何だかんだでネタに使われて、別に29歳なんて普通なのに、それで未婚を誂われて。ちょっと涙目になった姿を「かわいい」だなんて慰められて。でも攻略は出来ないから、プレイヤーが飽きて起動されなくなっても、永遠に誰とも結ばれる事はないのだ。



 そんなの、可愛そうだろ。そう思って、有志のファンはファンディスクとかで救済してあげたりするじゃん。



 だから、俺はずっと好きって言ってる。



 初めて会った時から、ずっと好きだって言い続けてるのさ。もし俺が現実世界に帰れたとしても、あなたを好きな奴は確かにいたって知っていて欲しいワケ。



「先生は、愛が無限だと思いますか?」



 俺は、先生の隣で反省文を書きながら尋ねた。



「急に何を言い出すのよ」

「俺は、優しさや愛にもキャパシティがあると思うんです。それを受け止める側にもやっぱりキャパシティはあって、だから人間のサイズを『器』だなんて表現するんだと思うんです。愛は、液体だと思ってください」



 えーと。僕は、授業中にスニッカーズを食べました。



「……それで?」

「例えば、とある男を好きになった女が四人いたとします。その女たちの愛や恋は人並みに大きくて、男も四人を同じくらい好きになってしまって。しかし、男が持っているのが、一人分だけしか受け止められない器だった時、果たして四人の愛はどうなるでしょうか」

「そこに愛を注げないのなら、誰かが注ぐ事を諦めるんじゃないの?」



 校則で授業中の飲食が禁じられている事は知っていましたが、我慢できなかったからです。



「なら、誰も諦めなかった場合はどうですか?」

「溢れていく。それに、器の中には四人の愛のカクテルが出来るわ」

「男は、その味をどう思うでしょうか。入り混じって、複雑な一つの味だと思ってしまうんじゃないでしょうか」



 今となっては、どうしてそんな事をしてしまったのか分かりません。



「そうね。寂しいけど、味の感想も一つしか浮かばないかもしれないわ」

「俺もそう思います。それに、溢れた女たちの愛はどこへ流れていくんでしょうか。男が四人の女に対して、四分の一の愛しか注げなかった時、その器の残りは何で埋めればいいのでしょうか」



 クラスメイトが真面目に勉強している中で、僕一人だけが飲食をしてしまい、申し訳ないと思っています。



「難しい話ね。でも、ならば四人が互いの愛を掬い合うしかないんじゃないかしら。誰かに流れれば、その誰かに想いが傾いてしまうもの」

「でも、ならば掬い上げた女たちは、四分の三を誰かの愛で埋めた女たちは、一体誰を愛している事になるのでしょうか」



 もう二度としないと誓います。今回の学内清掃は、僕が進んで行うことです。



「それは、男を含めた互いを愛しているんじゃないの?もし、歪な錯覚だったとしても」

「そうなります。そして、また例え話ですが、俺は先生の事が好きです」

「こら」

「純愛です。こうして、下らない話に真面目に付き合ってくれるところも、なんだかんだで毎回掃除を手伝ってくれるところも」

「毎回ってわかってるなら、そろそろちゃんとしなさいよ」



 最後にもう一度謝罪します。申し訳ございませんでした。……と、こんなところだろうか。高校生並の文章を書くのも、そろそろ慣れてきた。



「だから、俺は先生の為に死ねると思ってます。人並みの愛って、多分それくらい重たいです」

「は、恥ずかしい事を惜しげも無く言わないで?」

「だったら、死ぬ気になれる感情の四分の一なんて、何で表すんですかね。裏切りによって死を選ぶ人や、大金持ちでも病んで自殺する人がいる以上、金は絶対とはなりえません」

「そんな悲しい事言わないでよ。君、まだ高校生でしょ?」



 そう、彼らはまだ高校生なのだ。将来、仮に一夫多妻を育む関係になるとしても、金を追い求める妻になったとしても、それに見合う男になるんだとしても。今はまだ、高校生なのだ。



 そこのところが、俺が彼らの関係を疑問に思う所以だ。



「はい、書きました。放課後、廊下の掃除をしておきます」

「今度は、手伝ってあげないからね?」



 嘘だ。俺は、そこんところをよく分かってる。



「では、失礼します」

「う、うん。もう、お菓子食べちゃダメだからね?」

「分かりました」



 廊下を歩きながら、俺は再び考えを巡らせた。あの美少女ちは、どうして誰か一人の器を自分の愛で埋めようと思わないのか。あぁやって、一人を奪うワケでもなく注ぎ続けて、虚しくならないのだろうか。



「……そもそも、前提が間違っているかもしれないわ」



 そして、放課後。先生は、やっぱり手伝いに来てくれた。マジで大好き。



「と、言いますと?」

「可逆的だからこそ、人の気持ちよ。みんなに同じ量だなんて、ありえるかしら」

「ありえないと思います。女側にもキャパシティの違いがあるとさえ思います。だから、みんなが好きだと男が言っても、無意識的に順位を付けてるハズです」

「順位というのは同意できるけど、女側のキャパシティの差異に意味はあるかしら」



 先生は、ロッカーを探って道具を選んでいる。



「その心は?」

「女が愛を注ぐと認めた相手の器が、一人分だなんてありえないと思うの。その男が何者であれ、常人より優れているのは明らかじゃない。なら、全部受け止められてもおかしくないでしょ?」

「俺も、最初はそう思っていました。でも、ならばそれはそれで別の問題が浮かんでくるんですよ」



 箒を動かす先生。一生見てられる。



「なに?」

「先生は、25メートルのプールにバケツで満タンになるまで水を注ぎ続けられますか?」

「それは極端過ぎるわよ。もう少し、四人なら四人なりの、現実的なサイズがあってもいいでしょ?」



 窓の縁には、大量のホコリが溜まっていた。まずは、こいつを廊下に落とそう。



「それでも尋常ではないんですから、男側は然るべき教育を受け、然るべき生活を送り、然るべき将来を迎えるハズです」

「だから、普通の人間がいない場所に……。あれ?」

「そうです。そんな、然るべき有能たちが住まう場所で、ハーレムは存在し得ないんですよ。だって、女も優秀なんだから。むしろ、性能的には男を侍らせる側のハズです」



 昔、マツイ棒なんてのがあったよなぁ。



「それは、確かにそうね」

「ならば、自分より劣る人間のいる場所に入ってきて、無双するしかないワケです。しかし、居場所が分相応でなければ、人間は時間と共にそのレベルまで落ちていきます。立場が人を作るのです。ベンチマークが、周囲に合ってしまいますからね」

「君は、自分がそうだっていいたいの?」



 いや、俺には少なくともあなたがいた。仕事や勉強に対して、ニュース含めた世間話に対して、しっかり答えてくれるあなたが。



「そんなことないですよ、俺は普通の高校生です。少し、素行が悪いですけどね」

「まったく、仕方ないんだから」



 わざとやってる事、そろそろ気付いてるんだろうな。



「とにかく、ちょっとした社会成功なんかを超えて、世界から一人の人間として数えられる者は、成るべき状況にいるのです。イチローだって、紛争地域に生まれればスターにはなれなかったでしょう」

「いちいち大袈裟よ、まるでセールスマンみたい」



 まぁ、セールスマンだからな。



「でも、結局何が言いたいの?この話、主語が大き過ぎてどう答えを出せばいいのかわからない」

「ハーレム、一夫多妻を容認する女の心の解明は、一般的な恋愛観との乖離と結び付けられると思いませんか?」

「急に倫理的な話ね。でも、概ね同意よ」



 窓ガラスも拭いておこう。



「俺が導きたかったのは、つまりそれです。なぜ性格も完璧な美少女に彼氏がいないのか、そんな論文を書こうと思ってまして」

「……美少女?」

「えぇ。この学校、普通の高校の割に女子たちのレベルがやたら高いし、でも彼氏がいない人間が大多数なんですよ。だから、その原因を考えてました」

「そ、そうかしら。こういってはなんたけど、私の感性ではみんな普通のかわいらしい高校生に見えるわよ。そもそも、恋愛ってあまり頻繁に起きるモノでもないでしょう?」



 なに?



「そんなバカな。だって、みんなテレビや雑誌に出ててもおかしくないような美少女ばっかりじゃないですか?」

「ごめんね、ちょっと分からないわ」



 ……その理由を考えたとき、ふと、俺はさっきの自分の言葉を思い出した。



 ベンチマーク。もしかして、俺が美しく見えている者が、エロゲ世界の人間は醜く見えてるんじゃないだろうか。みんながあまりにも美形だから、本当に細やかな差で自分をブサイクだと思ってしまうんじゃないだろうか。



 もしも、この主題の美少女が美少女でないのだとすれば、それはまったく別の問題になってくる。醜い者とは言わずとも、経験から恋愛に臆病になっても不思議じゃない。だから、一人の優しい男に群がって、自分を慰めているのだとすれば、話の辻褄は合うのだ。



 だが、それはおかしい。



 この世界にもアイドルがいて、モデルがいて、俳優がいる。美しかったり、かわいいと言われる人間はいるし。そして何より、主人公やモノローグは、ヒロインたちの容姿を褒めているじゃないか。当然ように、そんなヒロインとの恋愛を予感しているじゃないか。だから、みんなが憧れるんじゃないか。



 ならば、どこで現実世界とエロゲ世界にズレが生じているんだ?それとも、俺がいるこの世界だけがズレてるのか?それを、主人公が望んだっていうのか?



 そんなバカな。



「先生は、自分の姿が美しいと思いますか?」

「ちょっと、やめてよ。凄く、コンプレックスなの」

「……誰と比べて、コンプレックスなんですか?」

「それは、色んな人たちよ。だって、このホクロ。今まで会ってきた……」



 会ってきた。そこで、先生の言葉は止まった。それも、言葉が浮かんでこなかったのではない。文字通り、時間が止まったのだ。



「おいおい。それはマズイよ、君」



 そいつは、いきなり現れた。



「誰だよ、あんた」

「神だよ、分かってるだろ?」



 ……まぁ、正直見た瞬間に察しはついたさ。



「今君がやろうとした事は、この世界の破壊だ」

「分かるように教えろ」



 タメ口をきいてるのは、わざとだ。なんの説明もなくここに連れてこられた、という事になるし。その上で一年以上放置して、あげくいきなり時間を止めて、「マズイよ」だって?



 ナメるのも大概にしろよな。



「この世界自体の歴史は、どうとでもなるけどね。個人の経験に基づく感覚を理論的に解き明かされたら、間違いなく彼女の精神は壊れてしまう。君だって、もしも今日まで生きてきた記憶が全てデタラメだったら、頭の一つや二つはおかしくなるだろう?」

「だったら、何なんだよ」

「この世界の矛盾を暴くな、と言ってるのさ。君は、彼女のコンプレックスの原因を探ろうとした。君がそんなことしたら、全て紐解かれてしま――」

「うるせぇ」



 答えを聞く前に、俺は神の顔面を思い切り殴り付けた。クリーンヒットして、2メートル程度吹き飛ぶと、奴は俺を見上げて涙を浮かべた。



「な、なんで殴るの!?」

「お前、俺がどんな思いで生きてきたか分かってんのかよ。それを、ノコノコ現れてテキトーぶっこきやがって」



 胸ぐらを掴んで、顔を近づけた。



「大体、この世界はなんなんだよ」

「き、君の住んでいた世界を模倣したパラレルワールドさ。主人公、本名は青海隆だけど。彼がとあるゲームに転生したいといったから、それをプレゼントする為に作ったんだ。所謂、罪滅しだよ」

「どうして、そこに俺がいる?」

「君は、この世界を作った瞬間に臨死体験をしていたんだ。だから、この世界に作った君の体に、君の魂が乗り移っちゃったんだよ。ついでに言うと、君が若返ってるんじゃなくて、時代を10年巻き戻してる。当然、青海君の希望だよ」



 更に、首を締め上げる。



「どうして、それを早く言いに来ないんだよ」

「た、た、たった今気が付いたからだよ!あの宇宙だけで、どれだけの人間がいると思ってるのさ!まさか、こんな事になってるなんて思わなかったんだ!」



 管理は結構、アナログなんだな。



「……要するに、俺も死んでるって事だろ。それ」

「そうだね。元の体は、とっくに火葬されてる」

「なら、俺は一生ここにいるのか」

「残念だけど、そうなる」



 ゲームオーバーだ。もう、どうにもならない。なら、せめて謎だけでも解明してやろう。



「どうして、この世界の人間の感覚はこんなにズレてるんだ」

「君の想像通りさ。モノローグを書いてるのは、神だ。主人公は、プレイヤーだ。つまり、そこにこの世界の意識は介在していない。そもそも、ズレてるって表現がおかしい。言うなれば、君か異常なのさ」

「なら、なぜこの世界に美しいと言われる者がいる?どうして、明理先生はコンプレックスを抱えてるんだ?」

「本当に細かいから君には判断できないだろうけど、確かに差があるんだよ。輪郭だったり、小鼻の角度だったり。彼女の場合、ホクロがあるだろう?そのせいで、自分を醜いと思い込んでるんだ。もちろん、性格も似たような理由でね。つまり、この世界の人間は、君より遥かに人の要素をシビアに見てるのさ」

「ぶさけるなよ」

「ふざけてなんていないよ。だって、そういう人間に優しく出来る人間は、自然とモテていくだろ?この人しかいないって、思い込ませられるだろ?青海君が自分の力でモテていると自覚してもらうには、それしかなかったんだ」



 この場合、悪いのは一体誰なんだ。世界を作ったこいつか。そんな世界を望んだ主人公か。そこに順応出来ない俺か。



「もう、わかっただろ?君の言うこのエロゲ世界の美少女たちは、君から見て性格も完璧なのになぜ彼氏がいないのか」

「……特別な理由なんて、なかった。彼女たちは、ブスで性格も悪いから、当たり前のようにモテないってだけ」



 俺は、神の首から手を離した。



「その通り。彼女たちは、知的障害でも精神異常でもない。ただ、モテなくて、純粋に青海君を好きなんだよ」



 ……言葉が、見つからない。俺は、思っていた以上に自分の常識に囚われているみたいだ。



「とにかく、この世界の歴史はハリボテだから。個人の理由を探るのはやめてね」

「嫌だと言ったら?」

「青海君が悲しむだけさ。でも、忘れないで。彼だって、現実世界ではそれなりに大変だったんだよ」

「まるで、俺や別の死人が苦労してないみたいじゃねぇか。なぜ、奴だけを特別扱いするんだよ」

「いや、苦労なら君を含めた多くの人間の方が遥かにしてるよ。でも、君の人生はだろ?」



 そして、神は消え、時間が再び進み始めた。人生が終わってないって。俺にトドメさして終わらせたのは、お前と主人公じゃねぇか。



 クソ野郎。



「……人たちには、ついていないじゃない。これが醜くなければ、何が醜いのよ」



 事実を知った俺は、もうこの学校に通う理由を失っていた。現実世界に戻るまでの少しの休息だと思っていたけど、とっととやめて働いた方がいいかもしれん。



 もう、俺の精神が持たない。



「……先生」

「なに?ちゃんと、手は動かしなさいな」

「結婚してくれませんか?俺と」



 すると、明理先生はピタっと止めて俺を見た。



「そ、そういうセリフで誂うのは本当によくないわよ?」

「本気です。突然ですが、俺は学校辞めようと思っています」

「……一度、落ち着きなさい。学校辞めるって、冗談でも面白くない」

「俺は、自分でもビックリするくらい落ち着いてますよ。人生決める選択肢なんで、もっとテンパると思ってましたけど」

「だから、落ち着いてってば。第一、学校辞めて就職はどうするの?」

「別に、普通に働きますよ。稼ぎたければ、自分で会社作ればいいじゃないですか。どうとでもなります」



 幸い、この世界は俺の知ってる歴史をある程度なぞるみたいだしな。直近で流行ってた、メルカリやウーバーイーツみたいな媒体を先取りして始めるとしよう。



 悪いな、先駆者たち。でも、商売ってそういうモンだろ。



「人生を甘く見過ぎよ。もう少し、頭のいい人だと思ってたけど」

「先生は、人生を辛く見過ぎですよ。もう少し、バカになってもいいんじゃないですか?」

「詭弁と揚げ足取りなんて、そんな事しないと思ってた」

「だって、断らないじゃないですか。さっきから」



 いつも真剣に話を聞いてくれる先生が、そうしなかった。俺が食い下がる理由なんて、それだけだ。



「……あなた、本当は何者なの?絶対に普通の高校生じゃないわよね」

「まぁ、その辺の話は、50年後くらいの今際で全て明かしますよ。だから、一生隣に居てください」



 先生は、俯いて腕を抱いた。



「恥ずかしいけど、実はそういう相手が出来た事がないのよ。だから、どうすればいいのか分からない。受け取り方も、断り方も、知らないだけなの」



 違う。出来なかったのではなく、世界がそうあってしまっただけだ。



「まぁ、せっかくなんでゆっくり考えてみてくださいよ。答えを聞くまでは、とりあえず高校生やっておきます」

「随分と余裕ね。君って、案外モテるのかしら」

「そんなわけ無いじゃないですか。心臓ぶっ壊れそうですよ」

「……そう。じゃあ、ゆっくり考えてみるわ」



 俺は、この世界で女に優しく出来ない呪いにかかっている。俺には分からないコンプレックスを抱えていたとしたら、思わぬ形で惚れられるかもしれないから。



 だから、俺は一人に全部くれてやろうと思っただけだ。主題の理由を知っても、やる事が変わるわけじゃない。



「さて、掃除しましょう」

「これ、君の罰なんだからね?」



 まぁ、俺は先生を幸せにするから、お前もせいぜい楽しめよ。主人公。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なぜエロゲ世界の美少女たちは性格も完璧なのに彼氏がいないのか 夏目くちびる @kuchiviru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ