最終章 顔

第4話 顔とは

〇老人ホーム・応接間

   晴れた暖かい日。

   ソファに座った職員が、痩せたミチエの前に座っている。

   

ミチエ「えっと、それでその後入院しました。医者に栄養失調って言われました。お金なくてアパートも戻れなくなっちゃって、同じ病室の鈴木さんにこちらの施設を紹介してもらって。住み込みで働けて経験もいらないからって」

 

   職員は顎をなでる。

 

職員「大変でしたねえ。うちは給料あんまり出せないけど大丈夫?」

ミチエ「あ、大丈夫です。他に行き場ないし……(小声で)住める場所があれば、またネットで『仕事』できるし」

ミチエ「やってもらうのはお手伝い的なことになるけど、正直結構大変だと思う」

ミチエ「あ、はい。ネットの『仕事』でお金貯めたらすぐやめるつもりだし」

職員「え?」

 

   ミチエは口を塞ぐ。

 

 

〇老人ホーム・リビング

   大窓から明るい中庭が見える。明るい光が差しこむ。

   入居者の高齢者が日向ぼっこをしたり、食事をしたり、テレビを見たり、思い思いに過ごしている。

   手足がうまく動かない人や、食事がうまく取れない人は、職員にケアされている。

   ミチエは清掃をしている。

   

職員「水橋さん、掃除終わったら7時までにお迎えの車出してくれる? デイサービスで外からも利用者さんが来るから」

ミチエ「(急ぎながら)あ、はい!」


   ミチエは掃除を急ぐ。

   近くにいたおばあさんが、ミチエに声をかける。


おばあさん「いつも掃除してくれてありがとね」

 

   ミチエはオドオドし、照れる。

   


〇同・大部屋

   おじいさんやおばあさんが、職員のピアノに合わせて歌を歌っている。

   

おじいさん・おばあさん「きーらーきーらーぼーしーよー」

 

   ミチエは部屋の隅でぼんやり様子をながめている。

   おじいさんもおばあさんも、みんな皺皺。髪は白いか、そもそもない。おばあさんなのかおじいさんなのかわからない人もいる。

   みんな無邪気に笑い、歌を歌い、手を叩いている。

   ピアノを弾く職員が、ミチエに声をかける。


職員「水橋さんはチェロができたんだっけ」

ミチエ「え? えっと、大学時代に先輩から少し教わったくらいですけど」

職員「古いチェロがあるんだけど弾いてみない?」

   

   職員は部屋の隅に置かれた、埃を被ったチェロを指差す。

   

ミチエ「え? あ、えっと」

 

   おじいさんやおばあさんがはしゃぐ。


おじいさん・おばあさん「ミチエちゃんのチェロ聞きたい」

ミチエ「えっと、はい、じゃあ弾きます」

 

   ミチエはいそいそとチェロを準備する。

   

職員「じゃあ弾くね」

 

   職員がピアノを弾く。ミチエもたどたどしく、チェロをギコギコ弾く。

 

ミチエ「(演奏しながら涙目になる)下手だよー」

 

   おじいさん・おばあさんは、手を叩いて喜ぶ。

   

おじいさん・おばあさん「うまいうまい」

 

   ミチエは照れる。

 

 

〇同・台所

   職員が慌ただしく食事の準備をしている。

   ミチエは掃除をしている。


職員「ミチエちゃん作るの手伝って! 今日はデイサービスの日で人が多いの」

ミチエ「え、でも私料理が苦手で……」

職員「簡単なスープ作るだけでだから。ね。お願いできないかな」

 

   焦った様子の職員は手を合わせる。

   ミチエは気まずそうに目を逸らす。

   

 

〇同・部屋

   おじいさんやおばあさんが料理を待っている。

   ミチエや職員たちが配膳をする。

   たまごスープを見て、おじいさんやおばあさんは喜んでいる。


おじいさん・おばあさん「おいしそう」

 

   ミチエは左胸を抑える。

   呼吸がハッ、ハッと浅くなる。

   職員が、目の悪いおばあさんの肩を軽く叩き、

   

職員「佐藤さーん、スープを口に運びますよー」


   職員はスープをスプーンで掬い、おばあさんの口に運ぶ。

   ミチエは思わず一歩前へ踏み出す。

   スープを飲んだ目の悪いおばあさんは無邪気に笑う。


目の悪いおばあさん「おいしい」

 

   ミチエは固まる。

   他のおじいさんやおばあさんも、「今日のたまごスープおいしいね」と、笑顔で口々に言う。   

   ミチエは涙をほろりとこぼす。

   職員がびっくりする。


職員「どうしたの?」

ミチエ「すいません。何でもないです」


   ミチエは目をゴシゴシ擦るが、涙が後から後からこぼれる。

 

 

〇同・休憩室

   ソファに座ったミチエが、シクシク泣いている。

   心配そうな職員たちが様子を見にくる。

 

職員「みんな心配してたよ」

ミチエ「すみません。すみません」

職員「謝らないで。それよりご飯にしなよ。若いのに痩せすぎ。たまごスープ持ってきたから」

 

   職員がたまごスープの器が乗った盆を持っている。

   

ミチエ「でも利用者様の食事を食べるわけには」

職員「いいって。余り物だし」

  

   「食べな食べな」と促される。

   ミチエは職員たちの顔をまじまじと見る。

   

職員「? 顔に何かついてる?」

ミチエ「……いえ。ただ、みなさんの顔を見てたら、ホッとするなって」

 

   職員たちは照れくさそうに笑う。


職員「私たちも、ミチエちゃんの顔見てたらホッとするよ」


   ミチエはたまごスープを一口飲み、安心したようにほほえむ。



〇同・リビング

   二十数年後。

   入居者がのんびり過ごしている。

   頬に肉のついたミチエ(45)が、目の悪いおじいさんの肩を軽く叩き、話しかける。


ミチエ「鈴木さーん、今からご飯を口に運びますよー」


   ミチエはおじいさんの口に、スプーンでご飯を運ぶ。

   

おじいさん「おいしい。ミチエちゃんのご飯はおいしい」

 

   ミチエは笑う。

   職員がミチエに、

   

職員「ミチエちゃん疲れたでしょ。ちょっと休憩してきなよ」

ミチエ「あ、はい」

 

   ミチエが部屋から出て行こうとする。

   おばあさんが声をかける。

 

おばあさん「ミチエちゃんはまたきれいになったね」

ミチエ「え? いや、そんなことないですよ」

おばあさん「ううん。女優さんみたいだ」

職員「ほんとだね」

 

   ミチエは何と言っていいかわからない。

 

 

〇同・休憩室

   ミチエはグッタリとソファに座る。

   休憩室の壁に、鏡が掛けられている。自分の顔が映っている。

   クスッと笑う。

   

^ミチエ「ブスだなぁ」

 

   職員が入る。

   

職員「ミチエちゃんお疲れ様。介護福祉士の仕事は慣れた?」

ミチエ「あ、はい。でも資格試験と実務じゃ全然違いますね。こんなに大変だなんて」

ミチエ「そうだね。しかも料理も作ってもらって悪いね。人手不足だし、ミチエちゃん管理栄養士の資格持ってるからつい頼んじゃって」

ミチエ「あ、料理は大丈夫です。おいしいって言ってもらえるのが一番嬉しいんで。栄養士もそのために取ったわけだし」

  

   職員がクスクス笑う。


職員「ミチエちゃんってさ、話す時まず『あ』って言うよね。利用者の人も言ってたよ」

ミチエ「あ、そうですか?……あ」

 

   職員は笑う。

   ミチエのスマホに通知が来る。

   ミチエは何気なしに通知を開く。

   メールが届いている。

   ミチエは目を見開く。

    

ミチエ「カンナちゃん……から……?」

  

   件名には、『同窓会』のお誘いと書いてある。

 

 

〇ホテル・ロビー

   大広間の扉と、扉の横に掛けられた縦長の板。板には、「加尾良大学オーケストラ部42期、43期、44期同窓会」と書かれている。

   ミチエが扉の前で逡巡している。

   扉の向こうから、人の話し声と、バイオリンとチェロの演奏の音が聞こえる。

   ミチエはスマホでカンナのメールを開く。

   

カンナのメール「今度オケ部で同窓会することになったの。色々あったけど私はミチエちゃんをずっと友達だと思ってたから。来てくれたら嬉しい。サレン先輩も会いたがってる」

 

   ミチエは扉を開けようとし、ためらう。


ミチエ「散々ひどいこと言ったのに。オケ部も途中で投げ出したのに。私に会う資格なんか……」

 

 

〇(ミチエの回想)高校

   勇気を出したようなカンナ(15)が、ミチエ(15)に話しかけている。

   

   

〇(ミチエの回想)大学

   カンナ(18)と仲良く歩いているミチエ(18)。

   

   

〇(回想終わり)ホテル・ロビー

   ミチエ(45)は扉に手を当てる。

   

ミチエ「カンナちゃんに謝りたい。謝りたかったんだ」

 

    思い切って扉を開く。

  

 

〇同・大広間

   ミチエは扉を開け、会場に足を踏み入れる。

   同時に眩しい光を浴び、拍手と歓声が上がる。

  

歓声「ブラボー!」

 

   拍手と歓声は、前方の舞台に向かってのもののよう。

   舞台には、バイオリンを持った白のペンシルスカートのサレン(47)と、チェロを抱えた黒のスーツのヨシナガ(46)がいる。昔より老けている。

   並んで立った二人は、舞台の前の元オケ部員たちにお辞儀をする。

   拍手がさらに大きくなる。

   

ミチエ「サレン先輩とヨシナガ先輩? 別れたんじゃ……」

声「あ、ミチエちゃん……? ですか?」

 

   ミチエは振り向く。

   後ろに太ったカンナ(45)が立っている。重い黒髪に、垂れた丸顔、キラキラした目でミチエを見つめている。

   赤ちゃんを抱いている。

   

ミチエ「……カンナちゃん?」

カンナ「ミチエちゃんだよね」

 

   カンナは泣きそうな顔で笑う。

   近くにいた元オケ部員たちが、ミチエを取り囲む。

   

元オケ部員1「(嬉しそうに)水橋来たの?」

元オケ部員2「元気だった?」

元オケ部員3「みんな心配してたんだよ」

 

   ミチエは戸惑う。

   カンナの抱いている赤ちゃんが泣き出す。

   舞台にいたサレンとヨシナガが駆け寄る。


サレン「あらあら。お腹が空いたのかしら。それともおしめ? リョウくん。見てきてちょうだい」

ヨシナガ「……うん」

 

   ヨシナガはカンナから赤ちゃんを受け取り、会場から出ていこうとする。

   あぜんとしたミチエに気づく。

 

ヨシナガ「……ん? 水橋?」

ミチエ「え? あ、はい」

ヨシナガ「(ボソッと)……久しぶり。よかったな」

 

   ヨシナガは出て行く。

   ミチエはぽかんとする。

   サレンが白のペンシルスカートの腰に手を当てる。メイクの色合いが落ち着いていて、大学時代よりおしゃれに見える。

   

サレン「もう。水橋さんを心配してたくせに。いつまでたっても口下手なんだから。ちゃんと子育てできるか心配だわ。やっと授かった赤ちゃんなのに」

ミチエ「先輩たち結婚されてたんですか?」

サレン「何よ。おかしいかしら」

ミチエ「いえ。てっきりヨシナガ先輩はアスムちゃんといい仲になったのかなって」

 

   カンナがクスクス笑う。

 

カンナ「サレン先輩すごかったんだよ」

 

   サレンは顎をあげ、ふんと鼻を鳴らす。

 

カンナ「学園祭のあと、部内でアンサンブルコンテストがあったの。で、グループごとに分かれて演奏したんだけど、あの二人の演奏が合わなくてね」

ミチエ「え? 二人ともめちゃめちゃうまかったのに」

カンナ「そう。2人ともうますぎたの。方向性が違う方に」

 

   ミチエが首を傾げる。

   サレンが気取って、

   

サレン「アスムの技巧は完璧。でもあの子の表現するのは、明るい太陽が照らす世界。対してリョウくんの表現するのは、霧の哀愁に満ちた曖昧な……」

ミチエ「えっと、つまりどういうこと?」

カンナ「合わなかったってこと」


  サレンがチチチと指を左右に振る。

 

サレン「音楽は、いいえ、人のあり方も技巧だけじゃ足りないわ。ムード、雰囲気を作ることもとても重要よ。雰囲気は内面から出るもの。内面に自信を持たなければ作れないの」

 

   ミチエは納得してうなずく、

 

ミチエ「アスムちゃんはそういう曖昧なものが苦手そうですよね。目に見えることしか信じないとか言ってたし」

カンナ「そう。それでサレン先輩が、ヨシナガ先輩好みのムードたっぷりの演奏をしたの」

ミチエ「それで取りもどしたんですね。先輩、さすがです」

 

   サレンは高飛車に笑う。

 

サレン「もっとお言い!」

 

   カンナは苦笑いし、

 

カンナ「アスムちゃんもすごいんだよ。『はっきり目に見えることしか信じない』って、建設会社に就職したの」

ミチエ「家とか建ててるの?」

カンナ「ううん。高層ビルとか大ホールとか。見て。アスムちゃんのSNS」

 

   カンナがスマホを見せる。

   一枚の写真が投稿されている。建設中のビルの上に、腕を組んだアスムが仁王立ちしている。真っ黒に日焼けしているが、顔だちは相変わらずきれい。作業着にヘルメットを被っている。小顔すぎるアスムの頭に、ヘルメットはフィットせず、ずれている。

   アスムの後ろには、アスムと同じく作業着にヘルメットをつけ、腕を組んで仁王立ちした作業員たちがズラリと並んでいる。

   ミチエは感嘆する。

   

ミチエ「すごい! 現場監督なんだ。カッコいい」


   そこへハゲた小柄な男(マサキ)(45)がやってくる。手には酒の入ったグラスを持っている。

   

マサキ「お前水橋か?」

ミチエ「……? 誰?」

マサキ「おいおい忘れんなよ。マサキだよマサキ」

   

   ニヤニヤしたマサキは、ミチエを頭から爪先まで値踏みするように見る。時おり、グラスの酒をチビチビ飲む。

   ミチエもマサキを頭から爪先まで眺める。

   マサキはハゲてシワとシミだらけ。実年齢より老けている。学生の頃より、いやらしそうな顔をしている。腹もぽっこり出ている。今は酔っ払っていて、顔が赤い。

   

マサキ「水橋が大学やめちまったって聞いたときは悲しかったぜ」

ミチエ「ああ、うん」

マサキ「お前美人になったな。45期一べっぴんだよなー」

ミチエ「私なんて。マサキくんには美人の彼女がいたじゃん」

 

   マサキは憎々しげに、

 

マサキ「あんな女知らねえよ。あのブス、彼氏ができたとか言って3ヶ月で俺を振りやがった」

ミチエ「(無関心)あ、そ」

マサキ「それより水橋はさあ……」

ミチエ「ねえ。私なんかよりカンナちゃんいるよ」

マサキ「え? ああ。いやぁ、水橋はホント美人だなー」

 

   マサキはそばにいるカンナには脇目もふらない。

   カンナは寂しそうに立っている。悲しそうな目。

   ミチエの表情が険しくなる。

 

マサキ「なあ、同窓会のあとにメシいかね?」

ミチエ「絶対嫌」

マサキ「何でだよ」

ミチエ「ご飯がまずくなるから」

 

   マサキは赤い顔をさらに赤くする。

 

マサキ「何だと? 調子乗んなこのブス! 整形モンスターが!」

ミチエ「その整形モンスターを作ったモンスターは誰?」

マサキ「(たじろぐ)は? 何のことだよ」

ミチエ「(怒り)人を散々ブスブス言って追いつめたモンスターは誰かって聞いてんの!」


   マサキは腰を抜かす。


ミチエ「私あんた嫌い! 失せろ! このモンスター野郎」

 

   マサキはオロオロと、会場から出て行く。

 

マサキ「うう、俺トイレ行くから」

 

   カンナとサレン、それから近くにいた元オケ部員が拍手をする。

   

元オケ部員1「水橋すごい。言うようになったな」

元オケ部員2「マサキは水橋がおとなしくて言い返さないからいじってたもんね」

ミチエ「え? そうだったんですか?」

 

   カンナがサレンに聞こえないよう囁く。

 

カンナ「マサキくん、サレン先輩にはしらふのとき何も言わなかったじゃない」

 

   ミチエは顎に手を当て、

 

ミチエ「……、ああ」

元オケ部員3「マサキのブスいじりを止めなくてごめんな」

元オケ部員4「私も。一緒に標的にされるのが怖くてなにも言えなかった。後悔してたんだ」

 

   元オケ部員たちが口々に謝罪する。

   ミチエは両手を振る。

 

ミチエ「もういいんです。それより私も謝りたい人がいます」

 

   ミチエはカンナに向き合う。

   カンナは黙っている。

 

ミチエ「あのときラインであんなこと言って、ほんとにごめん。許されることじゃないけど、あのときは病みすぎてどうかしてた。ずっと後悔してたの」

 

   カンナは軽く息を吐き、

 

カンナ「ううん。こっちこそごめん。ミチエちゃんが悩んでたの気づいてあげられなくて。整形するほど傷ついてたなんて知らなかった」

ミチエ「カンナちゃん」

カンナ「実は私もあのとき悩んでたの。みんな私にかわいいって寄ってきて。最初は嬉しかったけど、段々怖くなった」


   ミチエは驚く。

   元オケ部員たちは、沈んだ表情をする。


カンナ「男の人たちは私のこと何も知らないくせに、勝手に期待して寄ってきて。(苦笑い)私はただのオタクだったのに」

ミチエ「そうだったの……」

カンナ「あとね、女の人からのけ者のされたり悪口言われてつらかった。私はただミチエちゃんたちと楽しく過ごせれば、それでよかったのに」

 

   カンナは目尻の涙をこする。

  

カンナ「私の顔も、マサキくんやミチエちゃんの言うブスだったらよかったのかなって、考えることもあったよ」

 

   ミチエも涙を拭う。

 

ミチエ「ごめん。本当に。私の心がせまかったせいで、カンナちゃんを傷つけた」

カンナ「ううん。これからも友達でいてくれる?」

ミチエ「うん。こんな私でよければ」

 

   サレンは上を向き、涙がこぼれないようにしている。

   元オケ部員がニヤニヤしている。

 

元オケ部員1「あれ? サレン部長泣いてるんですか?」

サレン「フン。あなたたちはどうなのよ」

 

   元オケ部員の中にも、もらい泣きをしている者がいる。

   ミチエとカンナは笑い合う。

   

ミチエ「顔ってなんなんだろうね」

カンナ「ね。目と鼻と口がついただけの、何十センチの肉と骨の塊なのにね」

ミチエ「そんなものにあーだこーだ振り回されるなんて、滑稽だよね」

カンナ「うん、バカだよね」

 

   サレンが目元を拭いながら、

   

サレン「でも顔はとても大事なパーツよ」

ミチエ「そうですか?」

カンナ「だって年を重ねれば、その人の生き方が現れるじゃない。優しい心でいれば優しい顔に、イジワルな心でいればイジワルな顔になるの。しわくちゃになったあと残るのは、骨と肉の位置や高さよりそういう雰囲気よ」

 

   ミチエもカンナも、他のオケ部員たちも、ウンウンとうなずく。


カンナ「ミチエちゃん、コンバスまだ弾ける?」

ミチエ「うん、多分」

カンナ「合奏しない?」

 

   ミチエはカンナに連れられ、舞台に立つ。

   サレンからコンバスを渡される。

   カンナがフルートを構える。

   ミチエは自分たちを見守っているオケ部員を見回し、口を開く。

 

ミチエ「学生の頃、私は外見について悪口を言われ、深く傷つきました。整形をしたのはそのせいです。そこに後悔はありません。けど……」

 

   ミチエはカンナを見る。

   

ミチエ「みんなすぐ見えるものしか見ません。でも……」

 

   ミチエはオケ部員を見渡す。


ミチエ「でも。人にはもっと目に見えない、いろいろな面があるんです。年を重ねるごとに、段々それが大きくなる」

 

   オケ部員たちの後ろに、制服を着た中学生が立っている。中学時代のミチエ。

   ミチエは、自分にだけに見えている中学時代のミチエを、まっすぐ見る。

 

ミチエ「全員に好かれる必要はありません。自分のことを大切に思ってくれる人にだけ、好かれる顔になればいい。そんな顔になるために、自分が大切だと思える場で、まっすぐ活躍します」

 

   拍手が上がる。

   中学時代のミチエの姿は消えている。

   ミチエはコンバスの弦に弓を載せ、カンナのフルートと合奏する。

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ブスと言われたあの日から Meg @MegMiki34

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