3、皆さまの明るい未来のために尽力します

「この数字は由々しき事態だ!」

 

 若者の自殺率が急上昇してから数年。政府は度重なる調査により、その理由が「漠然とした不安」によるものから来るのだと結論がついた。つまり、彼らの死を止めるためには、その名称も不明な不安とやらを取り除かなければならなかった。


 それは将来の不安。これからどうしていけばいいのかの不安。自分が今やったこと、選んだことが正しいかと言う不安。若く多感な時期に訪れる膨大な量の不安はあっという間に若者を飲み込む。それに対抗する手段も思考もまだ備わっていないうちにだ。


 慢性的な少子化に悩まされているところに、貴重な若者まで失うとなっては泣きっ面に蜂もいいところである。もちろん政府は原因が分かった後、各学校へのカウンセラーの配備や定期的な相談窓口などの対策を講じた。だが一向に率が減ることはない。


 このまま待っているだけではいつしか国として滅んでしまう。そう焦った彼らに回答を与えたのは、一人の研究者の言葉だった。


「不安で人が死ぬのなら、


 ※※※


 一見突飛に見えるこの考えは、政府関係者や各研究者の尽力により想像以上の成果を上げた。


 まずは脳の思考回路とネットを繋げるシステム開発と軽量電子モニターを作る。そしてそれらを取り付ける際に小型生体チップを同時に埋め込む。これが第一段階だった。


 取り付けには軽いレーザー手術が必要であり、若者の親世代からの抵抗もあったがそれらは若者向けの情報配信者を雇うことで解決した。流行の最新アイテムとして使っているところを動画で流し、それと同時に学校へ政府関係者を滑り込ませる。もちろん学校側の取り付け手術への抵抗を内側から崩してもらうためだ。


 後は見目のいい人間数人にそれらを使っていながら町を適当に歩かせた。誰かが使っているところを見れば特に調べずとも「あれは安心していいものだ」と錯覚する。


 しかも流行の最先端がこれはいいものだと宣伝したものが手の届く範囲にあったのなら、多感な若者は試したくなるだろう。思った通り、政府の息がかかった整形サロンには瞬く間に手術への応募が大量に届いた。


 そうして手術者は増えていった。彼らの親世代からは肉体に残るようなやり方なんてと顔を顰める者も根強くいたが結果的にそれも役に立つものだ。隠されている物も駄目と言われたことも試したくなってしまうのが人間というものだから。押さえつければつけるほど、自分の手で掴み取ったという快感は増していく。


 次の段階では彼らに取り付けた生体チップから取れるデータを参考に個人をプロファイリング。大多数の確認ができた状態で噂を流した。「人生を簡単に攻略できるサイトがあるらしい」と、そのアクセスの仕方。それによって彼らを一気に一つのサイトへと集める。


 それは彼らの膨大な個人情報と行動パターンを計算し、学習した高知能AIが管理するサイトだ。生体チップから送られてくる情報を元に、質問者を「より被害が出ない方向」に誘導する。


※※※


 攻略サイトは彼らの苦痛を軽減するために存在する。もっと言うなら苦痛を回避するために存在する。人間が選択のたびに必ず後悔する生き物ならば、その選択もしなくていいようにすればいい。


 だから攻略サイトは「やってきてない今日の課題をやるべきか」と聞かれれば必ず「正解」と答えるだろう。彼らが下したくない選択を、より苦痛が少ないであろう方向へと選択する。そうすれば不安はない。だって信頼のおける機械が下した判断なのだ。彼らは無駄な不安も選択も後悔もせずにすむ。


 多少はサイトが選択したことが正しいと信じてもらうための小細工も必要だったが、それもいずれはいらなくなるのだろう。これでようやく死刑囚を使った事故偽装も必要がなくなる。また新しい使い方を考えなければいけないだろう。少ない資源は無駄にすることができない。


 こうしてそれらはより手軽に面白がって利用されるように「人生攻略サイト」の名がつけられた。ゲームでもしているかのように、人生に夢中になってくれればいい。サイトを作った人間のそんな思いを込めて。


※※※


 ところで、もし彼らが攻略サイトなしで生活ができなくなったとしたら。もしも攻略サイトの顔色を伺わなければ何もできなくなったとしたら。どうするか。

 

 男は毎年のように送られてくる膨大な質問が、サイト管理AIの腹へ収まっていくのを眺めながら思う。付き合うべきか否か。やるべきかやらないべきか。何になるべきかすら決められなくなったら、それの決め方すら忘れてしまったら。考えることを恐れるようになってしまったら。


「まあ、その時はその時で。僕らがしたいようにすればいいか」


 その時はこれからの未来が明るくなるように、僕たちのために使っていけばいい。彼らの将来と言う有力な資源を。どうやら人材不足も少子化も、ついでに解決できそうだと男は小さく笑う。

「なあ、君もそう思うだろう」

 誰に聞くでもなく、目の前のAIに語りかける。AIは静かに電子音を響かせて、拙い言葉でこう言った。


「はい。私は皆さまあなたの明るい未来のために―――」

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