第3章 整形依存と拒食症

第13話 初めての整形

 バイト先の飲食店いんしょくてんのロッカールームで、ミチエが店長と話していた。

水橋みずはしさん、お疲れ。今日までありがとう」

「お世話になりました」

水橋みずはしさんまで辞められて残念だな。毎日遅番おそばんに入ってくれて助かってたのに」

「お客さんにまずい料理を出しちゃいけないんで」

「ん?何て言った?」

「何でもありません」

「ところで水橋みずはしさん雰囲気ふんいき変わったよね」

「そんなことありません。いつもどおりです」

 店長は首をかしげた。

 ミチエは前まできちんとメイクをして、髪型かみがた服装ふくそう流行はやりのものにしていたのに、今はすっぴんで髪は染めずにいたみ、ほつれたボロボロの服を身につけている。

 それに以前よりげっそりやせた。

 

 冬も終わりの頃、春の直前だ。

 散らかったアパートの一室のトイレで、ミチエは自分が作った食べ物を口に運んでは、便器にすぐに吐き出していた。

「おえ。おえ。まずい」

『ブスが作った料理はまずいんだよ』

 マサキにそう言われてから、自分が作った食べ物が食べられなくなった。いや。食べ物自体が食べられなくなった。

 スマホがブーブーとうなった。着信だ。ミチエは電話を取った。

「あ、はい。水橋みずはしです」

「お世話になります。加尾良かおよし中央ちゅうおうクリニックですが、明日のご予約に変更はございませんか」

「あ、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」

 大丈夫。明日から人生が変わるはず。

 ミチエは電話を切り、スマホに保存された、ある写真を表示させた。

 アプリで加工した自分の写真だ。加工前の写真としきりに見比べた。

 この写真の通りに、目と鼻と口を直して顔やせすれば、自分はみんなと同じ人間になれる。

 

 街中をミチエが歩いていた。

 ボサボサの髪は根元の部分が黒い。着ている服はボロボロで、血色けっしょくの悪いやつれた顔を、化粧けしょうでごまかしもしていない。

 通りがかった男女がミチエを笑った。

「うわ。ブス」

 だがミチエは罵倒ばとうを気にしないどころか、堂々とさえしていた。

 ミチエは雑居ざっきょビルにある、美容びようクリニックに入った。

 

 クリニックのカウンセリングルーム。

 ミチエの前に座った看護師かんごしのような女性が、ミチエのまぶたに小さく細いぼうを当てていた。

 その間、ミチエは手鏡てかがみを持ち、ぼうを当てられながら自分のまぶたを確認していた。

二重ふたえはばはこのくらいでよろしいですか?」

「あ、はい。あと鼻の下のホクロ除去じょきょもお願いします」

「はい。ではドクターに確認してきますね」

 女性は愛想よくにこにこした。小顔で目が大きく、完璧なメイクをしていた。

 私のことすごいブスと思ってるんだろうな。

「ここまで寒くなかったですか?」

「寒く?」

「その、お洋服がうすめでいらっしゃるので」

「ああ。ブスが自分の体を気づかったってしかたないですから」

「え?」

「服に気を使ってもブスだと意味ないんで」

 ミチエはまっすぐ女性を見て、はっきり言った。

 達観たっかんはとっくにしている。

「あの、暖かいお飲み物をお持ちしますね」

 女性はそそくさと部屋から出ていった。

 

 手術室の手術台の上に、ミチエは仰向あおむけで寝そべった。

 鼻にはチューブが刺さっていた。

笑気しょうき麻酔ますいの強さはいかがですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 麻酔ますいのせいで頭がふわふわする。

 医者がぬっとミチエの上から彼女の顔をのぞきこんだ。

埋没まいぼつからするのでまぶたの麻酔ますいをします。注射痛いけどがんばって」

「はい」

 ミチエは目をつむった。

 しばらくして、目尻めじりがわの左右のまぶたにちくりとするどい痛みが走った。ミチエはうめいた。

「痛いねー。ごめんねー」

 医者はさらに左右の目頭、まぶたの真ん中にも麻酔ますい注射針ちゅうしゃばりした。

「う、うう、う」

 痛くて暴れたかったが、ミチエは我慢した。

 目をぎゅっとしたくなったが、眼球がんきゅう注射針ちゅうしゃばりがささらないか怖くてできなかった。

「次まぶたの裏側ねー」

 え?そんなところまで?

 麻酔ますいで頭がふわふわしながらも、ミチエは恐怖におそわれた。

 医者がミチエのまぶたを押さえつけ、ひっくり返した。

 二重ふたえ二重ふたえ二重ふたえ

 ミチエは心の中で唱えた。

 押さえつけられたまぶたの裏側にちくりと痛みがして、ミチエは涙声なみだごえでうめいた。

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