第3章 整形依存と拒食症

第3話 整形します

○ミチエのアパート・トイレ

   痩せこけ、やつれたミチエ。自分が作った食べ物を口に運んでは、便器にすぐに吐き出している。

 

ミチエ「おえ。おえ」

 

   マサキの声がリフレインしている。

 

マサキの声「ブスが作った料理はまずいんだよ」

 

   ミチエの目にジワジワ涙が浮かぶ。

   スマホに着信。

   

ミチエ「(電話を取る)はい。水橋です」

電話の声「加尾良かおよし中央クリニックです。明日のご予約に変更はございませんか?」

ミチエ「はい。大丈夫です」

 

   ミチエはスマホに保存された整形の実例の写真を、しきりに見比べる。

  

ミチエ「この写真の通りに、目と鼻と口を治して顔やせすれば、私もみんなと同じ人間になれるんですよね」

電話の声「(戸惑い)は?」

 

 

○飲食店・キッチン(夜)

   傷んだ髪にほつれた服を着、ゲッソリ痩せたミチエが、店長と話している。

 

ミチエ「お世話になりました」

店長「水橋さんまで辞められて残念だな。毎日遅番に入ってくれて助かってたのに」

ミチエ「(小声)お客さんにまずい料理を出しちゃいけないんで」

店長「ん?」

ミチエ「何でもありません」

 

   店長は、ミチエのほつれた服から飛び出た糸に目を留める。

 

店長「ところで水橋さん、雰囲気変わった?」



 

○街

   春直前の季節。

   猫背のミチエが歩いている。髪は根元の部分が黒い。服はボロボロ。化粧もしていない。

   血色の悪いやつれた顔を見て、通行人の男女がミチエを笑う。

   

通行人「ブス」

 

   罵倒を気にせず、ミチエは堂々と美容クリニックに入る。

 

 

○美容院クリニック・カウンセリングルーム

   ミチエの前に座った看護師の女性が、ミチエのまぶたに、楊枝ほどの細い金属の棒を当てている。

   ミチエが手鏡を持ち、まぶたを確認している。

   女性は愛想よく、ニコニコしている。

 

看護師「二重の幅はこのくらいでよろしいですか?」

ミチエ「あ、はい。あと鼻の下のホクロ除去もお願いします」

看護師「ほくろ? ありませんけど……」

 

   ミチエはクシャミをする。

   看護師は立とうとする。


看護師「寒いですよね。エアコンの温度を上げます」

ミチエ「寒い?」

看護師「(気まずそうに)お洋服が薄めでいらっしゃるので」

ミチエ「(ケロリとして)ああ。ブスが自分の体を気遣ってもしかたないですから」

  

   看護師はギョッとする。

   ミチエはまっすぐ看護師を見、達観したように、

   

ミチエ「服に気を遣ってもブスだと意味ないんで」

看護師「暖かいお飲み物をお持ちしますね」

 

   看護師はそそくさと部屋から出ていく。

   

 

○手術室

   手術台に、仰向けのミチエが寝ている。鼻にはチューブが刺さっている。

   マスクに帽子を被った医者が話しかける。

   

医者「笑気麻酔の強さはいかがですか?」

ミチエ「あ、はい。大丈夫です」

医者「埋没からするので、まぶたの麻酔します。痛いけどがんばって」

 

   ミチエのまぶたの目尻側に、医者が注射針を刺す。ミチエはうめく。

   

医者「痛いねー。ごめんねー」

 

   医者はさらに左右の目頭、まぶたの真ん中にも、麻酔の注射を刺す。

   

ミチエ「(うめき)う、うう、う」

 

   ミチエは拳を握りしめる。

   

医者「次まぶたの裏側ねー」

 

   医者はミチエのまぶたの両端に指を当て、グッと力を込める。まぶたの裏側がひっくり返り、剥き出しになる。


ミチエ「(呟く)二重、二重、二重」


   押さえつけられたまぶたの裏側に、注射針の先が突き刺される。ミチエはうめく。

   

 

○大学

   春、桜が咲いている。

   大学生たちが新歓活動をしている。

   

   

○同・音楽室

   新入生たちがオケ部員たちに楽器を教えている。

   背の低いマサキ(20)が、新入生の女子の前で打楽器演奏を披露している。媚びるように、ニヤつきながら言う。

   

マサキ「パーカスどう? 楽しいよ。女子少ないけど俺が手取り足取り教えるし」

女子学生1「大丈夫です」

 

   女子学生たちは、他の楽器のグループへ行ってしまう。

   

女子学生2「チェロいいな。超イケメンの先輩いたよね」

女子学生3「私もチェロがいい」

 

   マサキ(20)は舌打ちする。

 

マサキ「ブスどもが」

 

   メガネにGパンのカンナ(20)が、女子学生にフルートを教えている。  

   

女子学生4「先輩めっちゃかわいいですねー。私フルート入ろうかなあ」

カンナ「え? あ、どうも……」

 

   音楽室にミチエ(20)が入ってくる。マスクをつけ、うつむき、髪で目元を隠している。

   

カンナ「ミチエちゃん?」

 

   ミチエはカンナにペコっとお辞儀し、隅っこでコンバスの練習を始める。

   カンナはミチエの方へ駆け寄る。


カンナ「しばらくお休みしてた間にやせた? ちゃんと食べてる?」

ミチエ「ううん。私はデブだからもっとやせなきゃ」

カンナ「ほんとにやせたよ」

ミチエ「ううん。もっとやせなきゃ。デブスは生きてちゃいけないもん」

 

   カンナはびっくりして立ち尽くす。

   サレン(22)がミチエを怒鳴りつける。

   

サレン「やっと来られましたの? メールで約束した時間から一時間もすぎていますわ。主務の自覚はあって?」

ミチエ「すみません」

  

   サレンはいらだっている。

   

   

サレン「タイムイズマネーをご存知ない? あたくしも大学院入試で忙しいの」

 


   ミチエは落ち込み、余計にうつむく。

   カンナがコソコソと、

 

カンナ「気にしないで。元部長最近ずっとああだから」

ミチエ「何かあったの?」

 

   カンナは弦楽グループの方に目配せする。

   ヨシナガ(21)がチェロを弾いている。哀愁に満ちた音。

   その隣で、雑誌のモデルのような、長い手足に小顔の女子(アスム)(18)が、ケラケラ笑っている。

 

アスム「(甘え声)今半音ズレた〜」

 

   ヨシナガが手を止める。少しほほえんでいる。

   

ヨシナガ「……よく、わかったな」

アスム「オケ部の部長ならちゃんと練習してよね。アスムはハッキリ目に見えるものと聞こえるもの以外信じないから」

 

   ミチエはカンナにコソコソと尋ねる。

 

ミチエ「あの子新入生?」

カンナ「うん。風波見かぜはみ明日夢あすむちゃんっていう子。7歳でバイオリンの国際大会で優勝して、ティーン雑誌でモデルとかもやってたらしいよ」

ミチエ「何でそんな子が加尾大に?」

カンナ「将来は建築士になりたいから、加尾大の建築学科に入ったんだって」

 

   アスムはヨシナガの腕を軽く叩く。

   ヨシナガもまんざらではなさそう。

   悔しそうなサレン、二人をにらんでいる。

   ミチエはアスムを見ながらカンナに、

 

ミチエ「(ボソボソ)ヨシナガ先輩狙い?」

カンナ「(ボソボソ)多分。あの調子でグイグイ行ってる。あの子曖昧なものが嫌いなんだって。ヨシナガ先輩、顔も演奏も誰が見てもハッキリいいってわかるから目をつけられたんだと思う」

ミチエ「元部長のことは?」

カンナ「関係ないんじゃない? アスムちゃんサレン先輩以上に自分に自信あるもん。ヨシナガ先輩は自信満々な人が好きじゃん」

 

   笑っているアスムと、意地でバイオリンをかき鳴らすサレンを、ミチエは眺める。

   マサキがミチエたちに寄ってくる。

 

マサキ「やっぱさぁ、世の中見た目なわけよ」

 

   カンナがマサキをじろりとにらむ。

  

カンナ「何の用?」

 

   マサキはわけ知り顔で、

 

マサキ「いやだからさぁ、性格がイイより、顔とスタイルがイイ相手がイイに決まってんじゃん。男も女も」

 

   ミチエの目が暗くなる。

 

マサキ「自信もだろ。そもそもブサイクとチビが自信なんかつけられる世の中じゃねえってえの。水橋ならわかるよな」

ミチエ「……そうだね」


   カンナはミチエをマサキから庇おうとする。ミチエに押しのけられる。


マサキ「水橋ならわかってくれるよな? 合宿のときのこと怒ってないよな?」

ミチエ「うん。怒ってないよ。気にしてないから。世の中見た目がすべてだから」

カンナ「私はそれは違うと思う。人は外見だけじゃないよ」

 

    ミチエは首を振り、

    

ミチエ「事実なの。ブスが世の中でどれだけ損してるか、ちやほやされてる美人にはわかんないよね」

   

   カンナは黙り込む。

   

ミチエ「(気まずい)ごめん」

 

   ミチエはカンナから離れる。

   マサキはミチエの顔を覆うマスクをジロジロ見る。

 

 

○ミチエのアパート

   ミチエが冷蔵庫を開ける。こんにゃくしか入っていない。

   ミチエはこんにゃくを齧る。

 

ミチエ「おえ。おえ」

 

   吐きそうになりながら、がんばって飲みこむ。

   部屋は散らかりまくっている。

 

 

○音楽ホールの前

   夏。楽器のケースを抱えたオケ部員がたむろしている。汗だく。

   

部員1「何で会場入れないの? 定期公演間に合わない」

部員2「予約時間間違ってたらしい」

部員3「誰? 予約したの」

部員4「主務だよ主務」

 

   サレンが険しい顔で、ミチエを叱っている。

 

サレン「しっかり確認して!」

 

   ミチエはペコペコしている。

 

ミチエ「すみません」

 

 

○大学・音楽室

   部員たちが練習している。

   帳簿のノートを開くサレンに、ミチエは説教されている。

   

サレン「お会計が間違っているじゃない。リョウくんから方法を聞かなかったの?」

ミチエ「えっと。はい。多分」

 

   ミチエは萎縮しながら答える。

   サレンはいらだたしげに、チェロを弾くヨシナガの方へ行く。隣にはバイオリンを奏でるアスムがいる。

   サレンはヨシナガに説教する。

     

サレン「きちんと引き継ぎしてと言ったでしょう」

 

   ヨシナガは煙たそうに顔を逸らす。

 

ヨシナガ「……した」

サレン「あの子はわかってないわよ。もっとちゃんと説明しなさい」

 

   アスムが胸を張り、堂々と言う。

 

アスム「先輩、やめてください。リョウさんはちゃんと水橋先輩にお会計のこと教えてました。アスムはっきり見てましたから。水橋先輩が間違えたんじゃないんですか?」

 

   サレンはたじろぐ。

 

サレン「リョ、ウ……?」

アスム「リョウさん、ここじゃ先輩たちの声で集中できないから廊下に行こう」

ヨシナガ「……うん」

 

   ヨシナガとアスムは楽器を持って行ってしまう。

   渋い顔のサレンは、クルッとミチエに向き直る。

   

サレン「(低い声で)水橋さん、ヨシナガくんにちゃんと確認しなさい」

ミチエ「え。はい。すみません」

ミチエ・心の声「ほんとに先輩から方法聞かなかったんだけど」

 

 

○同・大教室 

   広い教室。先生が授業をしている。

   教室の後ろの方でミチエはノートを取ろうとする。視界がぼんやりする。

   サレンに怒られたこと、マサキのことや、元彼に叱られた記憶が、しきりに頭の中を漂い、集中できない。

   チャイムが鳴り、授業が終わる。

   ミチエは帰ろうとする。斜め前の席に、カンナが座っていたのに気づく。

   ミチエは自分の真っ白なノートを見下ろす。

 

ミチエ「カンナちゃん、ノート貸……」

 

   カンナに見知らぬ男子学生が話しかける。

   落ち込んだミチエは、ノートをしまい、教室を出て行く。

 


○ミチエのアパート(夜)

   卓上時計の針が時間を刻んでいる。

   ミチエは立ち鏡の前で、自分の姿を凝視している。

   スマホに親からのメッセージが届く。

   

メッセージ「家に成績表届いたよ。あんた大学で何してんの?」

メッセージ「全部不可ってどういうこと? ちゃんと勉強してるの?」

メッセージ「仕送りももうしないよ」

 

   ミチエは鏡を凝視したまま。

 

 

○大学・音楽室

   夏休みの終わり。

   オケ部が合奏をしている。いらだったサレンが、思い切り指揮棒を振る。

   演奏が止まる。

   

サレン「今日はここまで。自主練習はどうぞご自由に。もうすぐ学祭だから手は抜かないでね」

 

   アスムがすかさずヨシナガにすり寄る。

   

アスム「新しくオープンしたカフェ行こう。有名な建築家がデザインしたとこで超オシャレなの」

ヨシナガ「……うん」

 

   ほほえみを浮かべたヨシナガは、アスムと音楽室を出て行く。

   部員がうわさ話をする。

   

部員1「あの二人本当お似合い」

部員2「絵になってる。美男美女って感じ」

 

  サレンは指揮棒を乱暴にしまう。

  コントラバスを抱えた、マスクのミチエ。サレンを見ながらボソリと、

 

ミチエ「やっぱりブスは損だよな」

 

   ミチエに近くにいたチューバの先輩が声をかける。

   

先輩「あれ? 水橋何か目むくれてね?」

ミチエ「え? あ……」

 

   ミチエは自分の目を覆う。

   マサキがミチエの様子をながめている。

 


○美容クリニック・カウンセリングルーム

   ミチエの前に座った医者が、ミチエのまぶたと小鼻をじっくり観察する。

 

医者「まぶたは糸が取れてますね。小鼻はボトックスの効果が切れたんでしょう」

ミチエ「もう? そんな……」

医者「ボトックスなんかは定期的にやるものです。保証期間内でお安くできるので、また同じ施術をしますか?」

 

   ミチエは勇気を振り絞り、

 

ミチエ「切ることはできますか? 一瞬たりとも戻るのは嫌なんです。ダウンタイムは何とかするんで」

医者「ええできますよ。どうぞ、見積もりです」

 

   ミチエは医者から見積もりの紙をもらう。目を見開く。

 

ミチエ「こんなに?」

医者「切開は時間も労力もがかかるので値段もかかっちゃうんですよ」

 

   ミチエは泣き出す。

 

ミチエ「もっと安くならないですか? お願いです。私この顔じゃ、生きていけない」

 

   医者は面倒そうになだめる。

 

医者「医療ローンも組みます?」

 

 

〇同・手術室

   手術台の上に寝かされたミチエ。鼻にはチューブが刺さっている。

   医者がまぶたの裏に注射針を刺す。

 

医者「麻酔しますねー。我慢してねー」

 

   ミチエは悲鳴をこらえる。

 

 

〇クリニックの前

   街を歩くマサキが、クリニックの前を通りかかる。 

   サングラスをかけたミチエが、フラフラとクリニックを出るのを見かける。

   マサキはミチエを見て立ち止まる。ニヤッとしてスマホを取り出す。



〇大学・音楽室

   オケ部員が練習をしている。

   コントラバスを弾くミチエは、マスクに色のついたメガネをかけている。

   マサキがやってくる。

   

マサキ「水橋風邪?」

ミチエ「え。う、うん。こほ、こほ」

 

   ミチエはわざとらしく咳き込む。

 

マサキ「大丈夫か? ほれ。これ食えよ」

 

   マサキは菓子の包みを差し出す。

 

ミチエ「どうしたの?」

マサキ「この前の連休彼女と旅行行ったからそのお土産」

ミチエ「(意外そうに)マサキくん彼女いたんだ」

マサキ「まあな。見ろよ。超かわいいだろ」

 

   マサキが出したスマホを、ミチエはのぞきこむ。

 

ミチエ「こほ。へえ。かわいいね」

マサキ「やっぱ美人はいいぜ。なあ、今食わねえの?」

ミチエ「え? うん。こほこほ。後で食べるよ」

 

   マサキは期待を込めた目で、

 

マサキ「今食えよ。賞味期限近いから」

 

   困ったミチエは、楽器が置かれている小部屋に駆けこむ。

   

ミチエ「あっちで食べる」

 

   マサキはニヤニヤしている。



〇大学

   学園祭の日。

   大勢の人が来ている。

 


〇同・トイレ

   鏡の前で、ミチエは自分のまぶたや鼻を何度も何度も入念にチェックする。

   

ミチエ「大丈夫。おかしくない。……ていうかあんまり変わってない」

 

   ミチエの見ている鏡には、歪んだミチエの姿が写っている。

 

ミチエ「何で私ってこんなにブスなの?」



〇同・教室

   オーケストラカフェが開催されている。

   合奏する部員を観にやってきたお客さんに、コーヒーやお菓子が振舞われる。

   ミチエの母親も来ている。メガネをかけたカンナがコーヒーを出す。

   

母「あら、カンナちゃん久しぶり」

カンナ「あ、お久しぶりです」

母「相変わらずきれいだね。メガネだし勉強もしてるんでしょ。ミチエも服ばっか買ってないで見習ってほしい」


   カンナは目を伏せ、軽く会釈してその場を離れる。

   ミチエと合奏するはずのオケ部員たちがそわそわしている。

   

部員「水橋まだ来ないの?」

 

   舞台の脇でサレンが苛立っている。

   

サレン「水橋さんは何をしているの? もう出番よ」

カンナ「ミチエちゃんもきっと事情があるんですよ」

 

   アスムとヨシナガが連れだってやってくる。

 

アスム「シフトなかったらもっと回りたかった〜」

 

   サレンがそっぽをむく。

 

アスム「でもさ〜、水橋先輩のことアスムめっちゃびっくりした」

 

   ヨシナガは神妙な表情をしている。

 

ヨシナガ「……本当なのか? それ」

アスム「ほんとだよ。だってマサキ先輩がタッツイーで写真あげてたもん。水橋先輩の整形現場」

 

   サレンが眉を上げる。カンナが息を呑み、アスムに詰めよる。

 

カンナ「今の話どういうこと?」

 

   他のオケ部員たちもアスムの周りに集まる。ミチエの母やお客さんたちも聞き耳を立てている。

   アスムは注目されて戸惑う。

   

アスム「え? だから水橋先輩が整形してたって話ですよ。ほら」

 

   アスムがスマホを見せる。

   誰でも好きなことをつぶやけるSNSに、マサキのアカウントが投稿している。

   

マサキのアカウント「水橋は整形モンスター(´⊙ω⊙`)」

 

   写真が2枚つけられている。

   サングラスとマスクをつけたミチエが、美容クリニックから出ていく写真。

   楽器が置かれた小部屋で、マスクを外し、クッキーを食べているミチエの写真。青紫のまぶた。

   オケ部員たちがざわつく。

 

部員「水橋整形したのかよ」

 

   カンナは青ざめる。

   ガラリと教室の戸があく。

   マスクに色眼鏡のミチエが立ち尽くしている。

   

カンナ「ミチエちゃん……」

母「ミチエ、説明して!」

   

   ミチエは走って逃げ出す。

 

 

〇がらんとしたアパート

   数日後。

   ミチエが横になってスマホを見ている。 

   SNS。芸能人やアイドルの写真。他にもたくさんの美女があふれかえっている。

   ラインが来る。母親から。

   

母のメッセージ「あんた親に黙って整形したの?」

母のメッセージ「勝手に引越しもして。大学はどうするの?」

母のメッセージ「親からもらった体をなんだと思ってるの?」

   

   ミチエは返信する。

   

ミチエのメッセージ「こんなブス顔に生まれたくなかった。私はもうあんたの子どもじゃない」

ミチエのメッセージ「顔のことを相談してもまともに相手してくれなかったくせに」

ミチエのメッセージ「こんなときだけ親ぶるな」

 

   母親のラインをブロックする。

   すると母親から電話が来る。

   ミチエは着信拒否にする。

   カンナからラインが来る。

   

カンナのメッセージ「ミチエちゃん元気? あの日からミチエちゃんが大学に来ないから心配だよ。みんな気にしてないから話し合おう」

 

   ミチエは淡々とメッセージを打つ。

 

ミチエのメッセージ「引き立て役がいなくて困ってる?」

カンナのメッセージ「そんな風に思ったことないよ」

ミチエのメッセージ「私と仲良くしてたのは引き立て役にしたかったから」

カンナのメッセージ「違うよ。ミチエちゃんは大事な友達だから」

ミチエのメッセージ「嘘つき。美人だからブスの私を見下してた。自分と比較させてザマァって思ってたんだ」

カンナのメッセージ「私を美人美人って言うのも差別じゃない?」

ミチエのメッセージ「ほら。バカにしてる。もう連絡しないで。あんたなんか友達じゃない」

 

   ミチエはカンナのラインをブロックする。大泣きする。

 

ミチエ「ごめんなさい。ごめんなさい。私ブスだからなの。ブスだから心がせまくなったの」

 

   のたうち回って泣きじゃくる。

 

ミチエ「きれいにならなきゃ。じゃなきゃ、人間になれない」

 

 

〇美容クリニック・手術室

   ミチエ(21)が手術台の上に横たわっている。鼻にはチューブ。

   医者がミチエをのぞきこむ。

 

医者「あごと頬骨は二週間は腫れますねー。そのあとはお金がかかった分きれいになりますからねー」


 

〇アパート

   冷蔵庫の前で、はいつくばったミチエがこんにゃくを食べている。

   顔がパンパンに腫れ上がっている。

 

ミチエ「う。おえ、おえ。う、うう、おえ」

   

   つらいのを堪えながらマスクをつけ、パソコンを開く。

   中年の男の顔が映る。

   

ミチエ「あ、どうもー。ミチエです」

男「どうもー。若いね。学生?」

ミチエ「あ、元学生です。最近大学やめたんで」

男「へえ。じゃあパンツ脱いで」

ミチエ「あ、はい」

 


〇美容クリニック・手術室

   手術台の上のミチエ。医者がミチエの鼻、目頭、こめかみから、抜糸をする。

   

医者「鼻はきれいに高くなりましたよ。目頭もこめかみもきれいに切れました」

ミチエ「ありがとうございました」

 

 

〇アパート

   ミチエ(22)が開いたパソコン画面に、男が映っている。


男「キミやせすぎじゃない? 写真と全然違うよ」

ミチエ「いえ、太ってます」

男「ふーん。まあいいや。〇〇〇見せて」

ミチエ「あ、はい」

 


〇美容クリニック・手術室

   ミチエが横たわっている。

   医者がミチエの顔にペンで印をつけ、鏡を見せる。

   

医者「エラを切ったあとに、鼻のシリコンはこのあたりにいれて、人中は3mm切りますね。終わったら唇に注射打ちます」

ミチエ「脂肪取りは?」

医者「取れる脂肪はありません」

ミチエ「まだあるじゃないですか。取ってください」

 

 

〇アパート

   パソコン画面に男が映っている。

 

男「うわ、化け物」

 

   ミチエは画面に映った自分の顔を凝視する。

   鼻にガーゼをつけている。目がぎょろぎょろして、頬がこけている。

   

ミチエ「何でだろう。やっぱり口が出てるからかな」

 

 

〇美容クリニック・カウンセリングルーム

   ミチエ(24)と医者がレントゲンを見ている。ミチエの横顔、特に歯の部分を拡大している。

   

医者「本当にいいんですか? 上顎の当院の医者はあまり経験がないですが」

ミチエ「大丈夫です。矯正しても歯が出るんで」

 

 

〇同・手術室

   手術を受けているミチエ。

 

 

〇同・同

   別日。

   ミチエが顔に糸を入れる手術を受ける。

 

 

〇同・同

   別日。

   ミチエが皮膚にレーザーを当てる手術を受ける。

   


〇同・同 

   別日。

   ミチエは首と胸に注射を打たれる。

 


〇アパート

   鏡の前で、ミチエ(25)はこんにゃくを貪る。

   手術した胸以外、骨と皮だけのガリガリの体。小さな顔にギョロリとした目がついている。

 

ミチエ「(うめく)うう、痛い。痛い」

 

   スマホを見ると、SNSにはかわいい子の写真が溢れている。ミチエはスマホの画面と鏡を見比べる。

   ネットの掲示板では、芸能人の顔やスタイルの写真を比較している。

 

ネット「〇〇は珍獣! ××と並ぶと公開処刑!」

 

   ミチエは這いずる。

 

ミチエ「もっとやせなきゃ。もっと整形しなきゃ。人間にならなきゃ」

 

   ミチエは涙を流す。


ミチエ「あとどれだけがんばればいいの」



〇美容クリニック・カウンセリングルーム

   ガリガリのミチエ。

   医者が迷惑そうにカルテを見ている。

 

医者「その手術は当院では手術できません」

ミチエ「どうしてですか?」

医者「どうしても何も、できる者がいません」

ミチエ「そんな。まだ私こんな顔じゃ外も出られません。せめて脂肪溶解の注射をしてください」

医者「脂肪がありません。お節介だとは思いますが、水橋さんにご紹介したい病院があります」

 

   ミチエは医者に紙を渡される。

   精神科への紹介状。

 

ミチエ「精神科? 先生、私うつ病じゃありません。ブス顔を直したいんです」

医者「直すべきは傷つき歪んだ心です。心を治療された方がいいです。美容外科が言うことではないですが、私は水橋さんを見ていられません」

 

   ミチエは不満そうにする。

 


〇アパート

   ミチエは医者からもらった紹介状を丸め、ゴミ箱に放りこむ。

   立ち鏡を布で覆う。

 

ミチエ「あの先生は何にもわかってない。ブスすぎて鏡も見られなくなったのに」

 

   ミチエはスマホで美容クリニックを検索する。ある医院を見つけ、電話をかける。

   

ミチエ「あ、すみません。額の手術をしたいんですけど。別の医院で断られちゃって」

電話の声「額の施術は数週間安静が必要ですが大丈夫ですか?」

ミチエ「あ、加尾良かおよし県からでも大丈夫ですか?」

電話の声「(驚く)加尾良? 宿泊施設を別途予約していただいた方がいいかもしれません。ドクターに確認してみます」

 

 

〇空港

   人が少ない。

   ミチエが小さなスーツケースをガラガラ引きずり、搭乗口に向かっている。

   周りに誰もいないのに、ミチエの耳にはヒソヒソ声が聞こえる。

   

声1「あの人すごいブス」

声2「太り過ぎじゃない?」

声3「性格悪そう」

 

   ミチエは涙を拭う。足取りが重く、ゆっくりになる。

   通行人が心配そうにする。

   

通行人「真っ青ですよ」

ミチエ「飛行機に乗らなきゃ」

通行人「誰か呼びましょうか?」

ミチエ「人生を変えなきゃいけないの。ちゃんと人間になって誰かに愛されたいの」

 

   通行人は空港の職員に手を振る。

   

通行人「(呼ぶ)すみません!」

 

   ミチエはスーツケースを放り、駆け出す。

   通行人が驚いて追いかける。

 

通行人「ちょっと!」

ミチエ「乗らなきゃ」

 

   上の階へ続く上りのエスカレーターは、人が多く混んでいる。

   ミチエは空いている下りのエスカレーターを駆け上がる。

   登っても階段は下がるので、うまく前に進めない。

 

ミチエ「行きたいの! 変えたいの!」

   

   ミチエは上をまっすぐ見上げる。

   エスカレーターの始点に、制服を着た中学生が立ち、こちらを見下ろしている。

   整形する前のミチエの姿。歪んでいない、普通の顔。痩せても太ってもいない、普通の体型。

   驚いて息を呑むミチエ。エスカレーターから転げ落ちる。仰向けで頭を打ち、血が流れる。

   悲鳴が上がる。

   倒れたミチエに人々が駆け寄る。

   

人の声「誰か! 救急車!」

   

   虚な目で、ミチエは上の階を見上げる。整形前のミチエの姿はもうない。

   ミチエの目が、ゆっくりと閉ざされる。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る