第5話

 アイクチとハヤブサの鳥人ソメイは、アルミナン市のルフ島の暗い路地裏から島の沈み行く様を見つめていた。


 着水時の轟音から一転して、静かにゆっくりとその姿を沈めていく。


 おやっさんとの思い出や仲間達との思い出が海の藻屑となる。それでも、アイクチは不思議と悲しみを感じなかった。きっとこうなる予感がしていたのだ。


 アイクチは、背中の40L入りのバックパックを背負い直した。その重みに、自分のものはここにあるものだけだと実感した。


 空岸に設置された広場には、突然の轟音に跳ね起きた人々が海を見ようと空岸部に詰めかけてきていた。


 島の沈んだ場所は、白波が立ち、強くうねっていることがわかった。かなり離れているにも関わらず、青い海が黒く濁って見えた。木々や枯れ葉などが大量に海面に浮いているだろうことが想像された。


 波が落ち着き凪が戻る頃には、アルミナン市は全体の動きを止め、市役所を中心に同心円状に島を広げる形態へと陣形を変えつつあった。


 話題の場所を見たいという心理からか、人出は時間と共に増していった。


 路地裏から見える場所にも人がいたが、アイクチ達に注意を向ける者は1人としていなかった。


「ゆっくりと墜ちていって、水しぶきがどーんってなってさ!」


 広場では、その瞬間を見ていた者がつばを飛ばしながら熱く語っていた。周囲の者はそれを羨ましそうに聞いている。


 また、地元の報道関係者も集まり、中継を開始していた。


「はい。ルフ島の空岸からお伝えします。本日の明け方に未開島が墜落した模様です。こちらには多くの方々が集まっており、皆一様に海の様子を眺めています。15年ぶりの調査ということで、資源化が期待されていた浮島でしたが、ごらんのように、跡形もなく海に沈んでしまいました。ちょうどその一部始終を見ていたという方の話をお聞きします。―――」


 マイクを持ってカメラに語るリポーター、肌寒い夜明けの空気にもう帰りたいと泣き叫ぶ子ども、それを放置してご近所さんとの会話に夢中になる親、騒然とした群衆にアイクチは目を白黒させた。


 知識としてしか持ち合わせていなかった他人の存在の多さと理解の及ばない行動をとる人間達に、アイクチは恐怖を感じていた。


「ここから離れようか」


 アイクチの動揺を察してか、ソメイが肩に優しく手を置いて問いかけた。


「うん」とアイクチが返すと同時、ソメイは同心円の中心方面を見上げると、声色を変えて「流石にザルってことはなかったか。アイクチはジュンカ達と一緒に行くと良い」と言った。


「ソメイは?」


「僕はやることができた。合流せずに還ることにするから。また明日」


 アイクチの返答を待たずにソメイは空岸から野次馬達に見つからないように飛び降りて行った。


 ソメイがいなくなると、急に周囲の音が大きくなった気がした。


 急に心細くなったアイクチは、すぐにジュンカを召喚した。


 白いまばゆい光とともに、ロングのワンピースの上にジャケットを羽織ったジュンカが姿を現した。ジュンカは、自分の状況を確認すると、満足そうに頷いた。


「よし、成功。じゃ、離れるよ!」


 ジュンカは、言うなり、アイクチの腕をつかんで走り出した。裏路地から飛び出し、通りを島の中央に向けてひた走る。アイクチの目の前でいつもは兜の中でお団子にしている黒髪が風にたなびいた。


 しばらく走り、また路地に飛び込むんだ。通りを観察してみたが、追っ手は来ていないようだ。


「ちょっと! どうしたの!?」


「どうしたもこうしたもないでしょ。あんた、あんなに人がいるところの近くで召喚するから、注目を集めるところだったじゃない」


 アイクチは、責めるジュンカの視線に「あ」と目をそらした。


「状況が分かるまでは注目は避けておこう。これからはそのあたりのこと気にしないとね」


「うん。ごめん」


「分かればよろしい。でも本当に上陸成功したんだね」


 アイクチとジュンカは路地から改めて大通りを眺めた。


 石畳が続く通りには、人がまばらに歩いていた。ジャージを着てランニングしている人や、犬の散歩をしている人など、様々だ。空岸に人が押し寄せていたが、皆が皆気にしている訳ではないようだ。


 整然と立ち並ぶ家々は、石やレンガで作られたものが多く、白い漆喰の塗りたくられたものもまばらに見られた。通りは、馬車がすれ違う程の広さはない。


「リンユウ達も出してあげたら?」


 アイクチが目をキラッキラさせて眺めていると、ジュンカがため息交じりに言った。見れば腰に取り付けたホルダーの中でカードが光り、自己主張していた。


「リンユウ、参☆上!」


 緑色の光の中に無駄な星を飛ばすエフェクトとともにリンユウが現れた。平素は魔法使い然とした服装をしているが、ふわっとしたニットのコートを羽織り、いかにもお出かけといった出で立ちだった。飴色の髪を緩いパーマに仕上げており、他島上陸に向けてかなり準備してきたことがうかがえた。


「うわぁ! 何それ! かわいい!」


「どやぁ。この日に向けて買いに買いためてきたからね。ジュンカも良いじゃん。砦にそんな服よく持って行けたね」


「いいかな。へへ、慣れないからちょっと恥ずかしいんだ。無理言って休み貰って町まで戻った甲斐があるよ」


「まじか。砦ってそんな近くないでしょ」


「結構ね。定期便の馬車はないし、近場の町にはつるしでこれってのないし。大変だったよ」


 ジュンカとリンユウがキャイキャイと盛り上がる一方、ギエンはいつもの金色鎧だった。現れるなり、ジュンカとリンユウの服装に気づき、膝から崩れ落ちた。


「言ってくれても良かったのでは……」


「荷造りを手伝わない人に教える優しさは持ち合わせておりません。ソメイがミスるとは思えないから、ここは非戦闘服一択っしょ」


 リンユウの答えに、ジュンカも背中に背負った鞄から三つ折りの槍を取り出し、「一応最低限の武器は持ってきてるけどね」と見せた。それにリンユウも「当然」と返す。


 ギエンは、ぐぬぬと歯がみしながら、ガチャガチャと鎧を脱ぐ。鎧下に着ていた上下黒の防御ジャケットに靴だけ金色という、斬新な仕上がりとなった。


 路地の端に置かれた金色の抜け殻達が哀愁を誘った。


「さてと、見た感じ危険はなさそうだね。私は情報収集に向かうってことでOK?」


「構わないけど、問題起こさないでよ?」


「大丈夫大丈夫。異文化コミュニケーションはお手の物だから。諸国漫遊してきた経験を舐めるなっての。ってことでアイクチ、お金ちょうだい」


 仕方ないなとアイクチは背中に背負った鞄をごそごそと漁り、硬貨の入った革袋を取り出した。おやっさんが残してくれたものだ。長年の保管により青錆の浮かんだ銅のコイン等は、数字が読みづらくなっていた。


「そんなにあるわけじゃないから、とりあえず3千アーヴだけね。これで何が買えるか分からないけど、節約しなくちゃだから」


 アイクチが硬貨をジャラジャラと渡した。リンユウはその汚さに顔をしかめると、すぐさま魔法により錆を落とした。


「これでOK! それじゃ行ってきます!」


 リンユウはしゅたっと手を挙げると、颯爽と街並みに消えていった。


「それじゃ、俺たちも行こうか」


「はい、アイクチ様。まずは拠点確保ですね」


 アイクチもまた、ジュンカとギエンを連れて探索を開始した。

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未開島の召喚士 大判甘太郎 @amatarayaki

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