第二話 初外出

 ここに来て一週間が経った。最初は夢だから遅くても、一回寝れば現実世界に戻れるとか思っていたけど、現実は残酷だった。やった! 夢の異世界生活だ! とかではない。


 まず本当に私が勇者な時点でこの世界は終わりだ。今の所、体に起きた変化はマニュアルが加わったことくらいしかない。


 勇者ならば他にあると考えるのが妥当だろう。でも、それを使いこなせるほどのスペックを私は持っていない。


 最初に与えられるチート能力がマニュアルだとするならばまだ易しい方だと考えるべき。だけど、この一つの能力を使うだけに私は全神経を注いでいる。だから他の能力をもらっても使うことができない。


 あと勇者といえば世界の主人公的ポジションだ。他人からみて脇役なのはまだいいけど、自分から見ても脇役、いやワンシーンに出てくるエキストラ的ポジションな私に務まるとは到底思えない。運も良くない。センスもない。


 どう生きていけばいいんでしょうか? 


 ラスボスにやられるなら、まだみんな諦めがつくかもしれないけど、途中の中ボスくらいで死にそうなんですけど。てかなんならそこら辺の草から湧き出る雑魚モンスターにもやられそうなんですけど――。


 そんな感じで今の所不安しかない。まあ幸いにも私のパーティの一人がアレクだから頼り甲斐はある。


 なんてったって元聖騎士長なんだから。あれから毎日刀を振り続けているけど、時々取り乱すのはなんで? 聞きたいけど気まずくて聞けていない。


「今日は下町に行ってみないか?」


 アレクが朝食の時に行ってきた。最初はクールだと思っていたけど、一週間もすれば内面が見えてくる。結構元気で活発な男の子みたいなのがイメージができるならまんまそれだ。


 最初は勇者パーティ一員っぽいのを演じていたみたいだけど、いつの間にかそんな演技は剥がれていた。


「嫌よ。仲間探しまでは外に出たくない。なんならここに籠ってずっと守って欲しいくらいなんだけど?」


「何言ってんだ。外はいいぞ? なんでもある。お金だって国王の懐から出るから心配はいらない」


 それは正直、嬉しい。


「そうじゃなくて、とにかく外には出たくないの」


「なんでだよ」


「……面倒臭いから」


「いいから行こう」


「嫌よ!」


 アニメ、漫画、ゲーム、娯楽という娯楽が何一つなくて、早くも退屈してきてるのよ。


 1


 結局半ば矯正に連れてこられた。


 私が捉えられた場所じゃない一目でそれはわかった。この下町は私が召喚された場所とは違った。歩きながら辺りを見回す。何か違う。


「ねえねえ、私ってどこに召喚されたの?」


「隣町だよ。ここよりは落ち着きのある住宅街みたいなところ。こっちは店が多いから賑やかだけどね」


「ふーん」


 確かにアニメとかで見た、店の前に立って呼び掛けをする店員がちらほらいる。


「アレクさん聖騎士長やめたんだってね」


 店のおばさんの声に引き攣った笑顔を見せ、アレクは会釈をした。


「やっぱり有名なのね」


「まあな。一応聖騎士長は国で一番強い証だからな」


 だからさっきから視線を感じるのか。そんな有名人が隣にいたら、そりゃ注目も浴びる。というか私にじゃなくて隣への視線だったのなら私は気にすることないか。


「ねえねえ」


 急に裾を引っ張られた。


 後ろを振り向くと幼稚園生くらいのまだ小さな女の子がいた。


「どうしたの?」


 しゃがんでニコッと笑顔を振りまいてみる。小さい子は好きだけど対応が苦手だ。よくいうやつだ、好きと得意は違うってね。


 今も少し顔が引き攣っている。


 でもやっぱり丸い顔が可愛くて、対応せずにはいられない。


「あなたは、なんで、聖騎士長さまと一緒にいるのー?」


 ゆっくりとそう言ってきた。包み隠さず真実を言うべきだ。ただブラブラ歩いているだけ。


「それはね――」


「フィアンセだからだよ?」


 私の踵がアレクの後頭部を捉えていた。



 その嘘は付いてはいけない。


 後ろ回し踵落としとでも名付けようか。綺麗にはまる位置。後頭部に当たった瞬間、冷や汗が出た。


 私の踵の一点に全ての力が流れていった。物理はできない。どういう原理かわからない。けれど上手くいきすぎて言ってしまえば会心の一撃だ。クリティカルだ。


 同時にものすごく気持ちよかった。力が直接加えたい場所に流れていく感触。


 私の踵はアレクの頭を挟んで地面にめり込んだ。レンガで敷き詰められた地面は大きく割れ、まるでガラスを殴ったかのように罅が広がった。


 当然周りの人々はサーっと避けていく。女の子は硬直する。アレクはピクピクと死にかけの虫のようになっていた。


「えー、さようなら」


 逃げるが勝ち。誰かが言ってた。困ったら逃げていいのよ。今の私なら城まで逃げ切れる。逃げた後、国王に頼んであそこ直してもらおう。


 私はアレクを置いてその場から去った。


 後のことはよろしく頼むアレク。



 とりあえず部屋に帰ってから、さっきの興奮について考えよう。


 私の初外出はこれで幕を閉じた。

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陰キャオタクなボッチ女の子でも勇者になれます! なお仲間はポンコツの模様。 夜空 青月 @itsuk

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