第5話 3月21日増えているものは減っているのです
「あなたは私に『久しぶり』と言った。卒業式ぶりだとも言った。だから小学校か、中学校か、高校か、大学のどれかの知り合いだと思ったけれど、違うでしょう」
「ふふっ」
彼女はいたずらっぽく笑ってから、感心したような目を私に向ける。
「私の疑い深さはあなたのところにあったのね」
どういう意味だろう。まったくわからないという顔で唖然とする私に彼女は、
「私この前も京子の嘘にひっかかっちゃってさ、そんなわけないでしょうってあきれられたんだ」
「京子」
とても懐かしい響きだ。
京子。しばらく連絡を取っていないけれど、どうしているだろう。
「京子のこと知ってるの?」
「私の幼馴染」
「あなたの?」
「ああ、あなたの幼馴染でもあるね」
わけがわからない。私は彼女のことを知らないけれど、彼女は私のことを知っているのだろうか。
それに、どうして知っているのだろう。
大川のこと、薮下のこと、一緒に星を見た無理やり笑う彼女のことを。
「私はあの日、あの星を見た日。私の隣にいた私だよ」
隣に、私の隣にいたのは。
「あなたは私なんだね」
あの星を見たあの日、私の隣にはだれもいなかった。
私の隣にいたのは、もう一人の私だった。
「そうだよ」
「あれから、どうしてたの?」
「そうだね、いろんなことがあったよ。あなたと同じように」
話したいことがたくさんあるんだ。
彼女はそういってまた、ニヤッと口角をあげる。
「あの日、星を見つめながらこれまでにないくらい強く思ったよね、私達」
「うん」
死にたい。
そう思ったのは、そう願ったのは何もあの日に限ったことではない。
ただ、あの日はごく自然に、起きて寝てを繰り返して生きていくように自然に思ったのだ。
星がきれいで、きれいだなと思って、死にたいと思った。
「私にもよくわからないんだけど、あの時私達一人から二人になったんだと思う」
「それは、」
聞こうとして、やめた。
すべてのことを理解しようとすることは悪いことじゃない。
知ることは、知ろうとすることは悪くない。
悪くないけれど、知らなくてもいいこともあると思う。
「あなたは私なのに、私とは全然違うんだね」
「そうだね、私達、あの時違う道を生きる選択をして二人になったんじゃないかな」
「あなたはあの時、どういう選択をしたの?」
「私は、死にたくないと思えるように生きたいと思った」
たしかに、私とは違う。
私はあの時、生きるってことは死んでることとそんなに変わらないんだと思った。
このままこれからも、死んだみたいに生きるしかないんだと思った。
「あなたは、すごいね」
「すごくないよ」
風が吹いて、彼女の長い髪が揺れた。
「ずっと謝りたかった。あなたに会って、あなたの希望を持って逃げたこと謝らなきゃって思ってた。けど、怖くてさ。また、あなたに会ったら私の中に闇が戻ってくるんじゃないかって、また暗いところに引き戻されるんじゃないかって、すごく怖かった」
「ありがとう、戻ってきてくれて」
ごめんね、逃げさせてしまって。
私は私を受け入れられずに生きてきた。私は私をいつも責めていた。
私は私が大嫌い。
でも目の前に現れた、あの時いなくなったはずの私は、私と違う道を歩いていたはずの私はもう一度、私のところに戻ってきてくれた。
私のことが好きだ、と。
「おかえり、私」
私は私のことを見て、また笑った。
戻ってきた私はよく笑う。
「ただいま」
end
3.21 降矢あめ @rainsumika
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