第10話

 背後の扉からダァン!と大きな音がした。

「わっ!!」

「!?」

 ドカン、バコンと、明らかに何かがぶつかるか、殴っているような大きな音が何度も。

 扉は近くの壁にいくつも金属製のフックが取り付けてあって、それを何本もの鉄の鎖と10個以上のでかい南京錠で繋いで封鎖してある。

 轟音のたびに扉が歪み、鎖や南京錠がビリビリと震え、パラパラとホコリが落ちる。


「何が起きてんだ!?」

 ナオヤが狼狽える。俺も最初の音には吃驚したが、不思議と落ち着くことができた。

 そうだった。俺はこの世の歪みの産物だから、こういうやつが――。

「ナオヤ」

「な、なんだ?」

「俺と一緒にいたら、今後も頻繁にこういう目に遭う。よく見とけ」


 扉の前に立ち、右手を鎖の中心あたりにかざす。少し集中したら、十分な力を溜めることができた。

 扉の向こうは相変わらずガンガンとうるさい。この錠――封印が邪魔だ。

 何がいるのかは知らないが、なんとかできるという根拠のない確信があった。


「よどみよこりて、そこなへ」


 俺の力でこの扉を壊す。そう考えたら口から勝手に言葉が出た。同時に、溜めた力が放たれた。

 鎖と錠と扉、ついでに向こうにいた何かをまとめて吹き飛ばした。


「…………すげぇ」

 ナオヤの感想だ。

「まだ終わってない」

 俺は扉の向こうへ足を踏み出した。




***




 ハクが何かしたら、屋上への扉が鎖や南京錠ごと外へ向かって吹っ飛んでった。

 妖人ってそんな事できるんだ、っていうのはだいぶ後になって誤解だと知った。こんなことできる妖人のほうが少ないらしい。

「まだ終わってない」

 ハクはそう言うと、屋上へ出てしまった。

「っ! おいおい!」

 慌てて追いかける。

 ハクは見た目も変わってた。

 髪の毛は真っ白で、腰まで伸びてるし、瞳は薄い赤色になってる。

 本人は自覚がないみたいだけど、ハクはすごい美形イケメンだ。

 あんまり顔が整いすぎてるもんだから、若干近寄りがたい。

 そのせいでハク本人は「モテない」と勘違いしてる。

 女子はイケメンを遠目から鑑賞することで満足してるだけなんだよなぁ。

 そのイケメンが、髪と瞳の色が変化したことで更に神秘的な雰囲気になってる。


 俺も屋上へ出ると、ハクの向こうにバカでかい鬼がいた。

 全身真っ青で、虎柄の腰巻き、額に黄色い角。コテコテの青鬼だ。

 さっきの衝撃で、フェンスにぶち当たってまだ立てない、ってところか。


「ナオヤ、そこでじっとしてろ。……ぐゎん、ひきつぼぬ」

 ハクが何かつぶやいて片足をダンッ! と踏み鳴らすと、俺の周りの空気がゆがんだ。

 透明な壁かなにかで上下四方を囲われたような閉塞感がある。呼吸はできるから、理屈はわからないが空気は遮断されていないらしい。

 見えないのに、なんとなくあのへんから壁があるなー、っていう感覚だ。

 近づいてノックするように叩くと、コンコンと乾いた音がした。

「なんだこれ」

「結界。リオさんみたいにはいかないけど、今はそれで十分だと思う。あんまり動くなよ」

 ハクは後ろを向いたままそういうことを言う。声色はかなり真剣だ。ところでリオさんて誰だっけ?

 何か言おうとしたら、青鬼が起き上がってハクに走り寄ってきた。

 っつーかめちゃデケェ! 三メートルはあるんじゃないのか!?

 そいつと同じくらいデカい金棒がハクに振り下ろされた。

「うわっ!?」

 思わず目を瞑った。

 ガンッ、と硬いもの同士がぶつかる音がする。

 恐る恐る目を開けると、ハクが片手で金棒を受け止めていた。

「こいつがここにいる理由は分からない。けど、俺の妖気に当てられて起きたか……」

 ハクは俺に、青鬼について解説してる。青鬼は金棒を取り戻したそうにブルブルしてる。ハクは金棒を軽く掴んでいるようにしか見えないのに、びくともしないようだ。

「いや、お前、何を暢気に……」

「さっきも言ったけど、俺と一緒だとこういうのによく遭うことになる。こいつは俺が責任持って消すけど、この先も同じ様に上手くいくか、保証できない」

「消す!?」

「こうやって、問答無用で人を襲おうとするやつは……退治することになってる」

 そう言うと、ハクの空いてるほうの手に赤黒い靄が集まりだした。

 青鬼はまだ金棒を諦めきれず、全力で引っ張ってる。

 その金棒にハクが赤黒い靄を纏った手を置くと、飴細工みたいにぐにゃりと曲がった。


「しゃうじゅういめつ」


 またハクが何か言った途端、青鬼の胴体に大きな穴が空いていた。


 俺が呆然と見守る中、青鬼は崩れ落ちて、消えていった。


「……どうやったんだ?」

 青鬼が消えて、ハクが近づいてきて結界を取り払って……俺はようやく脳が動き出した。

「効率のいい戦い方なんて知らないからな。全力をぶつけた。それだけだ」

 ハクは元の黒髪黒目に戻っていた。

「そうか。強いんだな、ハク」

「そんな能天気な話じゃ……」

「俺から能天気取ったら何も残らないだろぉ!?」

 我ながら理不尽な切れ方だけど、ハクがあまりにも分かってくれないのが悪い。

「ハクは俺を危険な目に合わせたいのか?」

「違う、だから……」

 ハクは「どうしたらいいんだ、これ」という顔して困ってるが、構わず続ける。

「俺が危なかったら、さっきみたいに守ってくれるんだろ?」

「お、おう……」

「お前が危ないときは、俺はどうしたらいいんだよ」

「放っといてくれ」

「できるか! お前にだけそんな目に合わせてたまるか!」

「はぁ!?」

「嫌なんだよ、もう友達なくすのは」

「……」

「俺だって自分の命は惜しい。だから、マジで危なかったらとっとと逃げる。お前の足は引っ張らない。だから……友達でいさせてくれよ! ……あー、くそ、恥ずかしいこと言わせやがって!」

 感情が高ぶって、息が切れてきた。多分顔は赤くなってる。

 息を整えてハクの顔をみたら、ぽかんとしてやがった。え、ちゃんと聞いてた?

「聞いてたか!?」

「……ははは」

 今度は笑い出した。どこか諦めたような笑い声だ。

「なんだよ」

「そうだった。お前は、放っておくほうが面倒くさいやつだったな」

 一旦俯いて、それから俺を見た。ニヤリ、と笑っていた。


「わかったよ。これからもよろしくな、親友」

「当然だ!」




*****




 俺がリオさんの家に住むようになって、半年が経った。

 力の使い方は、この半年でだいぶマシになったつもりだ。

 ただ、空を飛ぶのだけは上手く行かない。何度教わっても飛べる気が全く起きない。

 逆にリオさんの苦手な、他人の怪我の治療は上手くいった。

 リオさんみたいに部分的に時間を戻す、なんて荒業じゃなく、ちゃんと治療できる。

 源は同じ力のはずなのに得手不得手があるのを、二人して不思議に思いつつ、

「補い合えるのはいいことだよね」

 とリオさんも言ってるし、俺もそう思う。


 半年の間に何度か、歪みのせいで起きた妖怪事件に遭遇した。

 一番最初は学校の屋上の、青鬼の件だ。

 屋上には元々何も封印なんてされておらず、最初はフェンスが老朽化して危険だからと鍵をして立入禁止にしていただけだった。

 それが、生徒の間で「ヤバいものが封印されている」なんて噂が立ち、いつのまにか鎖や錠が増えた。鎖や錠も歪みが発生させたモノだった。

 そしてトドメに俺という妖気が何度も近づいた。俺は自分でも気づかないうちに、発生したものに栄養を与えていたらしい。

 これで、本当に悪い妖怪が発生したということだった。

 最初にこの話を聞いたときは、俺が存在するだけで悪い妖怪が湧くんじゃないか、ってすごく悩んだ。

 でもリオさんは、

「元凶は僕」

 と言い張って聞かない。興元さんには、

「別の妖人でも同じことになってたわよ」

 ってフォローされた。

 二人から気にするな、と言い続けられても、俺はやっぱり俺のせいでは、って考えてしまう。


 ただ、考えこんで、ウジウジ悩む暇があったら、行動すべきなんだ。


 青鬼の件の後、俺はリオさんに言った。


「後始末、手伝います」


 最初は反対されたけど、屋上の後も別の場所で悪鬼を発生させてしまい、俺がその場で消した。

 そういうことが何度かあり、現在はリオさんが折れてくれて、

「積極的に手伝わせはしないけど、遭遇したら無理しない範囲で頼む」

 ということになった。

 どうせ俺が原因なら、俺が対応したほうが手っ取り早い。




 高校一年の終わりが近づいてきた頃、家に、興元さんや他の何人かと、ぬらりひょん様がやってきた。

 実質二人しかいない家にいきなり十人近く人が増えたので、騒がしい。

「ユミの身体に異変が起きた」

 とのことだ。

 リオさんの奥さんであるユミさんは家の奥の部屋で、結界に護られて眠っていた。

 一度だけ紹介してもらうために結界を潜り、ユミさんの存在を確認したのに、一旦外に出たらまた結界ごと存在自体を感じ取ることが出来なくなった。

 力の使い方はだいぶマシになったと言ったけど、結界に関してはリオさんに比べたらコピー用紙より薄いものしか扱えない。


 ユミさんとお腹の子が安定するまで、年単位で時間がかかるだろうとは、興元さんの推測だ。

 今後の対処方法や、リオさんの負担について、当事者たちで話し合っている。

 俺にできることはあまりない。むしろ、リオさん達に気を遣わせてしまうからかえって邪魔なくらいだ。

 心配だけど、普通に学校へ行った。

 授業中も内容が頭に入らず、ずっと家の方の気配を探ってた。

「今日はいつも以上に難しい顔してるな」

 昼休み中、ナオヤに言われた。

「俺は常時難しい顔してるのか?」

「自覚なかったの?」

「え?」

 失礼なことを言われたから思わずムッとして言い返したら、まさかの返事だった。

「マジで?」

 自分の顔を両手でグニグニしてみた。わからん。

 ナオヤが人差し指を近づけてきたかと思うと、俺の眉間をググッと上に持ち上げた。

「なんだよ」

「眉間にシワー」

「やめろ」

 ぐいぐい押してくるので、頭を傾けて指から逃れた。

「あー、余計シワが」

「誰のせいだと」

 ナオヤを睨みつけたら、なぜかニコニコしだした。

「そうそう、ハクはそのくらいで丁度いい」

「は?」

 眉間にシワよせて怒ってるほうがいいのか?

「お前最近さぁ、無理して『なんでもないです俺は平気ですー』って顔だったもん」

「え……」

 だって俺は。力つけて、妖怪退治して、学校も行って。

「俺たち高校生だぞ、青春真っ只中だぞ? まぁ多少は勉強もしなくちゃだけどさ。もうちょい気楽にやろうぜ」

「……俺の気楽な顔は、眉間にシワ寄ってんのか?」

「おう。ウケる」

「ウケんな」

 確かに肩に力入ってたかもしれない。

 自分の手の届く範囲は全部自分でなんとかしなければ、っていうのは、ある意味傲慢なのかな。

 指摘してくるのがナオヤってところが納得いかないけど……。

 俺がゴチャゴチャ考えてる間も、ナオヤはヘラヘラしている。


「じゃあさ、英語のノート見せてくれ。さっき何も聞いてなかった」

「お、いいぜ! 俺の華麗な意訳付きだ!」

「それはいらん」

「なんだとぉ!」


 家のことは、帰ったらリオさんから聞こう。

 学校では、この腐れ縁野郎と楽しくやろう。

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腕なし妖しの後始末 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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